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【第2章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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62.夢をつないだ者たちとチーズハンバーグ

「ここで、世界初の機関車が見られるのか……」


 ブリティシアは、ウェルズ南部の町マーサーにやってきた一人の青年。

 スティーブソンは父の助手をしながら技を学び、十七歳で炭鉱の技術者になった。

 両親は読み書きができず賃金も低かったため、学校に通うことはできなかったが、働きながら夜間学校に入学。

 炭鉱でポンプが故障した際、その修理を成功させたことで技師に昇進し、蒸気機関にも携わるようになっていった。


「見逃すわけには、いかないよな」


 今日はここマーサーで、鉱産物の輸送を発展させるための新たな試みが行われる。

 視線の先にいるのは、高い身長が目につく中年の男トレシビック。

 鉄工所への輸送を迅速化したいという思いから高圧蒸気に目を付け、挑むは世界初となる蒸気機関車の実用化。

 彼もまた炭鉱の町出身で、若い頃から採掘と技術に傾倒していた労働者階級の人間だ。

 同じ鉱山労働で育った人間と聞いて、スティーブソンはトレシビックに親近感を覚えていた。


「おお! あれが機関車か!」

「すごいな……!」


 集まっていた観客や、関係者たちがざわつき出す。

 現れた蒸気機関車の見た目は、鉄の大釜に煙突と車輪がついたようなもの。

 ボイラーはむき出しで、車体は黒く煤けている。

 馬車のような優雅さはないが、武骨な力強さを感じるたたずまいだ。


「「「っ!!」」」


 機関車のボイラーが鳴らし出す轟音。

 荒涼とした産業路に敷かれたレールの上を、鉄鉱石を積んだ貨車五両、合計十トンを超える重量を引いて走り出す。

 速度が上がり始めれば、その姿は迫力満点だ。


「すごい……」


 思わず圧倒されてしまうスティーブソン。

 目の前を、蒸気を上げながら走り過ぎていく機関車。

 トレシビックはそのまま約十五キロの距離を、見事に走り抜いてみせた。しかし。


「おい、見ろよ」

「あー、こりゃひどい」


 機関車が見えなくなったところで、線路に集まった観客たちが苦笑いを浮かべ出す。

 見れば敷かれた鋳鉄レールは機関車の重さに耐えられず、そこかしこが破損してしまっている。

 どうやら走り切りこそしたが、実用にはまだ早いようだ。


「ありゃ線路を壊すだけだな、危険すぎる」

「発想は面白いんじゃないか? だが、これじゃ使い物にならんよ」


 あがり出す、厳しい声。

 すると一部の観客たちも、途端に批判の声をあげ始める。


「見たでしょう、あのおぞましい煙を。鉄道は人体に悪影響を与えるのです」

「あれは鉄の怪物、いや……蒸気を噴き上げる悪魔ですよ」


 医師が危険だと言い出し、聖職者までもが非難の声をあげる。


「あんなの、家畜が怯えるよ……」


 さらには付近の農家まで、機関車への批判を口にし始めた。そして。


「ハッ、所詮は――――鉱山夫あがりだな」


 トレシビックを馬鹿にする言葉が聞こえて、スティーブソンは思わず目を見開いた。

 事実、高圧蒸気の使用は異端として厳しい目を向けられている。

 また機関車自体も蒸気圧の調整が繊細で、まだまだ扱いが難しい。

 結果トレシビックはこの失敗によって経済的に困窮、しばらく歴史から忘れられることになってしまう。しかし。


「……違う。蒸気機関車は必ず、歴史を変える発明になる」


 スティーブソンには提示された未来が、その力強さが忘れらなかった。

 同じ労働者階級出身で、鉱山労働者でもあるトレシビックへの共感。

 向けられる非難の声の中で、ただ一人秘かに闘志を燃やし出す。

 こうしてスティーブソンはさらに深く蒸気機関を学ぶことを決意し、機関車の未来を追及し始める。


「いつか必ず……形にして見せる」


 そんな、強い誓いと共に。



   ◆



 鉱山の町マーサーで機関車に圧倒されてから、二十年もの時間が過ぎ去った。

 スティーブソンは炭鉱鉄道で小規模な成功を積み重ね、息子ロベルトと共に会社を立ち上げた。

 そして投資家たちに「馬より安い」と説明して支援を受け、さらなる実験を重ねることで精度を高めていく。

 そこに訪れた、一つの契機。


「ついに、この時が来たか……」


 レーンヒル・トライアル。

 それはR&MR鉄道が行う、貨車の運搬方法を決めるための試験だ。

 候補は二つ。

 固定式の蒸気機関を線路沿いに設置し、ロープで車両を引っ張っていく方式。

 もう一つは蒸気機関車で貨車を引いて、運ぶ方式。

 R&MR鉄道社内では、二つの派閥に分かれて意見が対立している。

 ポイントになるのは、機関車が信頼を置けるだけの仕上がりを見せているかどうか。

 これは蒸気機関車が、歴史の表舞台に立てるかどうかを賭けた試験となる。

 そんな大事な日の直前。

 スティーブソンは、ロンドールにいた。


「……この店か」


 息子ロベルトに聞いていた『キツネ』の店を見つけて、さっそく中へ。


「いらっしゃい」


 スティーブソンは店主に促されるまま、カウンター席に腰を下ろした。


「大事な待ち合わせをしていてね、この後長い移動があるから腹持ちの良いものを頼めるか? 相手が来たらその分も頼みたい」

「もちろんです」


 うなずく達也。すると。


「いた! 父さん!」


 すぐに息子であるロベルトが、店に駆け込んで来た。


「ロベルト! トレシビックは!?」

「帰国の費用は確かに届けたよ。でも……」

「連れ帰ることは、できなかったか……」


 待ち合わせの相手は、トレシビックの帰国を手伝うよう依頼した息子ロベルト。

 鉱山での失敗の後、南米のペルーレへ渡ったトレシビックは、そこで長い時間を過ごしていた。

 その目的は、銀鉱山の排水問題を解決すること。

 今も変わらず、厳しい戦いの日々を送っていたのだ。


「今日の試験を見てもらいたかったんだが……勝手に後を継いだ者の姿なんて、見たくないのかもしれないな」

「そんなこと……ないと思いますよ」


 そう声をかけたのは、達也。

 二人の前に、出来たばかりの料理を出す。


「「っ!?」」


 初めて見るのに、それが御馳走なのだと分かった。

 鼻をくすぐるのは、デミグラスソースの深い香りと、焼けた肉汁の混ざった匂い。

 そこに焦げたチェダーチーズの濃い風味が潜り込み、自然とノドを鳴らす。


「これは?」

「チーズハンバーグです」


 初めて見る料理。

 そっとナイフを入れてみる。

 すると表面の焼き目が割れて、中から肉汁がじゅわっとあふれ出した。

 流れ出した肉汁はデミグラスソースと混ざり、皿の上に濃い琥珀色の湖を生み出す。

 そこに溶けたチェダーチーズが合流し、贅沢なマーブル模様を描き出す。

 二人は我慢できず、ハンバーグを大きく切って口に運ぶ。


「「……うまいっ!」」


 最初に来るのは、チェダー特有の塩気とコク。

 トロトロだからこそ、ノドを『なぞる』ような妖しい感触が通り過ぎていく。


「焦げた部分はカリッと香ばしく、とろけた部分は舌にまとわりつくように濃厚だ……」


 そこに絡むデミグラスはタマネギの甘み、赤ワインの酸味、バターのまろやかさ、牛肉の旨味が溶け込んだ深いコクを持つ。

 これらがチーズの塩気と混ざることで、濃厚なのに重くない絶妙なバランスを作り出している。


「この肉すごいよ、こんな食感初めてだ……っ」


 ハンバーグの肉は、ふわっとほどけるように柔らかな噛み応えをしている。

 咀嚼するたびに肉汁がたっぷりと広がり、その旨味をチェダーの塩気とデミグラスの酸味が引き締める。

 とろけるチーズとデミグラスソースの深いコクが、肉の脂と混ざり合って生み出す濃厚さは……最高。

 付け合わせの香ばしいパンをかじれば、もはや言う事なしだ。


「ああ、なんてうまいんだ……っ!」

「こんなに、おいしい料理があるんだね」

「……この店も、唐突に後を継ぐような形で始めたんですよ」

「そう、なのか」

「そしてこれは、先代が得意にしていた料理の一つなんです」


 チーズハンバーグは、これまで食べた事のないような絶品のおいしさだった。

 これならきっとその先代だって、よろこんでくれるだろう。


「……よし」


 そう思ったからこそ、覚悟を決めることができた。

 負けられない勝負への緊張も、『先代』への思いも、熱意に変わる。


「行くぞロベルト。準備はすでに済ませてある。あとは駆け抜けるだけだ」

「うん……!」

「店主、ありがとう。先代の描いた夢を継げるようがんばるよ」

「応援してますよ」


 そんな達也の言葉に、笑みを見せたスティーブソン。


「行ってくる……!」

「ありがとうございました」


 店を出たスティーブソン親子は、呼んでおいた馬車に乗り込み、試験の地であるリバープールへと向かう。


「蒸気機関車は必ず、世界を変える」


 そして移動時間の長さに、あらためて機関車の未来を確信する。


「おい、見ろよ。来たぞ」


 すでに現地には多くの観客と、MR&R鉄道の関係者たちが集まっていた。

 その数はなんと千人を優に超え、大きな賑わいの中にある。

 即席の売店がいくつも並び、見晴らしの良い丘に登った子供たちは、試験の開始を今や遅しと待っている状態だ。


「できるものか、炭鉱夫上がりなんかに」

「スティーブソンのような無学な男に、歴史的な発明などできるはずがない」


 そんな中で、聞こえてきた声。

 スティーブソンは、読み書きも遅くに学んだ元労働者。

 学者や発明家からは、今なお見下されている。


「ほら、なんて言ったっけ? 昔いたんだよ、鉱山あがりの発明家気取りがさぁ」

「いたいた、あいつと同じだな」


 そしてトレシビックもまた、学術界から十分な評価を受けなかった。

 届く笑い声は二十年前のマーサーで、トレシビックの挑戦に向けられたものと同じだ。


「……見ていてくれ」


 今回の試験は、労働者という立場から学びを続けた者の戦いでもある。

 スティーブソンは機関車に乗り込むと、空に向けてつぶやいた。そして。


「行くぞロベルト!」

「うん! やろう、父さん!」


 全ての準備を完了。

 大きく一つ蒸気を排出して、世界の果てにまで届くような大きな音を鳴らす。


「錬鉄レールの採用、車輪の輪縁の改良、ボイラーの多管化。やれることはすべてやって来た! 行け、走れ――――ロケット号!」


 スティーブソンの声に応えるように、動き出す蒸気機関車ロケット号。

 黒鉄の移動式蒸気機関は、四両の貨車を引いて力強く進み出す。

 やがて加速が付いてくると、その速さは観客たちを驚かせるほどのものになっていく。

 機関車は強力だが、線路の方が耐えられない。

 そんな一番の問題に対してスティーブソンは、錬鉄のレールを採用。

 最大の難点を、見事に克服してみせた。

 ロケット号は広がる空の下、大きな牧草地を真っ直ぐに駆け抜ける。

 遠くに見える羊たち、吹く風に草がざわざわと揺れる中を進む、一台の蒸気機関車。

 排出する煙が、空に消えていく。


「……すごい」


 見る者たちを魅了するほどの力強さで、完璧な走行を見せるロケット号。

 その勇壮な姿に、スティーブソンを馬鹿にしていたはずの者たちも皆、圧倒された。



   ◆



「いらっしゃいませーっ!」

「いらっしゃい」

「店主の料理に、すっかり夢中になってしまったよ」


 レーンヒル・トライアルから、しばらく。

 スティーブソンが、息子ロベルトと共に『みけ』にやって来るのも早数回目だ。


「いよいよロンドールを起点にした路線が動き出すんだ。これで一気に物流も、人の流れも変わるだろう」


 蒸気機関車は見事に、その立場を確かなものとした。

 採用した『1435mm』という軌間は『スティーブソン・ゲージ』とも呼ばれ、世界中の標準軌となっていく。

 これは彼の『故郷』でもある炭鉱での開発時に、生まれたものだ。

 スティーブソンはさらに、用途別に機関車を作り分けることで輸送を最適化。


「ロンドールから客車を引いて走る試験も終わり、ついに本格始動が始まるんだ」

「長かったね」

「後は、継げそうですか」


 達也が問うと、スティーブソンは弱く笑う。


「そうであればいいね。蒸気機関車の先駆者であるトレシビック。我々は彼の肩の上に立っているという事を、忘れないようにして進んでいくつもりだよ」


 早すぎた天才トレシビックが生み出し、スティーブソンが後を継ぐことで成功させた蒸気機関車は、いよいよ稼働目前。


「遠くから見守っていてください……トレシビック。あなたの生んだ機関車は、ブリティシアを変えていくでしょう」


 そうつぶやいて、静かに虚空を見上げる。


「……別に、死んではいないのだが?」

「「うわああああ――っ!?」」


 突然背後に現れた長身の男に、ひっくり返るスティーブソン親子。


「ト、トレシビック……さん?」

「店主、何かお勧めを一つ頼む」

「かしこまりました」


 メニューを任せて、親子の隣に腰を下ろすトレシビック。

 その元気そうな姿に、達也は笑って応えた。


「二人のおかげで、ブリティシアに帰ってくることができた。ありがとう。そして……見事だった」

「「っ!」」


 トレシビックの言葉に、親子は驚きを見せる。


「レーンヒル・トライアル……見ていて、くれたんですか?」

「……ああ」


 ゆっくり、しみじみとうなずく。

 鉄道の父スティーブソンを見守った、蒸気機関車の父トレシビック。

 その孫兄弟はやがて、極東の島国初の『国産蒸気機関車』の誕生に関わることになるのだが、もちろんそのことはまだ誰も知らない。


「変わるんだな、ブリティシアが」


 こうしてかつて描かれた夢は、その後を継いだ者によって実現した。

 長い時間をかけて偉大な発明を生み出したのは、二人の炭鉱労働者。

 人間そして貨物。

 ブリティシアの輸送革命が大きく前進する日は、もうすぐそこまで迫っていた。




 蒸気を粛々と吐き出している、一台の機関車。

 その前に立つのは熟年機関士のトマスと、その火夫を勤めるようになった青年ウィリアム。


「いよいよだな」

「はい……っ!」


 上司と部下、そして師匠と弟子のような二人は無事、繰り返す試験走行を乗り越えた。

 そして炭鉱労働者の挑戦から始まった新時代はついに――――新たな担い手であるウィリアムの前にやって来る。

本日から新章! 色々展開を考えておりますので、引き続きよろしくお願いいたします!

誤字脱字報告、ご感想ありがとうございます! 適用させていただきました!

返信はご感想欄にてっ!


お読みいただきありがとうございました!

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?????(殺すなー!) 色々ソースはあるけれど、ハンバーグはやっぱりデミグラス。 いや家で作ったりできあいものの場合はソースとケチャップ混ぜて作る家庭ソースだけども。
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