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【第2章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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61.アフタヌーンティーとポットパイ

「それでは、よろしくお願いいたします」

「はい、少々お待ちください」


 公爵夫人ヨハンナ・マリアに、向けられる期待。

 達也は一礼すると、エマとアンナ・マリーと共にキッチンへ。

 一度に多くの料理を出すとなれば、ヨハンナ付きのシェフたちにも指示を出す必要が出てくる。しかし。


「食材のカットを、二人と同じ要領で」


 その内容はシンプルで、エマたちのやることを真似するだけでいい。

 また指示に神経をとがらせる必要がないため、達也も自分作業に専念できる。

 手間のかかる豪華な料理に囚われなかったことが、さっそく良い方向に働いた。


「エマ。カットはもう任せても大丈夫そうだから、オーブンの温度管理をしておきましょう」

「はいっ!」


 エマとアンナ・マリーは大きなアーバンラビーのキッチンでも、問題なく息の合った動きを見せる。

 場の責任者である達也がチラッと様子をうかがうと、二人は仲良く「大丈夫」と笑ってみせた。

 一方激しい緊張の中にいるのは、応接室に残るエレノア婦人だ。


「どのような料理が出てくるのか、楽しみですね」

「噂の料理人、期待が膨らんでしまいます」

「は、はい」


 ヨハンナ・マリアや近しい貴族の純粋な期待に、引きつった固い笑顔で応える。


「本当に大丈夫なのかしら、見知らぬ外国人の料理だなんて」

「せいぜい、楽しませてもらいましょう?」


 続け様にそんな言葉が耳をかすめて、今度は一気に不安になってしまう。


「来ましたよ!」


 あがった声と、一気に膨らむ期待。

 応接間に集まった者の視線が一斉に、使用人たちによって運ばれて来た料理に向けられる。

 出てきたのは、淡い青白色の陶器。

 達也の世界であれば、一人前のグラタンやチーズケーキを作る際に使われる、ココットと呼ばれる小鉢だ。

 その上部に、カップケーキの様に膨らんだ生地が、見事な焼き色を見せている。


「まあ、可愛い料理ですね」


 ヨハンナ・マリアは、その見た目の愛らしさに喜ぶ。一方。


「どんなものが出てくるのかと思えば、ミートパイですか? たかが知れていますね」

「ふふ、どうやら期待し過ぎだったようです」


 派手さのない料理を見てよろこぶのは、新参者をよく思わない一部の上流階級。

 どんな豪華なものが出てくるのかと思っていた者たちは、安堵を覚えたようだ。


「くすくす。本当に大丈夫なのですか?」


 いよいよ直接、不安をあおるような言葉をぶつけてくる。

 しかし完成した料理を見たエレノア婦人は、逆に不安から解放されていた。


「……ええ、もちろんですわ」


 華美ではない。

 だがその焼き色の綺麗さが、これまで見てきた料理たちを思い出させたからだ。


「今さら、疑うことなどありません」


 そう言って笑ってみせたエレノア婦人に、さらに眼を鋭くする上流階級の者たち。


「ポットパイです、どうぞお召し上がりください」


 達也の言葉に、ヨハンナがポットパイを手に取った。

 黄金色のパイ皮の、ぽっこりとしたふくらみ。

 表面の美しい焼き色は、今日も変わらず見事だ。

 ほのかに感じるバターの焼けた香りが、食欲を誘う。

 ヨハンナがスプーンの先でパイ皮を押すと、パリッとした音が鳴った。

 皮が心地良い音と共に割れ落ちると、湯気がふわっと立ち昇る。

 そこにはミルクの甘さ、鶏肉の風味、炒めタマネギの香りが見事に混ざり合っていた。


「それでは……いただきましょう」


 シチューと一緒に、パイ皮をすくって口へ運ぶ。

 サクッとした感触と共にやって来るのは、バターの香ばしさだ。

 すぐ後ろから、とろりとしたクリームが舌の上に広がり、ミルクの甘さと鶏の旨味が、程よい塩味と同時に押し寄せる。

 今回は具材を、小さめにカットした。

 ジャガイモは噛めばほろっと崩れ、柔らかなニンジンはその甘味をふわっと感じさせる。

 クリームのコクを吸ったほうれん草は、もうそれだけで御馳走だ。


「これが慈善事業で噂になったシチューですか……! なんておいしいのでしょう!」


 思わずはしゃぐ公爵夫人。

 今回は、パイ用にとろみを増したシチュー。

 味は優しいままだが、舌触りは濃密だ。

 最後は、シチューをしっかり吸ったパイ皮を楽しむ。

 外側はまだサクサクだが、内側はシチューを吸ってしっとりもっちり状態になっている。

 まるで一口の中に『焼きたてのパイ』と、『煮込み料理』が同居しているかのようだ。


「なんて素敵な料理……」

「色味も綺麗で、素朴な雰囲気があるのに『場』に負けていませんね」


 これには、大きくうなずく貴族たち。

 パイはブリティシアの定番料理。

 しかしパイの中にシチューを閉じ込めるというアイデアは、これまでなかったものだ。

 ブリティシアの代表料理と、達也の国で完成を迎えたクリームシチューの見事な融合。

 パンと食べてもおいしいシチューが、焼き立てのパイ生地と一緒で、おいしくないはずがない。

 絢爛とは違う豪華が、そこには確かに詰まっている。


「お見事です……! とってもおいしいですっ!」


 ヨハンナ・マリアは、期待を大きく超えるポットパイに、満足そうな笑みを浮かべる。


「……ま、まあ、悪くはないですね」


 これには新参者に不満げだった者たちも、口をつぐんでしまっている。

 慈善事業の話が広まったことで、皆興味があったクリームシチュー。

 豪華絢爛でもなければ、高級素材も使っていないが、それでも食材はしっかり新鮮なものを吟味した。

 そして現状はケーキと砂糖入りの紅茶という甘いものが続いたことで、自然と身体が塩気を求めている状態だ。

 先に甘く食べがいのあるものが出されることを、あらかじめて聞いておいたことが活きた。

 重くなく食べやすい塩気のある一品は、今まさに『客が一番欲しいもの』だった。


「アンナちゃん、お願い」

「……はいっ」


 ポットパイの賑わいが残るうちに、達也はもう一度声をかける。


「アンナちゃんなら、大丈夫だよっ」

「ありがとう、エマ」


 貴族たちを前にしての仕事に、流石に緊張しているアンナ・マリーを励ますエマ。


「失礼いたします」


 すると気合を入れ直したアンナ・マリーが、優雅な所作で応接間にやって来た。

 後に続く使用人たちと共に、持ち込まれたのは――。


「……まあ、紅茶ですか?」


 達也が締めに用意したのは、紅茶だった。

 紅茶はすでに場に出ているため、これには驚きを見せるヨハンナ。


「今回は、ストレートでどうぞ」


 意外な達也の勧め。

 貴族たちは、色味の違いに首を傾げながら一口。


「「「――――っ!?」」」


 その瞬間、水を打ったように広がる静寂。そして。


「……なんですか、これは?」

「香りも味も、完全に別物じゃないですか……」

「ダージリンって、本当はこんなにおいしかったの?」


 貴族たちが、続けざまに驚愕の声を上げた。

 舌の上を、さらりと滑っていく紅茶。

 水の柔らかさがそのまま全体の質感になっていて、まるで茶葉の香りを運ぶためだけに存在しているかのような、軽さを感じさせる。

 そのため味の広がりは、驚くほどに繊細だ。

 極めて淡い白桃のような甘みと、若草のような微かな青さ、ほんのりとした渋みの影を、重くならず、濁らず、透き通ったまま感じることができる。

 そして飲み込んだ後に残るのは、白ぶどうの果汁を一滴だけ垂らしたような甘い余韻と、薄いフローラルさ。


「香りの透明度が全然違う! 空気に溶けていくかのようなやわらかさだ!」

「果実のような、青みを帯びた甘さが最高だ!」


 何の派手さもないストレートティーには、一さじの砂糖すらなし。

 それは『飾らない』ことの、極致と言える一杯だ。

 すでに上流階級で百五十年に渡って飲まれ、紅茶は一つの文化となっている。

 嗜みとして、家格を決めるほどに大きな存在だ。

 そのため『ストレート』のおいしさは、一つ格上の存在として大きく扱われる。

 よってその違いに、気づかない者などいない。


「どうしたら、こんなにおいしい紅茶が淹れられるのですか……?」


 不思議そうにする、ヨハンナ・マリアと貴族たち。


「水ですよ」


 達也は短く応える。

 今回達也が唯一持ち込んだ『食材』は、水だった。

 スピタスフィールズ市場でスープを作った時に、水を買ったことで気づいた事。

 それは、水質の違いだ。

 ブリティシアは多くが硬水で、ミネラルが豊富に含まれている。

 ミネラルは肉の臭みなどを消してくれるため、煮込み料理などには良く合う。

 その反面紅茶とは結合を起こすので香りが立ちにくく、渋みが強く出すぎてしまう。

 硬水自体の持つ雑味はトワイトニングたちが、アールグレイを作るきっかけになったほどの特徴だ。

 対して達也の国はほぼ全国がミネラルの少ない軟水で、茶葉や出汁素材が本来持つ『そのまま』の味や風味を、最大限に引き出せるのが特徴。

 今回はそんな軟水大国の中でも特に紅茶に良い硬度の、最高峰の水を持ってきた。

 ダージリンは本来繊細な味わいと素晴らしい香りを持つ、『ストレート』が一番活きる茶葉。

 素材を活かす軟水との相性は、最高だ。


「ロンドール付近の水は、ストレート向きではないんですよ」

「そうだったのですか……」


 まさかの話に、感心の声をあげる貴族たち。

 そこにはもう、エレノア婦人を揶揄する声など一片もない。


「本当に素晴らしいわね」

「まったくです」


 そのおいしさに、再び賑わい出す会場。

 達也はここで、ようやく一つ息をついた。

 指示を出しての提供も良い経験にはなるが、いきなり難しいことはできない。

 だが紅茶を同じタイミングで注いで出すだけなら、指示も少なく簡単だ。

 それでも使う湯を九十五度以上にしたり、蒸らす時間をしっかり三分で整えたりという点には気を使った。

 この辺りはまだブリティシアの者たちが行き届いていない点であり、同時に繊細な茶葉を活かすためのポイントだ。


「ありがとうございます、達也さん。料理も紅茶も、とてもおいしかったですわ」

「期待をはるかに上回る腕前、感服いたしました」

「いえ。このような良い勉強の機会をいただき、ありがとうございました」


 達也はエレノア婦人とヨハンナ・マリアに、頭を下げる。

 そして明らかに空腹を隠せなくなってきているエマに、目配せを一つ。


「どちらへ?」

「夜の営業がありますので」

「……馬車は、表に待たせていますわ」

「ありがとうございます」


 達也はお礼を言うと、エマと一緒に応接間を後にする。

『みけ』の開店を待ってくれている人がいるかもしれないと考えると、これ以上の長居はできない。

 するとそんな達也を見つけて、後を追おうとする上流階級の面々。


「達也さんもエマさんもお店が大事。残念ながら、スカウトは無理だと思いますわ」


 そんな光景を見たエレノア婦人は、残念そうに笑う。


「キッチン『みけ』、そして達也さん……」


 まさか紅茶でも過去最高の一杯を味わうことになるとは思わなかった、ヨハンナ・マリア。

 帰っていく達也の背を、見送りながらつぶやく。


「おかげで、とても楽しい時間になりました……アフタヌーンティー、これからも定番にしていきましょう」


 こうしてヨハンナ・マリアは迷いを払拭し、お茶会の継続を決めた。

 大成功を博した今日の催しはロンドールでも評判となり、上流階級の人々の間で大流行。

『アフタヌーンティー』は、歴史を超えて知られていくことになる。

 そして長い時を経てヨハンナ・マリアは、東方にある『素材の味』を大事にする国の『定番紅茶飲料』のエンブレムになるのだが、それはまた別の話。


「おい見ろ、帰ってきたぞ!」


 空が紺色になり、星が輝き出した頃。

 達也とエマを乗せた馬車は、労働者街イーストエッジに到着した。


「店主! エマちゃん!」

「待ってました!」


 二人が馬車を降りると、そこには夜の開店を待っていた者たちの姿。


「貴族に食わせたっていう料理、俺たちにも食わせてくれよ!」


 荷受人夫のアランが言えば、仲間たちもうなずく。


「でもまずは賄が先だよな、クマちゃん」

「エマですっ!」


 貴族たちの賑やかなアフタヌーンティーを、お預け状態で過ごしたエマ。

 お腹を空かせて山を徘徊しているクマのようなトボトボ歩きをしている姿を見て、笑う工員ハリソンたち。

 達也が店を開けると、トワイトニングや『みけ』の話題を聞きつけた記者のモーリス、国務大臣のジョンソンまでもが来店。

 仕込みをしてから出かけたこともあり、夜営業の準備はできている。

 すると店内はさっそく、アフタヌーンティーの話題で盛り上がり出した。


「店主には、良い経験になったようだね」


 カード大好きサンドイッチ伯爵、ジョンソンが楽しそうに笑う。


「はい、おかげさまで」

「そんなら今日はお祝いだな、ほら店主も一杯!」

「……そういうことなら、一口だけ」


 そう言って達也は、ちょっとだけ期待しながらエールを一口。


「…………苦い」

「いい経験をしても、味覚は変わらねえみたいだなァ」

「今夜はアランだけ、エールの代金1000倍な」

「すみませんでしたああああ――――っ!!」


 二人のいつものやり取りに、上がる笑い声。

 エマもようやくありつけた賄を前に、目を輝かせている。

 賑わうキッチン『みけ』の店内を、あらためて見渡してみる達也。


「……少しは、成長できたかもしれないな」


 胸元にあるキツネの刺繍にそっと手を乗せると、ぽつりとそうつぶやいたのだった。




「いよいよ、機関車の本格運用が始まる……」


 緊張の面持ちで夜の街を歩くのは、機関士の補助役である火夫を勤めているウィリアム。


「……ん?」


 突然視界をよぎった影に、思わず顔を上げる。

 そこにあるのは、すっかりお気に入りになった一軒の料理店。

 そして今日も得意げに笑う、キツネの看板が見えた。


「よし……!」


 今夜も賑やかな『みけ』を見て、ウィリアムは心を弾ませながら店のドアを開く。

 いよいよロンドールに、新たな時代の波がやって来る。

誤字報告、ご感想ありがとうございます! 適用させていただきました!

本日で第二章完了! 次章からは蒸気機関車が本格稼働し、また少しロンドールに変化が訪れます!

そして『みけ』に新たな仲間も!? 第三章も何卒――――よろしくお願いいたします!


お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
クマ「今夜 ノ 料理 ハ 全部 食ッテヤル!」 へー、ポットパイって日本魔改造品のひとつだったんだ。 周りのパイをどこまで食べていいか悩んだのも懐かしい…
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