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【第2章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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58.懸賞金男と鶏肉のトマト煮

「いたぞ! アンディだ!」

「っ!?」


 突然上がった声に、驚きを見せたのはアンディ・クーパー。

 24歳になったばかりの、若き青年だ。


「捕まえろ! デカい稼ぎになるぞ!」


 労働者であろう男たちは、全速力で迫ってくる。


「なんだなんだ!? どういうことだっ!?」


 男たちが目をギラつかせながらつかみかかりに来る光景は、尋常ではない。

 アンディは慌てて踵を返し、意味が分からないまま逃走を開始。


「待ちやがれ!」


 追い立てて来る者たちをかわすように労働者街の狭い道に入り込み、右に左に走り回る。


「待ってたぜ!」

「っ!?」


 先回りしていたのだろう。

 角から突然現れた大男が、その剛腕を伸ばしてきた。


「あっぶねぇ!」


 大慌てで身体を低くして腕をかわし、そのまま再びの逃走。


「ここだぁぁぁぁ――っ!」


 しかし大男を避けるために、体勢を崩したことで速度は低下。

 その隙に駆け込んできた健脚自慢が、一気に距離を詰めてくる。


「させるかッ!」

「おおっ!?」


 アンディは積まれていた空の木箱を崩して、道を塞ぐ。

 そしてこの隙を突いて二度ほど角を曲がり、民家の崩れかけた壁の裏に身を隠す。


「アンディのやつ、どこに行った!?」

「探せ! まだそう遠くには行ってないはずだ!」


 それから通り過ぎていく男たちを見送って、ようやく安堵の息をついた。


「なんで俺の名前を……?」


 見知らぬ追手たちは、間違いなく自分を探している。

 意味が分からず、困惑するアンディ。

 すると男たちが落とした、新聞の切り抜きが足元に転がってきた。

 そこに見覚えのある似顔絵が見えて、思わず拾い上げる。


「アンディ・クーパーを連れてきた者には、懸賞金を進呈!?」


 まさかの事態に、驚愕するアンディ。

 産業革命期のブリティシアでは、新聞の広告欄に『逃亡徒弟』や『とんずら使用人』の告知がたくさん載っていた。

 徒弟は契約期間が長いため『逃げられれば損害』となり、使用人は『消えれば家の信用問題』に関わる。

 そのため新聞社の広告窓口で『逃亡者の特徴』『消えた日時』『懸賞金額』を伝えて、その場で料金を支払い広告を打つのだ。

 かけられた、高額な懸賞金。

 これは完全な『指名手配』だ。


「ハドソン家、ここまでするのか……っ!」


 屋敷を逃げ出した使用人アンディは、工場に潜り込んで働いていた。

 だが雇い主は、懸賞金をかけてまでアンディの確保に動いてきたようだ。

 その事実を知って、いよいよ怒りと恐れにまみれる。


「銀器を盗んだのは僕じゃない。勘違いだってのに!」

「おい、いたぞ! アンディだ!」

「チッ!」


 思わずあげた声に、通りがかりの男が気づいた。

 新聞はコーヒーハウスや酒場、宿屋で回し読みされ、販売の少年が内容を読み上げることもある。

 そうなればその懸賞金の高さもあり、多くの人間に狙われることになる。


「「「待てええええええ――――っ!」」」


 すぐさま人数を増していく追跡者。

 アンディは慌てて踵を返し、再びの逃走を開始。

 いくつかの狭い道を無軌道に曲がって、追手の視線から逃れる。


「いたぞ!」


 しかしよほど数が増えているのか、すぐに別の追手に見つかってしまった。

 慌ててルートを変えて、労働者街の奥地へと逃げ込む。


「さすがにここまで来れば……!」


 そしてアンディが、追手をまいたことを確認して息をつくと――。


「こっちを探せ! アンディはこの付近に逃げてきたはずだ!」


 思わぬ近場から声が聞こえて、心臓が大きく跳ねる。


「とにかく、どこかに一度隠れよう!」


 アンディはキャップを目深にかぶると、近くにあった飲食店らしき建物に駆け込む。

 幸い客の中に、自分に気づいた者はいないようだ。


「いらっしゃいませーっ!」


 駆け寄ってきたのは、メイドのエマ。

 店内をキョロキョロと見回しているアンディに、首を傾げる。


「できればあまり、目立たない席を頼む」

「目立たない席ですか?」


 エマは不思議そうにしながらも、カウンター席の隅へアンディを案内。

 ここならテーブル席からは背中しか見えず、同じカウンター席に着いた客はわざわざ首を曲げてようやく、アンディの横顔が見えるのみ。

 悪くない位置だ。


「ご注文はどうしますかっ?」

「……君に任せるよ」

「ええっ!?」


 それはエマにとって、一番の問題オーダーだ。


「オムライスもいいし、生姜焼きもいいし、今日は親子丼も鶏肉のトマト煮もお勧め……ああっ、一体どうしたらいいんですかっ!?」


 料理の選択肢は、異常なまでに本気で悩んでしまうエマ。

 思い出しよだれを我慢しながら頭を抱える。その結果。


「……オムライスと生姜焼きと……親子丼と鶏肉のトマト煮はいかがでしょうか?」

「それはさすがに多いな……」


 エマは思い浮かんだ四つの選択肢から決めるのではなく、『全部食べるのはどうか』という驚異のお勧めを披露。

 これにはアンディも、さすがに驚きを見せた。


「でもトマトがあるのなら、鶏肉のトマト煮というやつにしてくれ」

「お好きなんですか?」

「ああ、大好物だよ」

「はいっ! 少々お待ちくださいっ!」


 エマは安堵と喜びの入り混じった表情で、オーダーを伝えに行く。


「トマトか、よく食べさせてもらったな……」


 まだまだブリティシアでは見ないトマトを、ハドソン家で食べさせてもらった事を思い出す。

 アンディが過去を懐かしんでいると、少しして料理が届いた。


「お待たせしましたーっ! 鶏肉のトマト煮になりますっ!」

「これは、すごい……」


 白い皿に盛られたトマト煮込みはその赤色が美しく、思わず目を奪われた。

 湯気と共にかすかに感じるニンニクの香りが、食欲を誘う。

 そして焼き色を付けた鶏もも肉とパセリの色どりは、家庭料理のような気軽さと、レストランの一皿のような完成度を同時に誇っている。


「どれ……おおっ!!」


 最初のひと口は、トマトの甘酸っぱさがふわっと広がる。

 煮込むことで角の取れた酸味は丸く、優しいながらに芯のある味わいになっている。

 鶏もも肉は、繊維がほどけるほどに柔らかい。

 噛めば肉汁がじゅわっと広がり、トマトソースに溶けていく。

 この肉の旨味がソース全体に行き渡ることで、トマトの甘酸っぱさにコクが足されている感じだ。

 そしてやはり大事になるのは、炒めたタマネギが放つ甘み。

 トマトと共に煮込まれることで、自然の甘さをしっかりと生み出している。

 そして、しめじ。

 キノコ特有の旨味が料理に奥行きを足すだけではなく、食べがいのある鶏もも肉の間に、くにっとした食感を残していく。


「なんて、うまいんだ……っ」


 さすがに驚きが隠せないアンディ。


「パンにつけても、おいしんですよっ!」


 うれしそうに告げるエマにつられて、付け合わせのパンをちぎってスープつける。

 トマトソースは濃すぎず軽すぎず、パンがしっかり吸い上げられる、ちょうどいいとろみだ。

 そのまま口に放り込んで、アンディは大きくうなずいた。


「これは豪華だ……!」


 結局そのままアンディは、夢中でトマト煮込みを食べ尽くしてしまった。


「ああ、最高だった」


 そして満足気に一人、カウンター席で息をついていると――。


「いらっしゃいませーっ!」

「っ!?」


 驚きに息を飲む。

 見覚えのある顔。

 店にやって来た中年の男はなんと、ハドソン家の主人。

 アンディの雇い主だった。

 それは自分に懸賞金をかけている、この『騒動』の主導者だ。

 目立たない席ではなく、一番ドアに近くて逃げやすい席を選ぶべきだった。

 走る緊張に、一気に呼吸が苦しくなる。

 アンディは代金をテーブルに乗せて、逃げ出す隙を探すことにする。

 最初はゆっくり、見つかった時点で全力で走れば店の外には出られるはず。

 そう踏んで、タイミングを見計らう。

 エマは雇い主を、アンディと同じくカウンター席に案内した。


「ご注文はどうしますかっ?」

「そうだな……ほう、トマトがあるのか。それなら鶏肉のトマト煮を頼む」

「かしこまりましたっ! 少々お待ちくださいっ!」


 すぐさまオーダーを伝えに行くエマ。

 今度はほどなくして、料理を持って戻ってきた。


「……ここだ」


 食べている最中にそっと立ち上がれば、気づかれないだろう。

 アンディは雇い主の動向に集中しながら、隙をうかがう。


「ほう、これはうまいな……」


 さっそく料理を口に運び、その味に驚きを見せる雇い主。


「どうか、されたんですか?」


 すると、どこか元気のない様子に気づいたエマが問いかけた。


「実は、使用人に逃げられてしまってね。探しているんだ」

「そこまでして、家の評判を守りたいのか……」


 アンディは思わずつぶやく。

 高い懸賞金に加えて、家主までもが直々に出て来て行う追走劇。

 意地でも銀器の件を片づけて、家の恥をなかったことにしたい。

 そんな雇い主の思考が透けて見え、アンディは唇を噛む。

 これ以上、聞いていられない。

 雇い主が料理と会話に意識を取られている内に、店を出よう。

 そう決めたアンディが立ち上がろうとした、その瞬間だった。


「――――大事な人だったんですか?」


 エマがそんな事を尋ねた。すると。


「ああ、そうだな」


 思わぬ答えに、腰を上げかけたアンディの動きが止まる。


「我が家に来てそろそろ十年になるが、よくやってくれている……」


 雇い主は、これまでのことを思い出すようにつぶやいた。


「先日うちの高価な銀器がなくなってね。我が家で持ち出せるのは、管理者である彼だけだった。信頼していたからこそ、ショックだった」


 産業革命期の使用人が、勤務先の調度品などを盗んで売る行為は度々起きていた。

 そのため雇い主はアンディに疑惑を抱き、無実の罪を恐れたアンディは家を抜け出すことを選んだ。


「だが後で話を聞いてみると、どうやら我々が留守中に父が家に来て、来客用に銀器を勝手に借りて行っていたようなんだ……要は、完全な濡れ衣だったんだ」

「そうだったんですか……」

「私にとって彼は、大切な存在だ。なんとしても帰ってきてほしくてな。高い懸賞金まで出したのだが……」


 その事実を知った雇い主は、自らも街に出てアンディを探していたようだ。


「アンディはトマトが好きでね……こんなにうまいトマト煮があるなら、食べさせてやりたかった」


 そう言って、鶏肉のトマト煮を再び口にする。


「そういうことなら、私もお手伝いします! もしかしたらお店に来てくれるかもしれませんっ! どんな方なんですか?」


 エマは店に来た客や、散歩に出た時に見つけられるかもしれないと特徴をたずねる。

 すると雇い主は、新聞にも載せた似顔絵を差し出した。


「……あれ?」


 何か思い当たる感じがあって、首を傾げる。


「どこかで、見たような……?」


 いよいよ首を傾げまくるエマに、ため息を吐く雇い主。


「う、うう、どこかで……」


 そしていよいよエマが、頭を抱えて悩み出したその時だった。


「そういう、ことだったんですか」


 カウンター席の隅にいた青年が、エマたちの方に振り返った。

 そしてその場で、アンディはキャップを取ってみせる。


「アンディ……!?」

「ああーっ!」


 まさかの事態に、驚きの表情を見せる雇い主。

 エマも似顔絵を何度も見返しながら、声をあげた。


「……すまなかった」

「いいえ、銀器の管理は僕に一任された仕事。少し脇が甘かったようです」


 一番の問題は、勝手に家に入り込んだ雇い主の父。

 問題のきっかけと雇い主の思いを聞いたアンディに、もう怒りの感情はない。

 こうして二人の間にあった誤解は、払しょくされることになった。


「戻って来てくれるか?」

「はい、もちろんです」


 すっかり鶏肉のトマト煮を食べ終えた二人は立ち上がり、支払いを終えて店を出る。


「メイドさん、君のおかげで真実を知ることができたよ。ありがとう」


 そして今もよく分かっていなそうなエマに、アンディがそう告げた。


「よく分からないけど、とにかく良かったです! ありがとうございましたっ!」

「店主も、見事な料理だった。また来るよ」

「はい、ありがとうございました」


 アンディは雇い主と共に、達也たちに見送られる形で店を出た。

 大きな問題も、これにて無事解決。

 屋台通りを、並んで歩き出したところで――。


「いたぞ! アンディだ!」

「本当だ! アンディだ!」


 懸賞金目当ての、追跡者たちの声が上がった。


「すまないね、もうその話は終わったんだ」


 雇い主とアンディは、互いを見合って苦笑い。

 ここに逃走劇の終了を宣言する。しかし。


「捕まえろ! 捕まえるんだぁぁぁぁぁぁ――――!!」

「「……あれ?」」


 額が高いだけに、追跡者たちの勢いは止まらない。


「いや待ってくれ! アンディはうちに帰るところなんだ! もう問題は解決している!」

「そんなウソが通じるものか! そいつは俺が連れていくんだ!」

「そんなこと言って、懸賞金を独り占めしようとしてもムダだぞ!」

「いや、だから違うんだ!」

「奪い取れ! アンディのヤツを奪うことができれば、金は俺たちのものだ!」


 懸賞金の広告は、新聞社に依頼することで掲載される。

 そして『もう探さなくていい』と知らせたい場合も、やはり広告を依頼することになる。

 ただし、その記事が載るのは早くても……明日以降だ。


「「「待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」」」


 さらに数を増やした追手たち。

 ついには靴磨きの少年、荷役人、宿や馬屋の女主人までもが、目を血走らせて追って来る。


「逃げましょう!」

「ああ!」


 その勢いに大慌てで逃げ出す、アンディと雇い主。

 全力で街を駆ける二人はしかし、どこか楽しそうだった。

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