57.アールグレイの誕生とツナサンド
「トワイトニング?」
「……ジャックス?」
ロンドールから北へしばし。
ノーザンバーランドのとある邸宅で、二人の商人が鉢合わせた。
ロバート・ジャックスは紅茶商として名を上げている、トワイトニングの商売敵だ。
「……トワイトニング。お前に今日、出番はない」
「それはこっちのセリフだ。黙って指をくわえているがいい」
ぶつかる視線で、火花を散らす両者。
二人は使用人に案内されて、そのまま瀟洒な造りの応接室に通される。
「遠くまで来てもらって、すまないね」
そう言って顔を上げたのは、第二代グレイ伯爵チャールストン・グレイ。
第二十六代ブリティシア国首相だ。
眉目秀麗な大物からの呼び出しに、紅茶商の二人は緊張感と負けん気の板挟み状態のまま頭を下げる。
「まずは座って、紅茶でも飲んでくれ」
「「……はい」」
静かな応接室には、張り詰めた空気が漂う。
二人は言われるまま、美しいカップに入った紅茶を一口。
「「まっず……」」
ひどい味に思わず、素直な感想がもれ出してしまった。
「あ、いえ! まっずまずと言ったところですね!」
「その通りです! まっずまずの味ではないでしょうか!」
慌てて取り繕う二人だが、グレイ首相は苦笑いしながら言う。
「いや、正直に言ってくれていいんだ」
二十二歳で議員に選出され、その責任感の強さでこの立場まで上り詰めた男。
グレイは華やかで魅力的、そして情熱的な理想主義者だ。
「君たちの言う通りでね。我が家の紅茶は……マズいんだ」
立ち上がったグレイ伯爵は一人窓の外を見ると、ゆっくりと振り返る。
「ブリティシア首相の自宅の紅茶が、マズいとかある……?」
「「…………」」
世界の最先端として、今まさに全盛期を迎えているこの国。
紅茶大国かつメシマズ大国ブリティシアはなんと、『首相宅の紅茶がマズい』という奇跡を起こしていた。
「君たちに来てもらったのはまさに、この紅茶についてなんだ。なぜかどんなに丁寧に淹れてもマズくなる我が家で、おいしく飲めるブレンドを作ってもらいたいんだ」
貴族や上流階級が自分の好みの味に合わせて、紅茶商に『専用のブレンド』を作らせるのはステータスでもあった。
だが今回は、そんな優雅な話ではない。
もっと差し迫った問題だ。
「私はここホーウィッグ・ホールが好きでね。老後はここで過ごそうと決めている」
そうなれば必然的に起きる、一つの問題。
それは元首相が、死ぬまで毎日マズい紅茶を飲むことになってしまうということ。
「なんとかしてくれ……頼む!」
あまりに切実な依頼。
現ブリティシア国首相たっての依頼ということもあり、二人は注文を受けることにした。
トワイトニングと、ジャックス・オブ・ピカデリー。
二つの紅茶商がぶつかり合うような状況だが、グレイ宅を出たトワイトニングとジャックスは、二人並んで頭を抱えてしまう。
「紅茶の淹れ方に、おかしな点はなかった」
「ああ。茶葉は我がジャックスでも最上級にあたるものだったし、良い道具を使っている」
それなら一体、どうすればいいのか。
二人は頭を悩ませるが、結局ロンドールにたどり着いても結論は出ずじまい。
トワイトニングは言葉もなく、いつもの道を進む。
「お二人さんウナギは……要らなそうだね」
今日も白目をむきながらウナギのゼリー寄せを食べる者たちの間を通り過ぎて、たどりついたのは一軒の店。
「……なんだ? ジャックスもこの店の客だったのか?」
「いや、先日見かけてな。気になっていたんだ」
こうして二人はそのまま、『みけ』のドアを開いた。
「いらっしゃいませーっ! あっ、トワイトニングさんっ! 今日はお友達と一緒なんですね!」
「「まさか」」
そう言って、顔を背け合うライバル二人。
しかし笑顔で駆け寄ってきたエマは、二人が並ぶ形でカウンター席へと案内。
「ご注文はどうしますかっ?」
「紅茶と……何かそれに合うものを」
「俺も同じでいい」
「かしこまりましたーっ! 少々お待ちくださいっ!」
悩むトワイトニングは、エマにオーダーを告げると問いかける。
「……店主、マズい紅茶をおいしくするにはどうすればいいと思う?」
「マズい紅茶……? それはどうマズいんですか?」
「茶葉も良いし、淹れ方もおかしくない。だが妙に色が黒ずんでいて、味に独特の渋みや癖が出ているんだ」
「雑味が強いせいで繊細な香りが、丸ごとかき消されていたな」
「なるほど」
「このままでは……首相が死ぬまでマズい紅茶を飲み続けることになってしまう」
「……そ、そういうことなら」
大げさな話にさすがに少し面食らった達也だが、少し趣向を変えて、料理作りと紅茶の準備を開始。
程なくして、エマがご機嫌な足取りでやって来た。
「お待たせいたしましたーっ! こちらツナサンドと紅茶のセットになりますっ!」
「これが、サンドイッチ?」
上流階級の見栄のために作られた『キュウリサンド』が、最高峰とされているブリティシア。
ジャックスは『みけ』のサンドイッチの美しさに、思わず目を見張った。
惹かれるようにして、たっぷりと具材を挟んだトーストを手に取ってみる。
すると湯気と共にあふれ出たツナとマヨネーズの、まろやかな香りが広がった。
その奥には粒マスタードの酸味の影が、ほのかに混ざっている。
「なんて、良い匂いなんだ……」
ジャックスは具材がこぼれないよう、気を付けながらかじりつく。
「おおっ!!」
思わず上げる感嘆の声。
トーストのカリッとした食感の後に、感じるツナの独特な歯ごたえ。
同時にやって来るのはマヨネーズの酸味とまろやかさをまとった、ツナのしっとりとした油分と独特のコクだ。
「この旨味と脂の豊かさに混ざる酸味は、最高だな……っ」
海の塩気を残したツナの旨味は、初めての経験。
そこにタマネギのシャキッとした辛みが入ってきて、味が一気に引き締まる。
細かく刻まれたキュウリは、小さいながらにしっかりと清涼感を醸し出す。
二つの野菜の味わいが、ツナの旨味をさらに確かなものに変えている形だ。
さらに粒マスタードの酸味とほのかな辛みが、わずかに遅れて到来。
噛むたびに、プチッと弾ける粒。
放つ香りが、鼻に抜ける瞬間がたまらない。
最後は黒胡椒のピリッとした刺激が締めることで、ツナサンドを軽食から見事な料理へと変えている。
「うまい……っ! この独特な旨味と、クセになる酸味がたまらない。さらにタマネギやキュウリも最高に良い仕事しているぞ。俺の知っているサンドイッチとはもう……別物だ!」
ジャックスは感動のままに、さらに大きくかじりつく。
「ツナサンドは卵やお肉とは違ったおいしさが、最高ですよねぇ……っ!」
「まったくだ!」
大きくうなずくジャックスに、エマはトレーを抱きしめながらご機嫌で一回転。
「エマちゃん、紅茶をお願い」
「はいっ」
続けて達也が用意した紅茶を、二人の前に置く。
「ずいぶんと濃く淹れたんだな」
「味も渋めだ」
普段よりも二回りほど濃く淹れられた紅茶を口にしたトワイトニングが、不思議そうに達也を見る。
「そこでこいつを」
達也が持ち出したのは、輪切りのレモン。
しっかり抽出した『濃い』紅茶に入れると、色味が一瞬で明るくなった。
二人はそのまま、もう一口。
「「これは……っ!?」」
驚きの声が重なった。
「新鮮なレモンの、弾けるような風味が抜けていく!」
「香りがとてもフレッシュで、爽やかさがなんとも心地よいぞ!」
「どうですか? 紅茶の渋みが気にならなくなりませんか?」
「「確かに……!」」
「黒ずんでしまうほどの濃さと、えぐみレベルの渋さ。その話を聞く限り、こういう飲み方が適切だと思います」
淹れ方は正しいのに、渋くてマズい紅茶。
達也はスピタスフィールズ市場で出会った『水売り』と、作ったオニオンスープのことを思い出していた。
「ロンドール付近の水で淹れた場合でも柑橘類とは相性が良いのですが、紅茶がマズく感じるほどなら、さらにその傾向が強いはずです」
ロンド-ルの水は石灰質が強く、渋みが出やすいという特徴がある。
だがホーウィックホールは、特別その傾向が強いのだろう。
そのためコクが出すぎてしまい、エグみすら感じるようになる。
有効な対策は、柑橘類による中和だ。
「レモンを使った味付け、風味付けで、ここまで変わるとは……」
産業革命のブリティシアでは、紅茶にレモンを入れることなど基本ない。
爽やかな味と香りは、思わぬ閃きを走らせる。
「フレーバーだ!」
目を見開いたのは、トワイトニング。
「我々は勘違いをしていたのかもしれない。香りづけは低品質な茶葉をごまかすためと決めつけていたが、良質な茶葉を使えば、味も風味も楽しめるのではないか……!?」
フレーバーティーは、低質な茶葉の味を誤魔化すための手法として、否定的に捉えられていた。
しかし達也の言葉とレモンティーの提供で、その認識が改まる。
「柑橘類が合うのなら香味の強いベルガモットはどうだ? 良質な茶葉にシチリアーナ産のベルガモット果皮、または果皮から抽出したオイルを茶葉にまとわせれば、注いだ時点であの酷い渋みを中和できるブレンドになる……!」
ライバルの二人は、思わず互いを見合う。
「今夜、トワイニング社に最高品質の茶葉が届くところだ」
「ベルガモットには当てがある。最上のものを用意しよう」
ベルガモットはライムによく似た、柑橘系の果実。
食用には向かないが、香水や薬用オイルとして使用されている。
「できるぞ、新たな紅茶のブレンドが」
「ああ!」
「その名は……」
二人は互いを見合ったまま、うなずき合う。
「「――――アールグレイ」」
伯爵を意味する『アール』と、依頼者である『グレイ』の名をそのまま冠した一品。
こうして『アールグレイ』は、ブリティシア発祥の香りが特徴的な紅茶として誕生することになる。
「店主、今日も素晴らしい料理をありがとう!」
「何より、最高のアドバイスになった!」
「いえ」
おいしい料理で腹もいっぱいになった二人は、見えた希望にすぐさま動き出す。
「ありがとうございましたーっ!」
「ありがとうございました」
こうして達也とエマは、やる気に満ちた二人の背中を静かに見送るのだった。
◆
ホーウィッグホールに戻ったトワイトニングとジャックスは、さっそく『アールグレイ』をグレイ首相に献上。
緊張の面持ちで、反応を待つ。
茶葉もフレーバーの付け方も、最高の形にすることができた。
しかし香水を思わせる独特の風味には、好き嫌いが出てもおかしくない。
「……なるほど」
カップを置いたグレイ首相の一言に、息を飲む二人。
ついに、審判の時がやって来た。
「素晴らしい……すっかり気に入ってしまったよ。これは見事なブレンドだ」
「「ありがとうございます……!」」
「礼を言うのはこちらの方だ。これで老後に待っていた、マズい紅茶地獄からは解放されたわけだな……本当に、本当に良かった……!」
メシマズ国の代表たる首相の家は、紅茶すらマズいという事態からの脱却。
心からの安堵を、グレイ首相は拳を握りしめながら表現する。
こうして二人は見事に、ブリティシアを代表するフレーバーティーの作製に成功。
アールグレイは二百年後も愛される名品として、歴史に名を残すことになったのだった。
「良かったな、無事に完成して」
「まったくだ」
グレイ邸を出た二人は、解放の喜びに浸りながら帰路を行く。
「フレーバーを使うことによって、渋みを中和する。アールグレイは我が社の栄誉して燦然と輝くだろうな」
「香りの強いベルガモットを見出した俺の功績は、歴史に残る偉業となるだろう」
「「……はあ?」」
聞こえてきた声に、思わず相手をにらむ。
「フレーバーをつけるという発想を生み出したのは俺だぞ!」
「実際にベルガモットを提示して、形にしたのは俺だ!」
緊張が解ける否や、どちらがアールグレイを生み出したのかで、ぶつかり合いを始める二人。
「「ふん!」」
新たに生まれた『どちらが発祥か』問題。
なんとこれも、二百年後になっても決着がつかない話となっていく。そして。
「それなら、歴史的な助言をくれた『みけ』の店主に聞いてみるか?」
「上等だ! あの店主なら正しい答えを導き出してくれるだろう」
こうして意気も荒く、『みけ』へと向かう二人。
「…………っ」
「達也さん? どうしたんですかっ?」
急に包丁を止めた達也に、首を傾げるエマ。
「なんだろう、なんか嫌な予感がする」
アールグレイが誕生した、このめでたき日。
迫り来る面倒な板挟みの気配に、達也は思わず身体を震わせたのだった。
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