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【第3章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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56.限定メニューは鮭のちゃんちゃん焼き

「よーっし! 仕事も終わったし、今夜も行くかァ!」

「「「おう!」」」


 本日分の荷下ろしを終えたアランたちは港を出て、意気揚々と『みけ』に足を運ぶ。


「おっ、工場組も終わったところか」

「ついさっきだよ」


 店の前でばったり出会ったのは、トーマスたち工場組の三人。

 すっかり見慣れた両組は笑いながら、ドアを開く。


「いらっしゃいませーっ! あっ、今日は皆さんご一緒なんですね!」

「ちょうど店の前であったんだよ」


 見慣れた顔ぶれに笑うエマは、アランたちを隣り合うテーブル席へと案内。


「仕事上がりの『みけ』は、最高ですよねぇ」

「まったくだ」


 お調子者のハリソンと工場長オリバーは、慣れた動きで席に着く。


「ハリソンは気を抜く前に、工程を抜かすミスを反省してくれよ」

「それはそうだ」

「あはは、面目ない」


 真面目なトーマスの注意と、オリバーの厳しい視線に苦笑いのハリソン。


「さーて、今日は何にすっかなァ……気分はスタミナ丼じゃねえし」


 そんなアランの声に、トーマスがうなずく。


「悩むところだね」

「ここんところ唐揚げを続けてたし、たまには新しいメニューもいいな」

「そうだな……最近はキング・フィッシュアンドチップス一択だったし、今夜は揚げ物以外にしておこうか」


 工場長オリバーも、めずらしく悩む姿を見せている。

 どうやらどちらも、『いつものやつ』が続いている状況のようだ。


「……あれ、うまそうだな」


 アランが目をつけたのは、カウンター席の客が食べている鮭料理。


「本当だ……」


 上がる湯気と豪快な食材の使い方には、お調子者ハリソンもゴクリとノドを鳴らす。

 二人が鮭をよく知らないのも、無理はない。

 鮭漁の権利は地主が独占しがちな上に、冷蔵技術がないためロンドールへの輸送も難しい。

 そのため鮭は川貴族の魚と呼ばれ、上流階級や一部の中産階級、漁師町の住民だけが食べられるような食材だった。


「ご注文はどうしますかっ?」


 やって来たエマの問いに、荷受人夫組と工場組がうなずき合う。


「あれと同じのを!」

「俺たちも!」

「かしこまりましたっ! 少々お待ちくださいっ!」

「エマちゃん、つまみ食いは一つまでで頼むよ」

「もうハリソンさん、しませんよっ! ……一つまでは良いんですか?」

「エマちゃん」

「ハッ!」


 ちょっとうれしそうにしたエマが、達也にたしなめられる姿に笑う。

 こうしてアランたちが、良く冷えた水を飲みながら会話を楽しんでいると――。

 味噌に酒とみりんを混ぜて作ったタレが、じゅわっという心地の良い音を鳴らした。

 バターと共に立ち上がった香りが、空気を変える。


「お待たせいたしましたーっ! こちら鮭のちゃんちゃん焼きですっ!」

「「「おおおおおお……っ!」」」


 スキレットで出てきた一品に、思わず感嘆してしまうアランたち。

 鮭の身は鮮やかな橙色で、堂々たる主役の風格を見せている。

 そこにキャベツ、タマネギ、薄切りのニンジン、まいたけ、しめじを一緒にして、味噌ダレとバターで蒸し焼きにするのがこの料理。

 彩り鮮やかで豪華だが、食材本来の姿をしっかり残しているため家庭的な雰囲気もあり、思わず親近感を覚える。


「いただきます!」


 トーマスは贅沢に、食材をあまさず取って口に入れた。


「っ!!」


 そして大きく目を見開く。

 まず口内に広がるのは、味噌バターの濃厚なコク。

 鮭は旨味が強いのに脂はやや控えめで、どこか上品な甘さを感じさせる。

 味噌の塩気はその脂を受け止め、生み出された甘辛感をバターが包み込めば、それは極上の一言だ。

 そこにしんなりとしたキャベツの甘みと、透明になったタマネギの甘さが続く。

 そして、まいたけとしめじだ。

 まいたけは上質な森の香りを醸し出し、しめじはキノコの旨味と歯切れの良さで、食感にアクセントを与える。

 二つの風味は圧倒的に豊潤で、思わず息がもれるほど。

 これが味噌バターの匂いに混ざることで、さらに贅沢さを増している。

 身のしまった鮭だからこそ、食べ応えがあるのに重くならないこの一品。

 味噌とバターの濃厚さが、むしろ最高の形で活きている状態だ。


「うまい……っ!」

「このうまさは、一体なんだ!?」

「すげえ! こんなうまい魚料理、そうそうお目にかかれねえぞ!」


 さっそく盛り上がる男たち。


「鮭自体も驚くほどうまいのに、野菜とキノコ、特にキノコが一緒になることで、あふれる旨味と風味が段違いだ! そのうまさを引き出しているのは料理法! ただ焼くのではなく、蒸すから素材のうまさをよりしっかりと楽しめる! これが素晴らしいんだ!」


 素材と調理が良いから、強烈な『何か』でごまかす必要がない。

『そのまま』のうまさを、味噌たちがしっかり引き立てる。

 蒸し焼きだからこそ感じられるしっとりした身の柔らかさと、豊かな旨味はもうたまらない。


「この一体感、あまりに見事だ!」

「あ、ああ! とにかくうまい!」


 オリバーに全部言われてしまった荷受人夫は、それでも大きくうなずきながら賛同する。


「おいしそうですねぇ……」


 これにはエマも思わず狼の眼光とフォークをチラつかせて、トーマスを軽くビビらせる。

 すっかりそのうまさを知ってしまった白米を一緒に食べるのも、また最高だ。


「こりゃすげえっ! またいい料理を見つけちまったな!」

「本当だよ。『みけ』は本当に魚料理も最高だね」


 初めて食べる料理がうまい。

 そんな幸せに誰もが「最高だ」と言って、大きくうなずき合う。

 完食まで、時間はかからなかった。


「ああ、うまかった……」

「店主、最高だったよ! ありがとなァ!」

「ありがとうございましたーっ!」

「またどうぞ」


 楽しく、幸せな時間はあっという間だ。

 思わぬご馳走にすっかりご機嫌になったアランたちは、軽快な足取りで帰路についたのだった。



   ◆



「あれ、今日も一緒とは奇遇だね」

「ああ、俺たちはちィっとばかり早上がりだったんだ」


 数日後、トーマスたち工場組と荷受人夫組は再び帰り時間が一緒になった。


「今日はどうするつもりなんだい、アラン」

「はっ、決まってんだろ。あれだよ」

「だよなぁ」


 ハリソンの問いに、アランが笑顔一つで応える。

 どうやら今日は、どちらも食べたいものが決まっているらしい。

 両組は今夜も楽しそうに、『みけ』のドアを開く。


「いらっしゃいませーっ!」

「いらっしゃい」

「店主、今日も例のあれを頼むぜ!」


 さっそく、楽しみにしていた料理をオーダー。


「……例のあれ?」


 しかし達也は、首を傾げている。


「決まってんだろ、鮭のちゃんちゃん焼きだよ」

「ああ、あれなら――――終わったよ」

「「「……は?」」」


 達也の言葉に、互いを見合う両組。


「「「はああああああ――――っ!?」」」


 思わず全員並んで、驚きの声をあげた。


「なんで!? どうして!?」

「あんなにうまいのに、なんでやめるんだよ!?」

「まさか……あの料理は俺たちだけに見えていた幻覚だったのか……!?」

「いや、あれは期間限定なんだ」

「限定? 限定ってなんだよ!?」


 まさかの事態に、身を乗り出すアランたち。

 実はメニューにも『限定』と書かれていたのだが、彼らは「いつものやつ」を続けた後に「あれと同じやつ」という形で注文したため、その事実を知らなかった。


「その食材が特においしい時、旬の間にだけ出す料理ってことだな」

「そう、なのか……」


 旬という聞いたこともなかった概念に、呆然とするアランたち。


「二種のキノコもそうだけど、ちゃんちゃん焼きをするなら鮭もこの時期のものを使うっていうのがあるんだ。だからあれだけの味が出せたんだよ」


 もともと、いつ食べてもおいしい料理。

 だが旬の素材たちの旨味や風味を、そのまま活かすことで生み出されるおいしさは驚異的だ。

 そのため別の鮭を使う近い料理は提供しても、旬の食材が三つまとめて抜けてしまう特別メニューは終了する。

 それが『みけ』の方針のようだ。


「マジかよ……」


 驚愕の事実に、その場にヒザを突いてしまうハリソンたち。


「な、なあ、あのうまさには、次はいつ会えるんだ?」


 アランはまるで愛する人と、永遠の別れを迎えているかのような顔で問う。


「一年後だな」

「「「一年後ォォォォ!?」」」


 またもや、両組の声がそろった。


「ちくしょう……! 限定だと知ってたら、もっと頼んでたのに!」

「なんでこんなに、出会うのが遅かったんだ……っ!」

「あの時、期間限定であることに気付いていれば!」


 達也の国では誰もが陥ったことのある、あの切なさに頭を抱える男たち。

 初めてのおいしさを知り、「もう一度」と思った時にはすでになかった時の衝撃を経て、「次はたくさん食べよう」と心に誓う。

 この学びは、限定メニューと切っても切り離せないものだ。

 これにはエマも「本当ですよねぇ」と、しんみり。


「……だから」


 しかし肩を落とすアランたちに、達也は続ける。


「だから、なんだ?」

「次の限定は――――これだ」


 そう言って達也が小鉢に入れて出したのは、『次の旬』である里芋やシイタケなどを使った煮物。


「次はって、言われてもなぁ……」


 アランたちはさすがに納得いかなそうな表情のまま、一口。


「「「うまぁぁぁぁーい!!」」」

「確かに! これもおいしいね!」

「旬だからな」


 期間限定、それは一期一会。

 こうして旬とメニューは、移り変わっていく。


「……食べられる時が食べ時か。一つ大事なことを学んだよ」


 トーマスは深くうなずく。


「限定メニュー、今度はたくさん食うぞ! 来年まで待てるように、心ゆくまで食べておくんだ!」


 続けてハリソンが、限定メニューへの正しい心構えを語る。


「鮭のちゃんちゃん焼きよ、来年はもっとたくさんいっぱい食うからな! 待っててくれよなァ!」


 アランの宣言に、大きくうなずき合う。

 こうして男たちは、一年後の再会へと向けて固く誓いを立てるのだった。

連休中という事で、少し早めにもう一本! 限定の菓子は二度と会えないこともありますね……!

この度は週間ランキングでも6位に入れて頂いたようです! 応援、本当にありがとうございますっ!


お読みいただきありがとうございました! 少しでも「いいね」と思っていただけましたら。

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― 新着の感想 ―
鮭のちゃんちゃん焼きの1つってそれほぼ全部では?w ちゃんちゃん焼きとかの封じ込めた汁とかソースがまたごはんにかけても合うんだ。 先日久しぶりに秋刀魚を食べたけどやっぱ美味しかったな~ そして鮭が食…
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