50.エマと風呂あがりのプリン・ア・ラ・モード
「ふ、ふあぁぁぁぁぁぁ……っ!」
その心地よさに、思わずあげてしまう声。
本日も『みけ』の営業を無事に終え、何よりも楽しみにしている夕食を食べ終えたエマ。
一休みした後に向かったのは、二階にある風呂だ。
白を基調としたタイル張りの風呂場は、達也の祖母が内装を選んだこともあり、とても雰囲気が良い。
少し熱めの湯につかると、身体に入っていた力が一気に抜けていく。
「気持ち良いですぶくぶくぶく……」
脱力感のままにブクブクと沈んで、ぷはっと顔を出す。
「お仕事の後に、ゆっくりお風呂に入れる……本当に最高です……っ!」
そのシステムはさっぱり分からないが、なぜか温め直しまで出来てしまう『みけ』の風呂。
さらに暖炉などから運ばなくても勝手に湯がたまるため、用意が楽なのも素晴らしい。
エマはすっかり、お気に入りになってしまっていた。
「ふふふ……」
たっぷりの湯をしばらく楽しんだ後、不意に妖しい笑みを浮かべ出したエマ。
「それではそろそろ、いかせていただきましょうか」
そう言って、あめ玉のような包装がされた球形の入浴剤を取り出し、そのまま湯の中に投入。
するとすぐに、大量の泡が立ち昇り始めた。
「すごーい!」
あっという間に広がっていく入浴剤を、興味深そうに凝視する。
白くなったお湯にはどこかとろみがあって、これまでとは違った心地よさを生み出している。
「お湯が、なめらかになりました……」
エマ、風呂でも『まず最初はそのままを、その後に味変をする』という形式を採用。
足を伸ばして、大きく伸びをする。
こうすると本当に、全身から疲れが抜けていくようだ。
産業革命期のブリティシアでは、上流階級が鋳鉄製のバスタブにエナメル加工を施した、足つきクロウフットバスを使用。
お湯はボイラーや給湯器で沸かすのではなく、召使いが大量の湯を運んで満たすというのが定番だ
中産階級では折りたたみ式のブリキ製バスタブを居間や寝室に広げて、暖炉で湯を沸かしてバケツで運ぶ。
労働者たちは、公衆浴場という形だ。
こうしてひたすらに湯を楽しめるのは、『みけ』の特権だろう。
「良い……お湯でしたぁ……」
たっぷり湯につかったエマは湯舟から上がると、柔らかなタオルで身体を拭いていく。
しっかり温まった身体の、フワフワする感じもたまらない。
身にまとうのは、飾り気のない白い綿のワンピース。
これは産業革命期のメイドには、定番の寝巻だ。
エマは水差しから注いだ水を飲んで息をつくと、ようやく慣れてきたドライヤーに手を伸ばした。
髪を乾かすと、手の通りがまるで違う。
達也がよく分からないまま「値段が結構するからいいものだろう」という判断で買ってきた、シャンプーのセット。
その効果もあって、金色の髪はツヤツヤのサラサラだ。
すっかり気分が良くなったエマは、ご機嫌でくるっと一回転。
「……むむっ!」
ここで突然、センサーが反応した。
まるで何かに導かれるようにして、エマは階段を降りていく。
「ふふふふふ……良い出来だ」
『みけ』はすでに閉店後。
照明を絞っているキッチンの中に、何やら笑い声をあげている達也の背中を発見した。
「達也さん」
「うおああああああ――――っ!?」
驚きと共に、飛び跳ねる達也。
見れば冷蔵庫の中には、見たこともない品が隠されていた。
どうやら達也は、またもこっそりとスイーツを作っていたようだ。
「おいしそうですねぇ……」
エマが思わずつぶやくと、達也は観念したかのように息をつく。
「……せっかくだし、一緒に食べる?」
「はいっ!」
大喜びで、いつものカウンター席に着くエマ。
「こうなったら、手は抜けないな」
そう言って達也が持ち出したのは、ワイングラスのような長い足を持った、めずらしい銀の器だ。
そこに様々な具材を乗せて、完成したのは――。
「はい、お待たせ。プリン・ア・ラ・モード」
「わあああ……っ!」
すでにマイフォークとスプーンを持って、待っていたエマ。
そのどこかノスタルジックな美しさと豪華さに、一瞬で心を奪われてしまう。
主役のプリンの隣には、バニラと生クリーム。
そしてウサギのようにカットされたリンゴと、オレンジ、キウイ。
瑞々しく鮮やかな果物と一緒に並んだ一品は、エマの心を躍らせる。
達也の国で生み出されたこの豪華なセットは、最近その手間のせいもあり扱う店が激減。
絶滅危惧種とすら呼ばれることもあるスイーツだ。
「それでは……いただきますっ!」
まずは主役から。
硬めのプリンを口に運べば、舌に感じるのは特有の密度だ。
卵の風味がぎゅっと詰まっていて、噛むたびに『むちっ』とした抵抗がある。
その素朴で濃い味わいの後ろから静かに追いかけてくるのは、カラメルのほろ苦さ。
刺々しさはなく、むしろプリンの甘さを引き締めるように、舌の奥でふわりとビターな風味を広げる。
これによって甘さと苦みが、交互に寄せては返す。
「甘く深い卵の味と、ほろ苦さがとってもおいしいですっ! この意外な食べ応えも最高ですねっ!」
続けて横に並んだ、真ん丸のバニラアイスに手を伸ばす。
するとその冷たさを舌に感じた直後、濃厚な乳の味が甘みと共に広がった。
わずかなほろ苦さを持つプリンと、アイスの豊潤な甘さは、意外にも対照的な存在感を生み出している。
「はぁぁぁぁ……っ」
その濃厚な甘みと背筋を伸ばす冷たさに、エマは思わず足をパタパタ鳴らす。
二つの甘みを楽しんだ後、必然的に手が伸びるのは、美しい彩りを与えている三種の果物たち。
切り口が瑞々しく輝く、宝石のようなキウイ。
ぷつぷつとした種の細かな歯ざわりと共に感じる、深い甘み。
その直後に果肉の柔らかな部分が、舌の両側へ酸味を走らせる。
太陽のように明るい橙色のオレンジは、噛んだ瞬間に果汁が弾ける。
軽やかな酸味が先に来て、その後でじんわりとした甘さが追いかけてくる形だ。
ウサギを模したリンゴは、シャキッとした食感で出迎える。
こちらは淡い甘さとほのかな酸味が、ゆっくりと滲み出る形だ。
「瑞々しくて、とってもおいしいです……っ!」
最後はホイップクリームが、プリンの甘さとフルーツの酸味の間をつなぐように、ふわっとした橋渡しをしてくれる。
プリン・ア・ラ・モードは各々の持つ甘さの違いが、さらに「もう一口」を誘ってくる至高の一品だ。
「身体に、染み込みますぅぅぅぅ……」
風呂の後の冷たいスイーツは、ぽかぽかとした身体に効きまくる。
これぞ、まさに至福。
「風呂の後だと、効くよなぁ」
「はいっ……」
風呂でさっぱりして、温まった状態で味わう甘くて冷たいものは、格別だ。
この一連の『儀式』は、達也も子供の頃から大好きだったことを思い出す。
「ちなみにエマちゃん、そのアイスクリーム……これに入ってるんだ」
「ええっ!?」
エマは目を輝かせる。
アイスクリームは、紙で作った小型のバケツのような容器に入っている。
「そして、こいつですくい上げるんだ」
「おおおおーっ!」
「このバケツとディッシャーのセット、いつ見てもワクワクするよなぁ……」
「はいっ、抱きしめて眠りたいです……っ」
輝きを増す、エマの瞳。
それも当然だ。
あんなにおいしいアイスが、こんなにたくさん詰まっている。
バケツ一杯に入ったアイスは、永遠の夢。
それは初めて見た時には、誰もが『宝物』のように感じてしまうものだ。
そしてアイスを綺麗な球形にしてくれるためだけにある、専用器具のディッシャー。
このコンビは、何度も見ても最高だ。
「……ちなみに、この大きさのプリンを作るやつもいる」
「本当ですかっ!?」
昔のことを思い出しながら、苦笑いする達也。
「いつか、食べてみたいです……っ!」
こうしてエマも無事、バケツサイズのプリンを夢想する人間の一人になったのだった。
「えへへ、おいしいものが食べられて、今夜は最高でした……っ! 明日もがんばりますっ!」
風呂上がりの時間をたっぷり楽しんだエマはそう言って、笑顔でカウンターに突っ伏した。
すると温まった身体が、程よく冷めてきたのだろう。
プリンやアイスの甘い余韻と共に、眠気がやって来た。
「……エマちゃん?」
すっかり夢うつつになったエマはウトウトと、気持ち良さそうにまどろんでいる。
「部屋に戻ろうか」
達也はエマの手を引いて階段を上がると、そのまま洗面台へ。
しっかりと歯磨きを監督した後、三階の部屋までご送迎。
そっとベッドに横たえる。
「んん……まだ、食べられます」
「そういう寝言って、『もう食べられない』って言うもんじゃないの?」
笑いながら、寝てもなお貪欲なエマに布団をかける。
それから電気を消して、静かにドアを閉じていく。すると。
「……達也さん」
聞こえた、囁くようなつぶやき。
「達也さんに見つけてもらえて、本当によかったです……」
「……こちらこそ。おやすみ」
一階に戻ってきた達也は、キッチンの片付けを済ませて照明のスイッチに手を伸ばす。
それから、静かになった『みけ』を見回してみる。
「エマちゃんの元気さは、もう『みけ』に欠かせない物の一つなんだな……」
あらためて感じる。
不思議な世界で始まった、新しいキッチン・みけ。
最近は忙しさに目が回ることもあるほどの、人気を見せている。
味はもちろん、雰囲気の良さも客に愛される理由の一つだ。
その点においてエマの元気さは、欠かせないものになっているのだろう。
照明を落として、上がる階段。
エマと出会った霧雨の降る夜は、まるで何かに引っ張られるかのようにして、店の外に出た事を思い出す。
「もしかしたら『みけ』が、エマちゃんと引き合わせてくれたのかもしれないな」
達也はキツネの刺繍に触れながらしみじみとつぶやいて、部屋に戻って行くのだった。
◆
「いらっしゃいませーっ! こちらのお席へどうぞっ!」
いつものように軽快な動きで、お調子者工員ハリソンを席へと案内するエマ。
「あれ、なんかエマちゃんから良い匂いがする……!」
「そうなんですよーっ!」
エマはトレーを抱えて、軽やかに一回転。
すると、ふわりと良い香りが広がる。
「前もいい匂いしてたけどな……まるで良く焼けた」
「なんだ? 干し草か?」
「ローストチキンみたいな」
「どんな匂いですかそれーっ!?」
適当なことを言うハリソンに荷受人夫アランが笑えば、店にはいつものように賑やかな空気が広がる。
看板娘エマが元気に駆け回る『みけ』は今日も人気で、とても楽しそうだ。
脱字報告ありがとうございます! 適用させていただきました!
お読みいただきありがとうございました!
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