98.おかえりルルディ
辛い回です(;´・ω・)
アリィの声が、言葉が頭にこびりついて、次の日の朝までルルは一睡もできなかった。
寝室から出るとアリィが昨日の夜あんなことがあったというのに、なんてことなく普段通りにお茶をすすってゆったりと座っている。
「おはよう、ルル」
「アリィ……あの、昨日は……」
「そんなことより、今日は一日あたしにくれるんでしょ?」
「う、うん……」
「じゃあ、ちょっと遠出するから」
「わかった」
アリィは昨日の行動について一切触れなかった。
ルルは不安で胸が押しつぶされそうだったが、今アリィと距離をとってしまっては一生後悔するような気がした。
まだ朝早いので、起こしては悪いと木の板に『今日はアリィと遠出してきます。愛しています』と書いてレウスの家の扉に立てかけておいた。
アリィはそれをじっと見つめていたが、何も言わなかった。
アリィがルルを連れてきたのは、あの日レウスと来た花畑だった。すでに花は枯れていて、今は少し侘しくなっている。
アリィは魔法で飛んで移動する間、会話がなかったがずっとルルの手を握り閉めていて、ルルもアリィの手を握り返していた。
「アリィ……やっぱり、何かあったんだよね? わたしと離れ離れになったあの時に……」
「……そうだね、でもね、あたしのこの気持ちはずっと……ルルとであった時からずっと抱えていたもの……それを表にだしただけ」
「……わたし、アリィを苦しめていた……? ずっとずっと、出会った時から……」
「……苦しい、か……………………そう、だね、苦しい……でも、この苦しみはルルから与えられたものじゃなくて、自分から生まれたものだから、ルルが悪いわけじゃない」
アリィがルルを見つめる。
ルルはなんだか、アリィとまっすぐ向き合ったのが久しぶりに思えた。
その顔はアリィ自身のモノなのに、何故だか別人なようにも見えた。
「……でも、今日で全部終わるから」
「ねぇ、お、わるって……アリィ、いったい何をするつもりなの?」
「一個ずつ済ませよう。まずは、あの胸糞悪い大妖精……あいつをぶっ殺す」
「ころっ!? アリィ!? いったい何を考えているの!? それにあの人は……」
「わかってる、だからいろいろ準備したの……ルルはあいつを殺すこと、反対する?」
アリィが寂しそうな笑顔で問いかける。
アリィ自身、こんな問いかけはルルをひどく困らせてしまう酷なことではあると理解していた。
やはり、ルルは苦しそうな表情になって、押し黙ってしまったが、アリィの手を離すことはなかった。
「……………本当なら、話し合いで終わりたい。けれど、あの人には通じない、アリィだって殺されかけた……それに、あの人はペロージアお姉さまをルコウお兄さまをリリィお姉さまを苦しめる……だから、許せない」
ルルがアリィの手を両手で握りしめてまっすぐ見つめる。
「アリィ一人に背負わせたりなんてしたくない。一緒に……ね」
「あ、はは……はは……ほんと、ルルの肝の据わり具合にはびっくりするよ……うん、一緒に……」
アリィは簡単に作戦をルルに伝え、ルルは深く頷いた。
アリィが妖精界につながる出入り口を作り、大妖精ルルディをおびき出すためにその出入り口に向かって魔法を放った。
これでつられてくれなかったらどうしようかと思ったが、しばらくすると空に大きな出口が広がり、大妖精ルルディと首枷のつけられたペロージアが現れた。
(よし、魔力の満ちている妖精界じゃさすがに勝ち目はないけど、ルルが生きてるってわかってこっちに乗り込んできた!)
大妖精ルルディはルルの姿をみとめると、顔が憎しみに塗りつぶされ、憎悪で歪む。
「な、な、なんということですの……まだ生きているだなんてっ!! なんて汚らわしいの!? 今度こそ跡形もなく消し去って差し上げますわ!!」
憎悪で怒鳴り散らすルルディの隣で、ペロージアは無表情でありつつも内心考えを巡らせていた。
状況から考えてアリィがルルディをおびき出したのだろうが、大人しくしていれば静かな余生を過ごせていたというのに何故こんなことをしでかしたのか、疑問がわく。
だが、ペロージアは心の機微を感じとることは苦手であっても今まで積み重ねてきたアリィとの日々からアリィが何を考えてこんなことをしているのか、予想をつけることはできた。
「ペロージア、なんだ元気そうじゃん。ってか、何その恰好ちょー似合う」
「うるさいぞブス、これはボクの趣味では全くない。こっちの大ブスの趣味だ」
「きぃー!! わたくしを無視してお姉さまと言葉を交わさないでくださる!? たかだか飼人の分際で!」
ルルディが怒り狂って、魔法で炎球をいくつもアリィとルルに向けて放つ。
アリィがルルに耳打ちをして、ルルがアリィの手を引いて魔法で飛び炎を避ける。
「このっ害虫がっ! 死ねっ! 死ねぇ!!」
ただ、避けきれず炎を食らいルルディがにやりと笑うが、炎がぐにゃりと曲がり消えて二人の無事な姿が見えた。
ルルディが手を構えていて、どうやら魔法壁で食い止めたようだった。
「わたくしの魔法をあのゴミが魔法壁で食い止めた? なんて煩わしいのかしら!」
ペロージアは今の魔法の動きに違和感を覚え、アリィの思惑に気づく。
(アリィ……)
「くふふ、ちょこちょこ逃げられてずいぶんと苦戦しているようだね」
「お姉さまっ! そうおっしゃるのならお姉さまもあのゴミたちを処分するのを手伝ってください!」
「どうしてボクが……」
「ではこうしましょう。あのゴミを処分するのを手伝ってくださったら、お母さまにお会いできるように、わたくしからお母さまにお願いします」
「母さんに……会える……?」
ペロージアの瞳が揺れ動く。
そして、どこからともなくらせん状の杖を取り出したのを見ると、ルルディはにんまりと笑った。
「その約束、本当だろうね?」
「もちろんです! わたくしのお願いでしたら、お母さまも聞いてくださいます。なんたって、わたくしは特別ですから」
「なら、二人の足を押さえろ」
「はいっ、お姉さま!」
ルルディがとびっきりの笑顔で浮かれて、魔法で地面に生える草花を操り、逃げ回るアリィとルルの足をとらえた。
「捕まえましたわ!」
「よくやった、そのまま……」
その間、ペロージアは杖を二人に向け、膨大な魔力を込めた光の球を作り出す。
そして、アリィとルルディに向かってなんの躊躇もなく魔法を放った。
しかし、その刹那アリィの手には先ほどまでなかったはずの彼女の背丈より高い宝玉が二つ付いたらせん状の杖が握られていた。
(っ!? あれは……お姉さまの持つ杖に似てる!? まさかお姉さまの魔法を跳ね返すつもりですの!? でも、ペロージアお姉さまとあのゴミたちの魔力を上乗せしたところでわたくしには届かない……!)
アリィの持つ杖の宝玉にペロージアの魔法が吸い込まれていくがその衝撃は強く、ルルがアリィを必死に支え、ルルディの足に絡ませた草花も支えとなった。
ペロージアの攻撃を耐え切り、アリィの杖から吸収された攻撃が跳ね返って来たがそれはルルディの予想をはるかに超えていた。
(なんなんですのこの魔力!?)
攻撃を避けようとペロージアの鎖を引っ張ってルルディは逃げようとしたのだが、ペロージアはどっしりとして、全く動こうとしない
「お、お姉さま!!??」
ルルディはペロージアのことはすぐに諦めて、一人で魔法の範囲外に飛んで逃げる。
「そっちは危ないぞ」
ペロージアが反射された魔力に向かい杖を構える。
ペロージアの持つ杖に魔力が吸収され、逃げて背を向けたルルディに向かって放たれた。
「おねえさまあああああああ!!!」
大妖精ルルディの姿は、魔法の攻撃が通り過ぎ空の遠くに消え去ったときには跡形もなかった。
ペロージアの首枷が砕けて消え、指をぱちりとならすと普段着ている衣服と髪形に戻った。
そして……
「ルルディ……わたしの……名前」
自分の本当の名前を取り戻したルルディは、身体が震え、涙が自然とあふれてきた。
「よかった……そうだよ、名前戻ったんだ! ルルディ!」
「アリィ……ありがとう……本当にありがとう……」
アリィが喜びでルルディを抱き締め、ルルディもアリィを抱き締め返した。
今はただ、この喜びを分かち合えることに感謝した。
(ルルディ! お姉さまからいただいたわたしの名前! 集落に帰ったらレウスさんに伝えよう。それで、わたしの名前を呼んでもらいたい……ありがとう、ありがとう、アリィ……)
ペロージアがゆったりと二人の前に降りてきて、ゆっくりゆっくりと近づいて来た。
「は、はは、ペロージア、あの服着替えたのかよ、似合ってたのに」
アリィは恥ずかしさからか、こんな時にも憎まれ口になってしまった。
ペロージアが手を上げた時にもしかして魔法をかけられるかと身構えたが、その手はそっとアリィの頭に置かれ、ゆっくりと優しく撫でられた。
ペロージアは、今まで見たことがないほど穏やかな笑みを浮かべていて、アリィの心臓はどきりとはねた。
「よくがんばったな、アリィ」
「……へ? う、うそ、今褒められてる? あのペロージアが?」
ペロージアに褒められているという実感がわき始めると、アリィは今までの苦労が報われた気がして、ぽろぽろと涙が流れてきた。
「素直に受け取っておけ……だが、先ほどの攻撃で砕けるとは杖はまだ試作段階だな」
「た、たしかに急いで作ったし、魔力を増長させるために無理な設計になって……って、もう少しくらい長く褒めろよ!?」
アリィは涙をぐしぐしと拭って、ペロージアに噛みつき始める。
この懐かしいやりとりに、ルルディは心の底からほっとして、涙を流しながら微笑んだ。
そして、ペロージアは次にルルディの頭を撫で始める。
久しぶりのペロージアの優しい手にそれだけで胸が詰まるような感覚がした。
「おかえり、ルルディ」
「ただいまです、ペロージアお姉さま」
「ペロージア姉さん! ルル!? アリィ!?」
「おっ、やっぱりお前たちだったのか!」
「リリィお姉さま! ルコウお兄さま!」
妖精界とつながる道を通り、リリィとルコウが騒ぎに気付いてやってきた。
普段大人な女性でゆったりとしたリリィがものすごい勢いで走ってきて、泣きながらルルディとアリィをしっかりと抱きしめる。
「うあああん! ごめん、ごめんねぇ、何にもできない姉でごめんねぇ!」
「うぐっ、リリィ、苦し……」
「リリィお姉さま、そんなお姉さまが気に病むことでは……」
「でもっ……でもぉ……うあああああん!」
「ちょ……リリィの初めてな部分を見ている気が……」
ルコウが大きく笑いながら、アリィとルルディの頭をわしわしとなでた。
「リリィはずっとお前たちのこと心配してたんだ。気のすむまで泣かしてやれよ……それにしても、本当にあいつをやっちまうだなんて、お前どうやってやったんだ? いや、育ったもんだなぁ! はっはっは!」
「ぐず……そっか……もうあの子に誰も怯えなくて済むのよね。帰ったらミモザたちの封印も解いてあげないと」
「そうだよ! いくら緊急とはいえ、無理やり封印したから……怒るだろうなぁ……」
「封印って……ルコウお兄さま、ミモザお義姉さまになにをなさったのですか!?」
「いやぁ、緊急だったんだよ……あのヤバい末妹がところかまわず殺しを始めて、ミモザたちもやられそうになってさ……」
アリィは和気あいあいとする妖精たちの輪からふっと離れ、草陰へといつのまにか向かっていた。
そして、その影にいたダチュラから待ち望んでいたものを受け取る。
そのずっしりと重たいそれは布にくるまれていて、アリィは中身を確認すると満足そうな笑みを見せた。
「よくやったぞダチュラ、しかも時間もばっちりだ」
「あ、あぁ! ありがたき幸せ! しかし、かなりてこずりました。多くの同士が命を落としました……あのまた……」
「それはあとでな! ふふっ、これであたしたちの関係は元に戻る!」
アリィは無邪気に笑い、これからの期待に頬が上気し胸が躍る。
早速、そのブツを抱えてルルディのもとへとかけていった。
「ルル、ルルディ!」
アリィの声色が久々に明るい。
声をかけられたルルディはアリィを見るが、アリィの抱える布に包まれている何かを見ると顔が引きつった。
その布は赤い液体が染みついている。
「ルルに贈り物! はぁ、とっても苦労したんだよ!」
「お、贈り物? でも、これはなぁに? それに、それは……血?」
「とれたて新鮮だからね、中身は空けてからのお楽しみ!」
「……………………」
ルルディの鼓動が大きく、不安な音になる。
ずっしりと重い何かをアリィから押し付けられ、受け取った。
心のどこかで、この布をとってはいけないような気がしてならない。
だが、とらなくてはいけない気もしている。
震える手でゆっくりと布をとる。
「え……………………?」
アリィから渡されたのは
愛しいレウスの
頭部だった。




