94.求めあうことが
次の日の朝、ルルが起きるとすでにアリィの姿がなかった。
紙のかわりに薄い木に魔法で焼いた文字で『しばらく忙しくて家を空けることが多いけれど、心配しないで』とだけ書かれていた。
心配しないで、と言われてもルルは胸の奥に渦巻く不安が消えるどころかより大きくなってしまった。
「アリィ……」
「アリィがどうかしたのか?」
「ひゃあ!?」
いつの間にかレウスが家の中に入ってきていて、後ろに立っていたものだから驚いてルルは飛び跳ねた。
「そんなに驚かせてしまったか? 僕は入るぞ、と言ったぞ」
「す、すみません、その考え事をしていて……」
「む? それは文字か? ルルも文字が読めるのか?」
「え? は、はい」
「いいなぁ……」
「よければ教えましょうか?」
「本当か!?」
子供の様に目を輝かせるものだから、ルルはレウスが可愛らしく思えてくすりと笑った。
微笑むルルを見ると、レウスがぽーっとしてルルをじっと見つめる。あまりにもじっと黙って見つめられるものだから、ルルは首をかしげる。
「あ、あの、わたしの顔に何かついていますか?」
「可愛い顔がついて……じゃない、なんでもないさっそく文字を教えてくれ」
「はい、もちろんです」
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「これで『レウス』……僕の名前になるのか?」
「はい、初めてとは思えないくらい、書くのがとても上手ですよ」
「ふ、ふふふ、そうか?」
ルルとレウスは集落の傍の森で柔らかい地面を紙の代わりに、木の棒を鉛筆の代わりにして、文字の練習に勤しんでいた。
レウスは吸収力が高く、ルルが書く文字をよく観察して、丁寧にまねていく。
(アリィが家を作るのもよく観察していたし、レウスさんは学ぶのが好きなのかな……すごいな……)
「ルルはどう書くのだ?」
「え?」
「名前だ、どう書く?」
「わたしの……名前……」
ルル本人も意識できず、忘れてしまっているがあの末妹が母である女神から『ルルディ』の名を授かったとき、自分の名前は失われてしまった。
その違和感がレウスの質問に答える際に手の動きを鈍らせた。
(ルル……わたしの、名前……でも、本当は……違う気がする……)
「ルル、どうしたのだ?」
「え? あ、す、すみません……『ルル』は、こう書きます」
「なるほど……なんとなく、文字の規則がわかってきたぞ……これで『僕は肉が好き』になるのではないか?」
「わぁ! すごいその通りです! レウスさん、覚えも早くて応用力もありますし、すぐに本も読めるようになりますよ!」
「ふ、ふへへ、そうか?」
レウスは照れながら無邪気に笑う。
そんな彼を見ているとルルの心が今まで感じたことのない気持ちで満たされていく。
『……好き、なんでしょ? あのレウスとか言う男のこと』
突然アリィに言われた言葉が頭に浮かんだ。
ふわふわと漂うような言葉のつかない感情のままでいた時とは違う、ハッキリとした気持ちを意識させられるとおなかのあたりからぐっとこみ上げるような熱が頭まで上って、ルルは恥ずかしさでレウスから視線を外した。
(も、もう、アリィがあんなことを言うから……第一、レウスさんはわたしにデイルさんの番になってほしいと言っていたし……迷惑もたくさんかけたし、きっとわたしのことは……なんとも……)
ルルが視線を外している間に再びレウスが地面に文字を書き始める。
(肉、干物、花、おいしい、好き……好き……)
レウスががりがりと思ったままに書き進める。
『僕はルルが好き』
「え? レウスさん?」
「わっ!?」
レウスは自分が無意識に書いていた文字を急いで木の棒でざっとかき消した。
あまりに勢いよくやりすぎたために、砂埃が大きく舞い上がる。
「ごほっ、ち、違うのだ! 別に今のは、その文字の練習だ!」
「そ、そうですか……(そう、だよね。期待しちゃった……)」
「……………………」
「……………………」
「……………………嘘だ」
「え?」
「ごめん、嘘をついた。今書いたのは……僕の気持ちだ」
「レウスさんの? え?」
「き、来てほしい」
レウスは頬を赤く染めて、恥ずかしそうにだがしっかりとルルをまっすぐに見つめて手を差し出した。
ルルはレウスの赤い瞳から目をそらさず、レウスの手に自分の手を重ねた。
・
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レウスがルルを連れてきたのは色とりどりの花が咲き誇る花畑だった。
ルルは絶望していた時には表には出せないでいたが、景色の美しさに瞳がきらきらと輝いた。そして、それをレウスがぼーっと惚けて見つめる。
ルルがレウスに振り返り笑顔になるとレウスは慌てて我に返る。
「レウスさん、ここはとても素敵な場所ですね……とてもきれい」
「そ、そうだろう? この前の遠出のときに見つけた」
「遠出……レウスさん、あの時はありがとうございました、きれいなものたくさん集めてきてくださって。あの時はうまく言えませんでしたが、レウスさんが集めてきてくださったものどれも素敵でした」
「そ、そうか! それなら、よかった……」
「……」
「……」
「……………………」
「……………………」
穏やかな風が吹いているおかげで、沈黙は多少和らいでいる。
普段ならよく話すレウスが押し黙ってしまっている。
沈黙の中、ルルは隣に座るレウスにもう少しだけでも近づければと、ほんの少しだけレウスに寄るように座りなおした。
その時、小指がレウスの小指にかすかに触れた。
ほんの少しの部分だけがふれているだけだというのに、ルルはぐっと熱が小指から全身にめぐり、心臓が口から飛び出してしまうのではないかというほど鼓動する。
自分から近づいておいてこの熱に耐え切れそうになく、少しだけ離れようとするとレウスが手を重ねてきて、指が絡まる。
レウスの手は、大きくて硬く節くれだったいて、そして、火に触れるように熱かった。
ルルが自分の鼓動が激しくなるのを感じながら、レウスを見つめる。
レウスもまた熱を帯びた視線で見つめている。
もう、お互いに気持ちを抑えることができなくなっていた。
「僕は……ルルが好きだ。ルルを知れば知るほど好きになっていく。どうか、僕の番に……!?」
ルルはレウスに告白されると、ぼろぼろと涙があふれ始め、それを見たレウスは慌てふためく。もしかして嫌だったのかと血の気が引いてさっとルルから距離をとった。
「いやだったのか!? す、すまぬ……ルルが嫌であれば……」
ルルは首を大きく横に振って、レウスに抱き着いた。
ぎゅっと抱きしめられたレウスはルルの突然の行動に手のやり場がなくなり、固まってしまっている。
「嬉しい……レウスさん、わたしもレウスさんが好きです……大好きです……」
「な、は、わ、えと……それは、その良いということか?」
「はい……レウスさんの番になりたいです……あなたと一緒がいいです……」
「お、おおおおぉ……あ、はは……ははっはははっ!」
固まっていたレウスは情けない顔からとびきりな笑顔へと変わり、ルルをぎゅっと抱きしめ返し、立ち上がって喜びのあまりぐるぐると回り回った。
あまりに勢いよく回りすぎて、レウスが下敷きになり草の上に倒れたがそれでもなおレウスの笑顔が止むことがなかった。
ルルはぐるぐると回されて目が回り、レウスの身体の上でぐったりとしたがレウスの嬉しそうな顔を見ると自分も心が満たされて笑顔になる。
「ふふふふっ、そうか、僕の番になってくれるのか……ふふ」
「まさかレウスさんが同じ気持ちになっているなんて、夢にも思いませんでした……てっきりデイルさんの番になってほしいものかと……」
「あっ! あれは僕が先走ってしまっただけだ……デイルに断りに言ったら『お前が勝手に言いだしたことだろう』と言われてしまった……だから、あれはその、忘れてくれ」
「そうだったのですか……」
ほっとしたルルがレウスの身体をよじ登り、軽い口づけをレウスの頬に落とす。
レウスは目を丸くしていると、ルルははにかみながら微笑んだ。
これはルルの愛情表現なのだと気づくとレウスは実に舞い上がり、竜族なりの愛情表現としてルルの首筋にがぶりと噛みついてしまい、ルルは痛みで小さな悲鳴を上げた。
「えっ、あ、す、すまぬ……い、痛かったのか?」
「だ、大丈夫です……えと、今のは竜族なりの愛情表現でしょうか?」
「そう、だが……その言い方だとまさか、妖精は違うのか!?」
「うーん、妖精によるとは思いますが……ふふっ、でもまたレウスさんの新しいことが知れてよかったです」
「……その、ルルが嫌だったらもうやらない」
「……いや、なわけないです」
今度はルルがレウスの首筋に小さな噛み痕をつける。
見つめあう二人は、次第に深く、激しく、熱を帯びてお互いを求めていく。
日はゆっくりと落ちていった。




