88.信じてる
「帰ったぞ!」
レウスは暗くなる前には戻って来た。
満面の笑みなのだが、どうやらかなり急いで戻ってきたようで、息切れしているし、せっかくのきれいな銀色の髪はぼさぼさだ。
「よし、ルルはちゃんと約束を守ったな。えらいぞ!……む、というか、まさか一歩も動いていないのか? ルルを見てくれてありがとうデイル、これはお礼だ」
ガサゴソと手に抱えていた何かでパンパンになった袋の中から、何かの角を取り出してデイルに渡した。
「これ……ユニコーンの角か!? よく手に入れられたな! あいつら気難しいし、滅多に姿も現さないだろう?」
「うむ、たまたま群れに通りかかった。気のいい奴らだったぞ」
「お前、それはもはや才能だぞ……ふふ、ありがとさん、というか遠出ってどこまで行ったんだ? 初めてじゃないか?」
「……い、いろいろとな」
少し何故だか照れているレウスだったが、ユニコーンの角に夢中になっているデイルは質問しておいて、その答えを聞いているのかいないのかわからないくらい上の空だった。
その隙にレウスはルルをさっさと抱きかかえて、自分の巣穴に戻った。
ルルをちょこんと座らせて、袋いっぱいに詰めた今日の成果物を目の前に広げた。
「じゃーん! 見ろ、きれいをいっぱいとってきたのだ! きれいな木の実に、これはきれいな鉱石、あとはきれいな鱗に、きれいな貝殻、海の中に生えていたきれいな角に、あっ! しまった……花はしおれてしまった」
レウスが取り出したのはキラキラとしたものばかりだった。
その中で、小さな紫の花は他の宝物にもまれてひしゃげてしおれてしまったようで、それを少し寂しそうにレウスは見ていた。
ルルは何故突然レウスがきれいな物をこれほどにまで集めてきたのかわからず、首を傾げた。
彼の巣穴を見る限り、美味しいと思うものは大事に保存してあるのだが、それ以外は殺風景で、こういったものに興味はないかと思っていた。
レウスはひしゃげてしまった花は避けて、キラキラの成果物を並べつつ、ルルの顔をじっと見つめる。
「それで、どうだ?」
「……?」
「ルルが好きなきれいはあったか?」
「わたしが……すきな?」
何故、自分のことが話に上がったのかわからず、余計に疑問がわく。
あまり反応がないルルに、レウスが少し口を尖らせた。
「昨日、あの景色を見て『きれい』と言って、目を輝かせていたではないか? ルルはきれいな物が好きなのだろう? 好きなものをみると元気になるしな!」
「え……?」
「な、ま、まさか、違うのか!?」
ルルが反応薄くきょとんとしたので、レウスは恥ずかしさで慌てふためき始めた。
「だ、だって景色を見た時、目がきらきらして……てっきりこういうものが好きなのかと……こ、これでは僕が阿呆みたいではないか!」
「?」
レウスは、ルルがきれいな物が好きで、きっとたくさんきれいな物を見れば元気になってくれるだろうと思い立ち、遠出をしてきれいな物を今日一日集めてきた。
しかし、思ったほどルルの反応が薄く、今さらながらに自分の早とちりなのではということに気が付き始めた。
レウスは恥ずかしそうに頬を赤くして、いそいそときれいな物を片付け始めた。
最後にひしゃげた花はそこらに捨てようとしたとき、ルルがそっと花を拾い上げた。
「もしかして……わたしのために今日ずっと集めてきてくれたのですか?」
「へ? う、ま、まぁ……そうだが……あまり好きではなかったようだな……その、僕が勝手に先走ったのだ……」
「……あり、がとうございます……」
しおれた花を見つめるルルの表情がほんの少しだけ和らぎ、瞳が輝いた。
毎日ルルの表情を見ているレウスだからこそわかるくらいの、本当にわからない絶妙なくらいの違いだったが、それでもその変化にレウスは心臓が跳ねるような感覚がした。
しかし、それは一瞬のことで、まっすぐレウスを見るときには、瞳は再び絶望で濁っていた。
「レウスさん……あなたはとても優しい人です……だからこそ……もうわたしに関わることを諦めてほしいです……」
「なっ……お礼を言ったかと思えばなんなのだ!? 断るっ、僕はお前を元気にすると決めたのだから!」
「……あなたまで巻き込みたくないのです。わたしの家族はわたしのせいで自由を奪われて……わたしの大切なお友達も……おそらく……しんで、しまった……全部、わたしのせいでした……もし、あなたまでひどい目にあってしまったら……」
「なんの話だ……? 何があったのだ?」
「……………お願いします。ただ、わたしが死ぬことを許してください……」
ルルはただひたすらに目の前で頭を下げて、レウスに頼み込み始めた。
あまりにも真っ直ぐに切望されて、さすがにレウスのいつもの勢いがそがれた。
レウスはじっと黙り込み、ルルはひたすらに頭を下げていて、しんとした時間が流れた。
「わからぬ、いや、理解したくもないぞ! 死は無でしかないではないか……笑うことも、泣くことも、怒ることさえもできなくなってしまう……いくら望んでも声も聞けぬ……」
レウスがしびれを切らして怒鳴りつけたのだが、その声はしだいに泣き出しそうに、苦しそうになっていく。
そして、その視線はルルを見つめつつも、ルルを通して別の人を見つめているようでもあった。
「無、ですか……それがわたしの本来あるべき姿だったのです……本当ならわたしは命ですらない不要なものなのです……だから……」
ルルが声の上下もなくただ当たり前のようにその言葉を発した時、レウスが何を思ったのかルルにずんずんと近づいてきて、ルルを持ち上げて膝に抱えて抱きしめる。
どうしてこのようなことになっているのかわからず、ルルはただ困惑している。
その間にレウスはぎゅっと抱きしめたり、ルルの胸に耳をあてて、心臓の鼓動を聞いたりして、納得したのかうんうんと頷いた。
「ルル、お前は温かいぞ」
「……?」
「心臓も動いているし」
「……」
「僕は知っているぞ、お前が時々泣いているのを……笑うと怒る、はまだこれからだが、今これだけできるのだ、お前は十分立派な命だ!」
命であると言われたとき、ルルの胸のあたりがぎゅっと締め付けられた。
止まってしまっていた心の奥底から、何かがあふれ出ようとしてくる。
それを必死に押さえつけた。
「……どうして? どうしてまだあきらめてくれないのですか? わたしはあなたにとって迷惑をかける厄介者ではないですか、あなたの望むような者にはなれない、役に立たない存在ではないですか? なのに、どうして……」
ルルが初めて平たんではなく悲し気な辛そうな声で叫ぶので、レウスは驚きで目をぱちくりとさせた。
そして、答えに悩んでいるのか、ううむ、とうなってじっと黙り込んでしまった。
しばらく悩んで、決心がついたのか、うんと深く頷いて口を開いた。
「役立たず、か…………なら、僕と一緒だ」
「……え?」
「少し前に疫病で多くの集落の者が死んでしまった。その時、集落の長であった僕の両親も死んでしまってな……」
「……!…………」
「……デイル従兄さんが旅から帰ってきて、やっと疫病を沈めることができた……でも僕は、その時何もできなかった……ただ、死にゆく仲間たちを眺めることしかできなかった……無力で……できの悪い愚図で……こんなのでは、次の長になるのなんておこがましい存在だ………」
「………」
「だが、僕は皆のことが好きだ、だから、皆の今のために、皆の未来のためにできることをしたい。愚図でもまだできることがある、そう信じている」
レウスがまぶしく感じるほどの笑顔をルルに向ける。
ルルはレウスの言葉に、今のルルが失ってしまった光を感じた気がした。
「レウスさん……こんなわたしでも命だって生きているって思っていいのでしょうか?」
「うむ! そういっているだろう?」
「わたしにも……役立たずで欠陥品のわたしにもできることが、あると思いますか……?」
「もちろんだ! けっかんひん、というのはよくわからんが、ルルにしか出来ぬことはたくさんあるぞ、笑うこととか、怒ることとか、そう元気になることだ! 自信がなければ僕が自信を分けてやる、ふふん、僕の取り柄は無駄に自信があるところがだからな。なんたって僕たちは役立たずどうし、ふふふ、役立たず同盟だぞ!」
「……う、うう、ううぅ……うああああああん」
「おわっ! 突然そんなに泣くな……こ、困ってしまうではないか」
「うあああああん……」
その夜、ルルはただひたすら泣いて、泣いて、泣いた。
レウスは困りながらも、ルルの顔をぐしぐしと自分の服の袖で拭ったり、背中を撫でたりしてくれた。




