85.大きな一歩だ
それからというもの、レウスの『生かしたい』という気持ちとルルの『死にたい』という気持ちの闘いが始まった。
魔力を送って多少動けるようになったのはいいものの、そうするとすぐに谷に身を投げ出すわ、魔力が使えるようになり始めると、すぐに首をかき切ろうとするわで一時も目が離せなかった。
しかし、負けず嫌いなせいなのか、ただ意地を張っているだけなのかレウスは折れることはせず、あの手この手でルルの死にたがりを阻止していた。
そんなレウスとルルの闘いを従兄のデイルは苦笑いをしながら見守って、時折様子を見ては、妖精の生態についてアドバイスを送っていた。
「んで、考え付いたのがこの格好?」
「うむ、これが最終形態であるぞ!」
レウスは母が子供を抱えるように、たすき掛けにした布にルルを入れて、前方に抱え込んでいる。
幸いルルはそこまで大きくなく、またレウスは体格のよい人だったので、窮屈そうではあるがぎりぎりなんとかなっている。
「だ、だめだ……やっぱり面白すぎる……ぷふっあはははは!!」
「おい笑うな! これは考えに考えた結果なのだぞ! こうすれば目を離すこともなく、魔力を使おうとすればすぐに相殺できる! 身体は見ろ、僕の胴とこいつの胴を縄でくくってつなげたから、落ちようと思っても無駄なのだ!」
「あ、はは……ごめん、ごめん……はぁーあ、そうですか……でもこれじゃあ番どころか赤ん坊を拾ってきたみたいだな……ぷふっ、にしてもにあわねー」
「んなっ、そんなに笑うか!? まったくゲンメツだ!」
レウスとデイルがきゃいきゃい騒ぐが、ルルはぴくりとも動かず、相変わらずじっとどこかを虚ろな瞳で見つけている。
正直、こんな精神状態の人を見続けていれば自分の精神の方がやられてしまうように思えたが、それを撥ね退けて世話を焼いているレウスは、本当はすごいのだとデイルはひそかに思っていた。
「んで、狩もそれで行くの?」
「うむ!」
「そうですか、嫌になったら早く言いなよ。オレが元の場所に返してくるから」
「いい!」
「ふふっ、そうですか」
レウスはむっとしてルルを抱えながら、狩へと出かけて行った。
デイルは困ったように笑いながら、レウスの背中を見送った。
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狩は集落の近くの森で行う。
豊かな森には果物なども採れるが、それを狙う魔物も絶えず、魔物の肉を主食にしているレウスたちには絶好の狩場だ。
「見ろ、ここら一帯は豊かであろう? 僕たちの種族は土地に魔力を巡らせ、豊かにさせることができるのだ。おかげで集落は飢え知らずだ! この前の疫病で、今は数が減ったが……」
「……」
「さて、でかいのはいるか……む」
レウスは魔物の気配を感じとり、さっと木の上に魔法で浮かんで上る。
木の上を渡る間、激しく振動で揺れてルルは何度も落ちそうになっていたのだが、胴に巻かれた命綱のおかげで落ちずにいた。
(お……でかいぞ)
大きな鹿のような魔物を見つけ、一気に炎の魔法を浴びせてとどめを刺した。
ウキウキで狩った獲物の様子を見て、好みの焼き加減になるように、今度は慎重に魔法で焼き始めた。
「ふっふっふ、でかいのが獲れたぞ! 余ったのは集落のみんなに持っていってやるか」
「……」
「なぁ! さっきから僕一人で話しているではないか。そろそろ少しくらい会話したらどうだ?」
「……」
ルルを拾ってから数週間たった今でも、ルルは「死なせて」以外の言葉を発していない。
レウスはもともとよく話す人であったから一人でずっと話しかけていたのだが、意外と一方通行というのは心が削れる。
ひとしきり満足するまで食べた後、ルルに魔力を送り始めた。
どうしてかこの妖精は何もしていないというのに魔力の消費が激しく、度々魔力を送ってやらないとすぐに弱ってしまう。
さらに、夜も時々逃げ出そうとするので、度々起きてはちゃんと生きているかどうかを確かめる必要があるため、レウスは寝不足に襲われていた。
「ふぁ……魔力をこう送らなくてはいけないのは、本当に面倒だな……」
「……」
「……はやく、元気になって、元気な子を……うめ……よ……ぐぅ」
レウスはルルを抱え込み座りながら眠ってしまった。
ルルは抱き枕のようになっていて、程よい温かさとバランスでちょうどよいようだ。
(このひとは……どうしてまだわたしを生かそうとするの? 価値のない……不要なわたしを……)
(わたしが生き続けることで、この人の魔力を奪い続けている……わたしはまた誰かを犠牲にしている……ペロージアお姉さまを、ルコウお兄さまを、リリィお姉さまを……アリィを……犠牲にして……わたしのせいで傷つけて……苦しめて……)
(もういやだ……こんなわたし……)
またルルが涙を静かに流したが、この思いがレウスに通じるわけではなかった。
ガサッ
草むらから何かがじりじりと寄って来た。
毛に覆われた四つ足の魔物で腹をすかしているのか、よだれを垂らしてにじり寄ってくる。
しかも1匹ではなく、いつの間にか10匹ほどの魔物に取り囲まれていた。
内の何匹かはレウスがせっかく狩って焼いておいた肉を持って行ってしまった。
(魔物の音がする……焼ける臭いにつられてやってきたんだ……)
しかし、魔物は肉を盗んでも足りないのか、レウスとルルにも襲い掛かろうとしている。
(魔物ならちゃんとわたしを殺してくれる……でも……)
レウスはすっかり深い眠りに入ってしまっているようで、こんな状況でも起きそうにない。
ルルは魔物に食い殺されようと命綱をほどこうとするのだが、頑丈に縛られていて、力のないルルにはほどけなかった。
魔法で切ろうとするが、あらかじめ綱にもレウスは魔力を張らせているようで、切れそうにない。
(用意周到だ……)
ルルが縄と格闘している間に魔物が襲い掛かってきた。
(あ……やっと死ねる? でも……この人が怪我してしまう……それは……嫌だ)
魔物が襲い掛かってきたところをルルが魔法壁を張り、レウスを守った。
魔物たちははじかれて情けない声を上げる。
「んぐっ……んあ? なんだ!? い、いつのまにこんなに魔物に囲まれて……これは、魔法壁? というか、僕は寝ていたのか!?」
やっと目を覚ましたレウスが辺りを見回すとすっかり魔物に囲まれているし、せっかく焼いた肉は魔物に奪われているしで大変な状況だった。
「おいっ、それ僕の肉!! くそっお前らは食っても美味くないくせに!」
魔物を魔法で攻撃しまくると尻尾を巻いて逃げ出した。
怒りと魔法疲れで息がぜぇぜぇと荒くなる。
「はぁ……はぁ……あいつらぁ……よくも僕の肉を……ん?」
息を切らすレウスの頬にルルが手を伸ばし、顔を左右に向け、次にぺたぺたと身体を触った。ルルは目的が終わったようで、またぼーっと空気を見つめる。
(よく見えないけれど……怪我はないみたい……よかった)
「お……わ……う、動いたのか? やっぱりさっきの魔法はお前か!? 元気になったのか!?」
レウスの声が期待に少し震えている。
きらきらとした目でルルの瞳を覗き込んだが、ルルはまだ深い絶望の中でそれに気づくとがっくりと肩を落とした。
「何故だ……まだ『元気』ではないのに、死にたがりのくせにどうして僕を助けた? あのまま魔物に襲われれば死ねたかもしれぬだろう?」
「……」
「おい、それくらいは答えたらどうだ? 別に話せるだろう!?」
「……怪我を……してほしくなかった」
「……!」
「あなたが深く眠ってしまったのは、わたしがあなたの魔力をたくさん消費してしまったから……わたしのせい……なんです。また、こんなわたしのせいで優しい人が傷つくのはいや……」
「お、おおおぉ……!」
ルルが言葉を話すとレウスの瞳が再び期待で輝き始めた。
レウスは急いで胴につないだ縄を離し、ルルを軽く抱き上げて顔を見つめる。
ルルは何故、レウスがこれほど期待を持ち始めているのかがわからなかった。
「話した! いっぱい話せたではないか!! うむうむ、一歩進んだぞ!」
「…………?」
「ふふふっ、少し前までは全く反応がなかったのに、話せるまで元気になったか! よし、もっと話せ話せ。そうだ名前、お前の名はなんという?」
「…………名前」
本当の名前は末妹に奪われてしまった。
そのせいでいくら記憶を探ってもペロージアがつけてくれた名前を思い出すことができない。
しかし、ふと記憶の中で優しく皆が呼んでくれた愛称を思い出した。
「ルル……です……」
「おお、ルルか! 歌声のような名前だ、よいではないか! もっと元気になれよルル!」
愛称を呼ばれたとき、ルルは初めて彼の顔を認識した。
頭から生える角は彼が竜族であることを示し、銀色の髪に赤い瞳、まぶしい笑顔がいつの日かペロージアと見た海に、日の光が反射したあのきれいな光を思い出させた。




