83.拾った!
青年に抱えられて、ルルは彼の集落に連れてこられた。
集落は深い谷の岩壁に作られていて、岩壁に穴を掘り、その穴を家にしたり集会場にしたりして、生活を営んでいる。このような険しいところに住むことによって魔物や他種族の襲撃を避けることができ、暮らしている本人たちは魔法で谷を渡るか、姿を変えて移動をしている。
青年はある穴の入り口に降り立った。
中はひんやりとしていて、かがり火が暗い穴を照らしている。
「オジジ、戻ったぞ!」
「おぉ、レウス戻ったか……と、おぬし何を持っとる?」
「メス、拾ったぞ!」
「ひろっ……?」
老人はレウスが片手に抱えているルルの顔を覗き込む。
ルルは相変わらず絶望で塗り固められた瞳をしていて、話しかけられても反応を返さない。
「レウス……こりゃ駄目じゃ、もとのところに返してこい」
「えぇ!? 何故だ!? せっかく見つけたのに! オジジが見つけてこいと言ったのだろう!」
「確かにこの集落には新しいメスが必要じゃが……これには生気がない。生きることを諦めておる。すぐに死んでしまうメスは子を産めぬわ」
レウスはせっかくメスを連れて来たのに、文句をつけられたことにむすっとしていた。
「なら産めるようにする! こいつに生気?というのがあればいいのだろう?」
「……お前にゃ無理じゃ、我慢のきかない癇癪持ち、何を扱うにもすぐに壊す、魔力が多いためにすぐに天気を荒れさせる、なにより気が短い」
「ぐぬぬぬぬ……うるさいっうるさい!! 僕がやると言ったらやるのだ!」
レウスはオジジに怒鳴るとぷりぷりと怒って自分の巣穴に戻っていった。
オジジが言った通りレウスの苛立つ魔力の影響を受け、空は少し荒れ始めていた。
巣穴に戻ると、とりあえずルルをそこらへんに転がしておいた。
女性の服などなるはずもなく「とりあえずその外套にくるまっておけよ」というが、こんな冷たい岩肌の穴の中で、外套にくるまるだけでは、寒くて風邪をひいてしまいそうなくらいだ。
「と言っても、生気?を戻すのは……どうやれば? そも、生気とはなんだ? 元気か? ならばこれか!!」
レウスが巣穴の奥においてある、石でできた箱の中から取り出したのは、乾燥した蛙のような生き物の干物だった。
「僕のとっておきだぞ! 特別にお前にやる」
ルルの口にぐいぐいと干物を押し付けるが食べるために口は開けず、無理やり口を開かせて口の中に突っ込むが噛むことをしてくれない。
「なんなのだお前! なんでこんなうまいもを食わない!?」
しかし、ルルからは反応はなく、レウスの苛立ちの声はただ巣穴に響いて消えてしまった。
「あー! やめたやめた! 何故僕がこんなことを……」
レウスはすぐに投げ出してしまい、ごろんと寝転がって、干物をガジガジと食べ始めた。
ルルとは隣同士になり、レウスが横を向けばルルの息をしているのかどうかさえもわからない、絶望した顔が見える。
「~~~~っ!!」
レウスは起き上がって噛んで柔らかくした干物を口に含みルルに口移しをした。
妖精のルルにはただでさえ食べ物を喉に通すのには抵抗があるというのに、口の中には苦みが広がるし、とても美味しいと感じることができないものをレウスに押し付けられて、無理やり喉を通ってしまった。
こんなものを呑み込んではきっと体調を崩してしまうというのに、レウスは満足そうにしている。
「ふんっ、ちゃんとのみこめるではないか! 待ってろ、まだあるから食わしてやる」
あまりの不快感にルルはげほげほとせき込み、せめてもの抵抗で頭をレウスとは反対に向けた。
「お、動いた! さっそく元気になったか、もっと食え!」
レウスは勘違いをして、また干物をカミカミし始め、ルルの頭を無理やりぐいっと上を向かせて再び干物を食べさせた。
またあの苦みが口いっぱいに広がり、喉を通っていく。
あまりにも気分が悪くなって、ルルはせき込んで、喉の奥に入ってしまったものを吐き出そうとするがその体力はなかった。
「……せて」
「話せるようになったか!? だが、もっと大きな声で話せ、聞こえん」
レウスが耳をルルの口元に寄せる。
そうでもしないとレウスに届く前にかき消えてしまうほど、ルルの声には力がなかった。
「死なせて……」
ルルがかすれた声で切望する。
レウスは驚いて、目を見開いてルルを見る。
「なんだお前死にたがりか!? だが無理だ、僕はお前が子を産めるようになるまで生かすと決めたから、死ぬのならその後にしてくれ」
「……死なせて」
「まだ言うか! ほら、もっと食って元気になれ!」
レウスはルルの願いなど聞き入れるつもりは毛頭ないようで、また干物をルルに食べさせ始めた。
しかし、それは逆効果でルルは干物を上手く消化できず、その夜酷い熱を出した。
冷たい巣穴にいるはずなのに身体が火のように熱くなり、レウスが慌て始めた。
「な、何故だ!? 熱がでているぞ!」
レウスはずっと昔自分が熱を出した時に両親がしてくれた記憶を引っ張り出し、ルルに水を飲ませ、薬草をとってきて記憶のままにすり合わせてルルに飲ませてやるが快方に向かっている様子には見えず、レウスの苛立ちと焦りを募らせた。
「なっ、なぜ熱が下がらぬのだ!?」
レウスがいじけて座り込んだ。
息が絶え絶えになり苦しんでいるルルをぼーっと眺めていた。
「ぐぬぬ……僕は……また、役立たず……なのか……?」
「…………」
「………………おい、お前何故そんなに死にたい?」
「…………」
「………答える元気はないか………………仕方ない。僕のとっておきその2を差し出せば…………ううむ」
レウスはぶつぶつと呟いて、巣穴から飛び立った。
しばらくすると、また別の青年と共に再び巣穴に戻って来た。
「デイル、僕のとっておきをやるから、こいつを診てくれ」
「えぇ……ったく…………ってかこのコって妖精じゃんか!? どこで拾ってきたんだよ!?」
「妖精? 珍しいのか?」
「人型でないのならまあ、ちょくちょく見るが、こんな立派なのは珍しい……ホントにどこで拾ってきたんだか……」
「そんなに良いものなら、こいつが元気になったらデイル従兄さんにやろう! 番にするといいぞ!」
「…………はぁ、お前のそういうとこ、なんか嫌いになれないよ」
「?」
デイルは他種族に多少知識があるようだった。
レウスに拾った時から時系列に、ルルが一体どのような様子だったか、何をしたのかをレウスからこと細かくきいた。
「レウス、妖精は食べる必要がないんだよ。体調が急変したのはお前が無理やり干物を食わせたせいだ」
「なっ、なに!? 食べる必要のない生き物などいるのか!? それにこれを食べたら元気になるのだぞ! オジジも言っていたし……」
「彼らの内臓は食べ物を消化させるのには特化していないらしい。干物を食べさせるくらいなら、お前の魔力を渡してやれ。多少は楽になる」
「う、うむっ、わかったぞ!」
レウスは言われた通りルルに魔力をせっせと渡し始めた。
熱で苦しんでいたルルの呼吸が少しだけ緩やかになる。
「なぁ、なんでいつもは他人と全然関わろうとしないお前がこのコの世話なんてしてんの?」
「別にかかわろうとしていないわけではない、勝手に向こうが僕を怖がるのだ……」
「まぁ、魔力が強いせいでビビらせちまうからなぁ……んで、なんで?」
「僕がせっかくメスを見つけてきたというのに、オジジがこいつでは駄目だと言いおったのだ……それにムカついた」
「ふーん、本当は?」
「うぐっ…………この前の疫病で僕は何もできなかった……だから、せめてメスを見つけて集落のために……みんなのために何かできればって……」
デイルは笑って、「こーの可愛い奴め」と言ってレウスの頭をわしゃわしゃとなでた。
レウスは恥ずかしがって頭を左右に振ってやめさせた。
「……でもなレウス、正直オレもこのコはやめといた方がいいと思うぜ」
「むっ、デイルもオジジみたいなこというのか!?」
「お前から聞いた話とこの気力のなさ……わけありな感じだ。首をつっこまない方がいい気がする」
「ううむ……だが……」
レウスは魔力を注ぎながら、瞳だけが迷ってうろうろとする。
デイルは仕方がないなぁと言った様子で息を吐いて、レウスの肩をぽんぽんと叩いた。
「わーったよ、気のすむまでやってみ。なんかあったら従兄ちゃんがなんとかするから」
「べ、別に何かあっても僕で何とかできる! なんたって僕は強いのだからな!」
「のわりには、『熱が出たー』って泣きついてきたじゃないか」
「泣いてなどいない! それに、適材適所というだけだ……」
「ふふっ、そうかい、じゃあ、魔力のお強いレウスさん、今晩は定期的にそうやってこのコに魔力を送ってやれよ」
「はっ!? 定期的ってなんだ? 夜中やれっていうのか?」
「そう、頑張れ~」
デイルは軽く言ってのけて、さっさと巣穴から出て行ってしまった。
巣穴にはルルの浅い呼吸の音のみが響く。
(お、思ったより大変かもしれぬ……いやっ、しかしこいつを元気にしてやれば集落は助かるのだ……見てろよオジジ、ふふふ)
レウスは無邪気にオジジの驚く顔を想像して、この作業を乗り越えることにした。
レウスくん、カワイイね(´▽`)




