80.小さな変化
大きな魔力を感じ、おつかいに向かっていたルルディとアリィは後ろを振り返った。
「ペロージアお姉さま?」
(この魔力………クソババアとクソジジイ……それに、威圧的で嫌な感じの魔力……そうか、だからクソババアはあたしとルルを遠ざけたんだ。魔法を使うなって言ったのも、魔法を使うと居場所が気取られるから……)
感づいたアリィは、このまま戻ってはいけないと考え、不安そうにするルルディに明るく笑いかけた。
「きっとあのババア、まーた変な魔法の研究でもしてるんじゃない? さっさとリリィんとこ行こ!」
「え……でも……」
「このままちゃんとおつかいせずに戻ったら、それこそあたしがあのクソババアに怒られちゃう。ルルはそれでもいいの?」
アリィが潤んだ瞳で説得するとルルディは折れたようで、リリィの家へ向かう足を進めた。
しばらく談笑しながら歩いていると、突然ルルディが木の根を足に引っかけて、盛大にすっころんでしまった。
慌ててアリィがルルディを起き上がらせた。よく見ると木の根は自分の意志があるかのようにうねっている。森のどこからかくすくすと嘲り笑う声が聞こえて来た。
『くすくすくす、欠陥品が歩いてる』
『おぞましい』
『醜い』
「……ってめえらっ、さては下っ端妖精どもだな! 火あぶりにして丸焼きにしてやるから出てこいっ!!」
アリィが手から魔法で炎をだし、目を血走らせて怒鳴り散らすと笑い声は遠くなっていった。
逃がすものかとそこら中に火を放ってやろうかと手を振り上げた時にルルディに腕を掴まれた。
「ルルディ! あいつら救いようのないクズだぞ! 今ぶち殺さないと!」
「駄目よ、落ち着いてアリィ……これは、仕方のないことだから」
「……………………っ!!」
この1年ずっとルルディは欠陥品などではないとアリィは言い続けているのだが、ルルディの考えも彼女を取り巻く環境も変わることがなかった。
ルルディはすっかりこの状況を受け入れることを慣れてしまって、アリィには狂っているようにさえ感じる。
「だからあたしはっ、ルルディがそうやって自分を貶すところが嫌い!」
「………………」
「知ってるよ………ルルがどうしてそう思うようになったのか。でも、周りのあいつらだってルルのことそう扱う度に、あたし悔しくてたまらないのっ!」
「アリィ……」
アリィは悔しさに肩を震わせ、涙を流している。
ぐっと握っている拳をルルディが優しく包み込んだ。
「アリィ……わたし、あの日からずっとずっと考えていた。アリィの怒る理由。今なら、少しだけわかる」
「え?」
「わたしね、実はついこの前ペロージアお姉さまにとても怒ったのよ」
「えっ、ペロージアに、ルルが?(逆に今までなかったのか)」
「アリィの前で言うのは嫌なのだけれど……その……お姉さまがアリィのこと嫌なふうに言った時にわたし、もう爆発したみたいに怒っちゃって……」
「え? え? ペロージアがあたしに『ブス』とか『のろま』とか毎日のように言うじゃんか」
「本当にごめんなさい……」
「ルルが謝ることじゃないからっ……えと、ごめん、それで? どうして怒ったのさ」
「あの日、あまりにもいうのもだから、たぶんお酒のせいもあって……でも、アリィは元気いっぱいで可愛いし、魔法の勉強も毎日していてすごいし、さらに剣術もやってもっともっとすごいのに、どうしてそんなこというのって、頭がいっぱいになってしまったの……」
「へ? ルル、あたしのことそう思ってたんだ……ふーん……」
「思っているよ! 毎日、毎日成長して、とてもすごい子なんだって……それでね、もしかしたら……アリィが怒った理由は同じなのかもって……」
アリィはなんだかしばらく実感が湧き上がらずにぼーっとしてしまった。
そういえば、この前いつもよりペロージアの機嫌が悪かったよなぁ、とか、ルルディがそわそわしていたよなとか、ルルディは自分のことをそんなふうに思っていてくれたのかとか、ひとつひとつがかちりかちりとはまっていく音が頭の中でした。
「アリィがこれまでわたしのこと『欠陥品なんかじゃない』って言ってくれたこと……嬉しかったよ。アリィがわたしのこと肯定してくれて、嬉しかった……まだ、全部は理解しきれないと思う。でも、アリィが言ってくれたこと、わたしは信じたいって思うようになったの」
アリィは今ひしと感じたルルディの心の変化に悔し涙が別の意味に変わった。
自分の言い聞かせてきたことが無駄ではなかったことと、なによりルルディが自分の言葉に希望を見出してくれたことに今までのことすべてが報われたような気さえした。
「でも、暴力はダメ」
「あ、は、はい……」
「ふふっ、じゃあ行こう」
すっぱりと言い切られて、勢いのままに返事を返してしまった。
先ほどまで怒りで頭がいっぱいだったというのに、ルルディに優しく微笑まれ、温かな手に引かれるととりあえずはいいかと思えた。
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ルルディとアリィがリリィの家に着くと温かく迎えられ、アリィには香りのよい花で作ったというお茶を振舞ってくれた。
「二人ともわざわざおつかいありがとうね。ゆっくりしていって」
「はぁ……いい香り、それに甘くておいしい。まったく、妖精でまともなのはルルとリリィくらいだよ」
「あらあら、そんなことはないわよ。ペロージア姉さんもルコウ兄さんも、大妖精の中じゃあ話せば通じる方だし、優しいわよ」
「ぜんっぜん通じてないし、優しくない!! ペロージアはいつも無茶ぶりするし!ルコウなんて修行中に嫁さんができたって最近やたらと惚気てウザいし! それに、知ってる? 二人が修行の時どんな顔してるか? このいたいけなあたしを虐めて楽しんでいるとしか思えないあの顔!」
「う、うーん……虐めて楽しんでいる……というわけじゃなくて、本当に純粋に楽しいのだと思うわ。だって、初めてよ、他人に手とり足取り魔法を教えたり、剣術を教えたりするなんて……随分と気に入られたのだと思うわ」
リリィが優しく微笑みかけるのだが、アリィは納得いっていない様子でげんなりとして、机に顔を伏せた。
しばらく3人はまったりとした時間を過ごし、そろそろ帰るかとなったときにルルディが何か言いたげにもじもじしていたので、リリィはアリィに先に外で待つように言ってルルディに耳を傾けた。
「リリィお姉さま、あのね……あの……」
「うん、なぁに?」
「1年前に相談にのっていただいた、アリィを怒らせてしまった理由、少しだけわかりました……アリィはわたしのこと大切に想ってくれていて、だからこそ、大切な人に嫌なこと言われたくないっていうことかなって……」
「うん、そっか、よかったね……そっか……」
リリィは優しく微笑んでルルディの頭をなでる。
「アリィが想ってくれる分だけ、わたしにも存在していい価値があるのかもって思えて……」
「そう、そっか……」
「すみません、こんなとりとめのない話をしてしまって」
「ううん、お話してくれてありがとう。私はルルディがそんなふうに成長してくれて嬉しいよ。さぁ、アリィが待っているから、おいきなさい」
「はい、大好きです、リリィお姉さま」
ルルディがとびきりの笑顔でリリィに抱き着いて、外に待つアリィのもとへかけていった。
窓越しに二人の後姿を見守る。
「欠陥品だったあの子が……そっか見つけられたんだね……そっかぁ……よかった、よかったね」
リリィは少しだけ涙声でつぶやいた。




