76.魂
日がとっぷり落ちてきて、やっとペロージアのアリィへの地獄のような魔法授業は終わりを告げた。
授業と言ってもペロージアはやはり人に教えるのは上手くはなく、実に感覚的であるし、ペロージアは産まれた時から魔法の天才であったがために何故こんなことができないのかと本当に悪気なさそうに首をかしげて言われたので、アリィは頭の血管が切れてしまうのではないかというほどにムカついた。
ただ、アリィはとても負けず嫌いな性格であり、訳の分からないペロージアの教え方にも必死で食らいつき、アリィ自身魔法を扱うのに非常に優れた感覚を持っていたためにぎりぎりで一日を乗り切った。
くたくたになったアリィは地面に大の字で寝転がり、息を切らしていた。
「今日はここまでにする。また明日」
「あ、あしたも……!?」
「当たり前だ。今日一日でお前はなにが習得できたというんだ?」
(クソババアめ、あたしのことを虐めて楽しんでいるだけだろ……くそ、でもルルのため……ルルの……)
アリィは今日の出来事を思い出す。
傷だらけで酷い状態のルルディ、自分を必死でかばってくれた姿、そして、かばってくれたというのに自分から酷い言葉を浴びせられて、困惑する顔。
(ルルはあたしのこと、このクソババアからかばってくれたのに、あたし言いすぎちゃった……でも、黙ってられなかった………ルルはどうしてあんなに自分を貶すんだ……?)
考えに耽っているとペロージアがじっと自分のことを見ていることに気が付いて、気味悪さを感じて飛び起きた。
「な、なんだよ! もう今日は終わりなんだろ!?」
「お前の魔力……やはりおかしい。お前自身の魔力はたいしたことがないのに、何故か時々大幅に強くなる。お前の魔力ではない何かが混じっているようだ……だからすごくムラがある。おそらくルルはこのムラに気づかなかったから、魔力を誘導できなかったんだろうな」
アリィはその『なにか』に思い当たることがあり、視線が右往左往する。
ペロージアがそのアリィの困惑に気づかぬはずもなく、アリィをまた魔法で宙に浮かせて脅し始めた。
「その力はなんだ、言え」
「あ、あたしだって知りたいよ! ただ、村の人は呪いだって! あたしが呪われてるから、魂と通じ合えるんだって……ときどきそいつらが力を押し付けてくるんだよ!」
「魂……?」
ペロージアが目を見開いてじっと考え込み始めた。
そのとき魔法が解けたのだが、アリィは地面に無造作に落とされてお尻をうって痛かった。
「魂……魂……? 肉体に宿る意識? 生きるものすべてに宿り、肉体が滅べばその魂は女神に還る……お前、魂はどんなものだ? 形はあるのか? 触れられるのか? 力を押し付けると言ったが魂は意志があり、行動するということか?」
ペロージアは目をかっと開いて、ぐいぐいとアリィに迫ってくる。
その様子にすっかりアリィは気おされて、へこたれて座った状態でずりずりと後ずさった。
「ぐいぐい来るな! あたしだって、詳しいわけじゃない!」
「お前のわかる範囲でいい。話せ」
「気づいた時から、目を凝らすと、なんか人とか、魔物とか、小さい虫とかにも変なのあるのが見えるのに気づいて……でも身体に触れてもそれには触れなくて、それが魂だっていうのは神父から聞いた……でも、時々生き物の中だけじゃなくて空中にふわふわ浮かんでる奴もいて……そういうのが時々話しかけてくるんだよ。だいたい何言ってるかわけわかんないし、話通じないけど」
「ほう、その浮かんでる魂はどこかに向かっているのか?」
「は? そんなん知らない、いつの間にかいなくなってるし」
「………………そうか」
ペロージアは魂の向かう場所がわからないと聞くと、少し寂しそうな顔をしたように見えたがそれはわずかな時間だけで、すぐに無表情に戻った。
「それで?」
「……魂は、ひとつひとつ違ってて、全くおんなじのは見たことない」
「ボクのも見えるか?」
「あぁ………あんたの性格みたいにひどくねじれてる花みたいなの」
ペロージアはまたアリィを魔法で空中に浮かべて、上下に激しく揺らした。
アリィは気分が悪くなって、地面に降りた時には吐き戻してしまった。
「クッソババアアア…………おえぇ……」
「汚いな。ボクが考えるにその魂というのは力の源のような面もあるのだろう。だから、その力のせいでお前の魔力にムラができたんだ。そして、何故かは不明だが、お前はその魂の力を使えるようだ」
「おえっぷ、どうしたらこれが見えなくなんだよ。これのせいであたしは……」
「何故見えなくする必要がある。それはお前特有の力だ。誇れ」
「ほ、誇る? だって、こんなんが見えるせいであたしは……あた、しは……!!」
忌まわしい過去が思い出される。
いくらルルディに過去の自分を殺してもらい、なかったようにふるまっても、実際に起こったことがなくなったわけではない。
思い出すと先ほどとは別の吐き気が腹の奥底から湧き上がる。
「力あるものは総じて周りから恐れられる。だが、それを気に病むことは時間の無駄だ。力は最大限に使ってこそ価値がある」
「はっ、はは、何それ? もしかして、励ましてんの?」
「何を言っている? お前はその力を使いこなせていないのだから、そこらの虫と大差ない」
「期待したあたしが馬鹿だった!」
「ルルの魂もあるのか?」
ペロージアが遠くを見つめて尋ねる。その先はおそらくルルディの待つ、ペロージアたちの家だろう。
しかし、アリィはルルディの魂について話してしまうことは、何か自分のルルに対する気持ちを話すような恥ずかしさがこみ上げてきた。
そして、それを押し隠すために、いろんな気持ちを被せた。
「教えない……お前なんかにルルのこと教えてやんないっ、お前だってあたしにルルのこと教えないじゃないか!」
「なら、教えてやる。話せ」
「はぁ!? さっきまで資格がないとか言ってたくせに! い、いやだねっ、信じられないし……疲れたから帰る!!」
アリィはひどく疲弊している身体を無理やり立ち上がらせ、全速力で家に向かって走った。
ペロージアに魔法を使われてはきっと捕まってしまうかとも思ったが、ペロージアの気まぐれなのかそのまま見逃してくれた。




