73.産まれ変わる
黒髪の少女が来てから数週間、ルルディはかいがいしく世話を焼いていた、そうでもしないと少女には生きる気力というものがなく、食べるにも風呂に入るにも排泄をするのさえ、ルルディがいなければまともに行えなかった。
それでもルルディは不満を全く漏らすこともなく、なんなら楽しそうに話しかけてくる。
今日も少女をお風呂に入れて、身体を拭き、着替えさせ、椅子に座らせて乾かした髪を櫛で梳いていた。彼女の髪は手入れされておらず前も後ろも伸びきっていたが所々は無理やり引きちぎられているように不自然に短かった。
「ねぇ、名前はまだ教えてもらえない?」
「……」
「そっか、言いたくなったら教えてね。いいなぁ、黒い髪……わたしもあなたみたいに素敵な黒い髪だったらよかったのに……」
「……くない」
「え?」
「よくない……呪われた、髪」
気力のなかった少女が返事をした。しかも、声は暗い感情に染まっている。
「呪われた? どうして? 誰がそんなこと?」
「父さんや母さんや村のやつらみんな……黒髪は呪われているって、でもそれは本当」
「……そんなわけないよ」
「なにも……知らないくせに」
「そうだよ、わたし、まだあなたのこと何もわからない。だから教えてほしい」
「……どうしてそんなしつこいの? 関係ないのに……あのまま放っておいてほしかった。死なせてほしかった」
「…………わかった。死なせてあげるから、名前を教えて」
ルルディが静かに同意する。
少女はついにこの絶望が終わるのだと、久々に胸に期待が宿った。
「エグリマ、あたしの名前」
「エグリマ……じゃあ、今からあなたを殺します。目を閉じて」
エグリマはおとなしく目を閉じた。
目を閉じるといつも浮かぶ光景がある。実の娘に欲望をぶつけて嬲る父と実の娘に激しく怒り暴力をふるう母、自分の黒髪を見て気味悪がる町の人、石をぶつけてくる人たち。何もかもが嫌だった。
(あたしは産まれたくて産まれたんじゃない……こんな呪われた身体で産まれたくなんてなかった)
エグリマが目をつむる。
しばらく目をつむったが、痛みも何も起こらない。なんだか髪が触られているようでくすぐったいし、少しだけ先ほどより瞼越しに明るく感じる。
(なにをしているの……?)
エグリマが目をあけると、ルルディは一生懸命魔法を使ってエグリマの髪をずいぶん短く切ってしまっていた。
「何してる?」
「エグリマを殺してるの」
「はぁ? 馬鹿なことしてないで早く殺せよ! あんたの魔法ならすぐだろうが!?」
「うん、今してるから、動かないで……あっ! 短くしすぎた……いや、うん……かわいいよ!」
エグリマが動いたためにルルディの手元が狂い、前髪を想定よりも短く切ってしまったようだが、ルルディはかわいいと言い聞かせて納得したようだ。
「髪の毛切ってるだけじゃないか!」
「そう、髪の毛には魔力が宿るんだって、だから妖精族はみんな髪を長く伸ばすの。魔力は妖精族にとって命の力そのもの。だから今ね、『エグリマ』の分をあなたから切り離して殺したの」
なんて良い考えでしょう!と言いたげにルルディはにっこりとしている。
一方エグリマは(何言ってんだこいつ?)と言いたげにルルディを睨んだ。
「あとは、新しい名前! 名前は他の人からもらうのよ。生まれて初めての……あなた自身を表すとても大切な贈り物なの」
「あんた、頭いかれてんの? 少しくらいこっちの……」
「アリィ……」
ルルディがぴこーんと名前を思いつく。
少女の顔を見て、にこりと優しく微笑んだ。
「アリィはどうかな? とてもいい響きでしょう? 今日はあなたが産まれた日、おめでとうアリィ! 産まれてきてくれてありがとう!」
ルルディのきらきらした瞳がアリィをとらえて離さない。
言いたいことがたくさんあったはずのアリィだったが、何かがストンと胸の奥に落ちていき、まるでパズルのピースがはまるように、心の奥でかちりと何かがはまった。
「意味わかんない……」
「えぇっと、つまり、今日があなたのお誕生日になるってこと」
「そうじゃないし……」
「わたしね、あなたのことひとつだけわかるよ。あなたは死にたいといったけれど、自殺はしなかったでしょう? 一番確実で、すぐに終わるのに……あなたは死にたかったんじゃないよ、生きる理由をなくしちゃったんじゃないのかな……って」
「っ……」
「一緒に見つけようよ、ね? 探し物は二人の方が見つかりやすいの。ルコウお兄さまが言っていたわ」
アリィは鼻の奥がつんと痛くなって、ぼろぼろと大粒の涙がとめどなく流れてできた。
ルルディが慌てて綺麗な布で涙を拭うが止まる様子がなく、ルルディはアリィを落ち着かせるためにぎゅっと抱きしめて頭を優しくなでる。
すると余計にアリィは泣き叫びながらルルディに抱き着いた。
ルルディは、アリィのこの涙は今までの辛いことを全部押し流そうと頑張っているように思えた。
泣き続けるアリィが落ち着くまでルルディはずっと頭を撫でていた。




