71.身勝手
人の住む世界では干ばつで食糧難に陥り、毎日のように人々が争い、弱いものは容赦なく奪われる日々が続いていた。人々は魔力を持っていてもそれを使えるようになるための教育を受ける場所はなく、魔法を使って抵抗できないものは、無残な結果になることが多かった。
ルルディは妖精界から魔法の水鏡を通して苦しむ人々を眺めては心を痛めていた。
ペロージアは何とも思っていなかったのだが、ルルディに懇願されて人の世界に連れて行くことになった。
すると、なんということだろう盗賊に襲われた村で村人を一人一人を助け励まし、命が奪われてしまった人々は丁重に葬る手伝いまでし、わずかな魔力しかないというのに怪我をする人々に治癒魔法を夜通しかけていた。
あまりにも動き回り魔力を使い続けるので、あっという間にぶっ倒れてしまい、見かねたペロージアが魔力の豊富な妖精界に移住させた方が治療に励むルルディにとって負担が少ないと判断し、村人を妖精界に移住させた。
そして、村人に治療を施すとともに、生きていくために魔法を使えるようにルルディは丁寧に指導をした。
ペロージアはルルディがまいってしまうか、危険が伴う際にはそっと手を貸してくれるが、それ以外はなるべく見守ってくれていた。ただ、面倒くさがっただけかもしれないが……。
その優しさにルルディは毎日感謝をして、人々の助けに少しでもなれることに幸福を感じていた。
そんなある日、荒れ果てて盗賊に荒らされてしまった村の村人たちが戻る日が来た。
村長である人間族の男性とルルディはしっかりと握手を交わす。
「ルルディさん、ペロージアさん、我々一同、怪我の治療に魔法まで教えていただいて、本当にお世話になりました。これからはやせた土地ではありますが我々の住んでいた土地です。耕して、地に足をつけて生きていきます」
「こちらこそ、皆さまと一緒に過ごした日々はとても楽しかったです。どうか、頑張って生きてください」
このままだとルルディは寂しくて泣いてしまいそうなので、別れの挨拶もそこそこに村を後にした。
妖精界に帰るときはペロージアが魔法で入り口を作り、そこをくぐれば霧がかった道が続き、しばらく歩けば妖精界が見えてくる。
ペロージアが先導して歩き、てとてとと後ろにルルディがついていく。
「ルル、お疲れ様。頑張ったね」
「わたしはたいしたことはできておりません。ペロージアお姉さまがたくさん助けてくださったから……よかった……」
「どうしたの? 調子が悪そう」
「へ?…………あ……」
「何かある?」
「…………わたし……すごく嫌なことに気が付いてしまって」
「なに?」
「…………わたし、自分が欠陥品だってことよくわかっています。他のきょうだいに比べたら魔力だって本当にちっぽけで……本当なら、あの時ペロージアお姉さまが助けてくださらなかったら消えてなくなる存在だって」
「そうだね」
「………でも、皆さまを助けている時に『ありがとう』って言われて、胸が温かくなって、こんなわたしでも誰かの役に立てるんだって、存在する意味が……あるんだって、思ったんです……けれど、皆さまがいなくなって、またもとの役立たずの欠陥品のわたしに戻ってしまいました……」
ペロージアが振り向くと、ルルディはぽろぽろと涙を流して、苦しんでいるような表情だった。
「気づいてしまったのです……わたし、そんな馬鹿みたいな、無価値なわたしを肯定するために、皆さまを利用してしまった……」
ペロージアは何故そんなことでルルディが苦しんでいるのか、全く理解できなかった。そしてなにより、ルルディの気持ちを理解ができないことが受け入れがたかった。
「わからない。どうしてそんなことで悩み苦しんでいるの? ルルが苦しむ必要ある?」
「お姉さまは完璧な存在で、わたしは無価値な欠陥品です」
「そうだね」
「……そんな無価値で卑しいわたしが、このままお姉さまのお傍にいてもよいのでしょうか?」
「はぁ?」
「元老院の方々とのお話しを聞いてしまいました……わたしを処分するようにって……わたしはお姉さまのお傍にいない方が……」
「ルルが僕の傍にいることは誰かが決めることじゃない。ましてやそれはルルでもない! ボクが決める! ボクが傍にいていいといったらそれでいいだろ!?」
ペロージアが初めて声を荒らげ、その怒鳴り声にルルディの肩がびくりとする。
ルルディの怯えた表情にペロージアの胸のあたりがぎゅっとして、息を細く吐いていつも通りになるように努めた。
思案を巡らせるために、こつこつと拳を額に当ててぶつぶつと呟き始める。
「…………ちょっと待って、考える。どうしてルルディがこんな気持ちに? なんで? 不自由させてない。やりたいことさせてきた…………何が…………あ……別にもう一度すればいいんじゃ」
「え?」
「いくらでも苦しんでいる人なんているだろう。また欠陥品に戻ったというのなら、もう一度人を助けて自己肯定感を得ればいい」
「でも、それは……」
「来て」
ペロージアが再び魔法で入り口を作り出す。
そして、ルルディの手を取って入り口に飛び込んだ。
出た先は人間が住む村だった。比較的人通りが多く争いによって荒れている様子もない。
「なんだハズレか……この様子だと前みたいに争いや飢えで苦しむ人はそんないないか……」
「ペロージアお姉さま! なんてことをおっしゃるのですか!?」
「なんでそんな怒るの? 苦しむ人がいた方がルルの気持ちが良くなるのだろう? いないのは困る」
「わたしは飢えで苦しむ人も争いで大切なものを奪われる人もいてほしいわけではありません!」
「え? でも、そういう人を助けないとルルは苦しいのだろう? ならいた方がいいじゃん」
「よくないですっ……もう、わたしの言ったことは忘れて下さい。こんなこと、お姉さまに言うべきではありませんでした……お姉さまを悩ませてしまい申し訳ありませんでした。もう、帰りましょう!」
ルルディが泣きながらペロージアの手を引いた時、視界の端の遠くに小さな手が見えた。
ルルディたちのいる場所から見て、大通りを挟んで向こう側の家と家の間の小路に、遠目から見ればただの枯れ枝が落ちているようにしか見えない、そんな手が地面に落ちているのが見えた。
ルルディはその手を見た瞬間に矢がはじかれ飛ぶように、身体が勝手に走り出していた。通りがかる人を避けて、その手に向かう。近づけば、その手の主の全体像がわかった。
ルルディよりも若干小さい黒髪の子供が倒れている。生気を感じられない細い枯れ枝のような手足、死を目前にしているためか蠅がまとわりつき異臭も酷い。
顔は暴力を受けたためか酷くはれ上がっていて、輪郭さえもわからず、足の骨は折れて変形している。
ルルディは汚れもかまわず跪き、倒れる子供の口元に手をあて呼吸をしているか確かめる。
後ろからゆったり来たペロージアが子供の異臭に鼻筋に皺を寄せて鼻をふさいだ。
「臭い、それに汚い……もうそれは死にかけだよ。別のにしたら?」
「まだ息があります! 大丈夫ですよ、今助けますから」
「……は……」
ゆっくりと子供を抱き起し、仰向けにさせると、息がかすかに漏れた。
何かを伝えようとひび割れた唇がはくはくと動いている。
ルルディが言葉を受け取ろうと耳を口元に近づける。
「はい、なんですか? 大丈夫ですよ。すぐに治癒魔法をかけますから」
「…………しな…………せて」
ルルディが固まる。
目の前の子供は生きることに絶望し、死を望んでいる。
この子の身体を見るに力の強い大人から手ひどく暴力を受けたのだろう全身あざだらけで、顔も見るに堪えない。守られるべき子供が一体何をしたらこのような目にあう道理になるのだろう。ここには悪意しか感じられない。
これほどの悪意を受けてこの世に留まりたいと思えるほど、この子にはほんの少しの希望も持てていないのだ。
(今、ここでこの子を助けることは……この子の幸せになること? また、わたしは自分のために……)
「殺してあげようか?」
ルルディは目を見開いてペロージアを見る。
後ろに立つペロージアが何気なく、欲しいものを買ってあげようか?というくらいの気楽さで尋ねてきた。
彼女にとって、目の前に横たわるこの命を摘み取ることはなんてことはないのだろう。
ルルディは知っているはずだった。今までのことはルルディのためにしていただけで、彼女にとって他の命はとても軽いものであった。
「ペロージアお姉さま、どうしてそんなこと言うの?」
「死にそうだし、それなら早く楽にしてあげた方がいいでしょ? それに、それ自身殺してほしいって言った。聞こえた。ボクは耳がいいんだ」
「でも彼女は生きています。まだ生きています! 死んでしまったら、消えてしまったらもう何も残らないのですよ……」
「はぁ……じゃあ、ルルの好きなようにしたらいい。まったく、弱い生き物はすぐに死ぬから嫌いだ」
「…………嫌いなら、ならどうしてお姉さまはわたしを生かしてくださったのですか? 消えてしまいそうだったわたしの命を長らえさせてくださったのですか?」
「え………?」
ペロージアは本当に間の抜けた顔をして、じっとルルディからの問いを考え始めた。
黙り込んでしまい時間もかかりそうだったため、ルルディはペロージアのことはいったんおいておくことにした。
「ごめんなさい、あなたのこと助けさせて」
「…………」
「こんなの独りよがりだってわかってる。けれど……死ぬのならきっといつでもできるから、傷を治して、元気になってから考えても遅くないと思うよ」
「…………」
子供は言葉をそれ以上に発する元気がないだけなのか、生かされようとしていることに絶望しているのか、ただ唇から漏れるのはか細い息だけだった。
ルルディは手をかざし、治癒魔法をかけ始めた。




