70.末妹ルルディ
「ねぇ、ルコウ兄さん、最近ペロージア姉さんを見た?」
「あぁ? リリィ、なんでオレに聞くわけ?」
「だってあなた、姉さんの一番のお気に入りじゃない?」
「一番のおもちゃの間違いだろう! くそっ、自分で言って腹が立つ……」
妖精界の川の近くでリリィが足を水につけて涼み、ルコウは剣の訓練を終えほてった身体を川の水で濡らした布で拭いて冷やしていた。
少年の姿をしていてるルコウは、この大妖精のリリィとは同時に産まれた双子で、紺色に深い赤が混じる髪をしている。一方リリィは成熟した大人の女性で、深い紺色の長い髪と金色の瞳が美しい。
リリィとルコウは双子ということもありよく一緒にいることが多い、と言っても二人の性格は全く違うため、やることも違う。リリィは草花を育て、ルコウがペロージアに絡まれる様子を眺めたり、ルコウは剣の訓練に励み時々妖精界から出ては向こうの世界で魔物を狩ったりする日々で、近くにはいるが一緒に何かするというわけではない。
「はぁ、でも確かにこんなにペロージアが来ないだなんて珍しいな。もしかして、新しいおもちゃでも見つけたか? へへ、そりゃいい! やっとあいつから解放されるぜ!」
「新しいおもちゃ……あっ!」
「なんだよ、でかい声出して」
「新しい……って、もしかしてこの前感じた新しく産まれたきょうだいだったりして……」
「違うだろ。それだったら『名づけ』がされて妖精界中に名前が伝えられるだろう? 今回は……その……うまく産まれなかったんだよ」
ルコウがぽつりとつぶやくとリリィは気まずそうに俯いた。
しばらく二人は言葉がうまく出てこなかった。
「姉さんくらいよね、ちゃんと見に行くの……私、正直あれがとても怖い……変よね、私たちもああやって産まれたのに」
「失敗したきょうだいは見ていられねぇから……他の奴らだってそうだ……オレも……正直怖い」
「私、そこに関してはペロージア姉さんを尊敬しているんだ」
「…………それ以外がクソだけどな」
「ねぇ、ルコウ兄さん、姉さんの家に行こうよ」
「…………チッ、わーったよ」
リリィに手を引かれてルコウはペロージアの家へと向かった。
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「おい、おい、おいおい! なんだこりゃあ!?」
久しぶりに見るペロージアの家はずいぶんと変貌していた。
小ぶりな家そのものは変わっていないのだが、その周りは牧場のように広い敷地に柵が設けられ、そこには何匹もの様々な魔物が草っぱらに気持ちよさそうに横たわっている。
そして、その魔物たちを明らかに妖精ではない人々が世話をしている。
よく見るとどの人々も魔物も怪我をしていて、その傷は丁寧に治療を施されている。
魔物用の小屋も作られていて、それが何件も連なっているのが遠くに見えた。
ペロージアがゆったりと自分の家から出てきて、ルコウとリリィに気づいたようで、ゆっくりゆっくり歩いてくる。
ペロージアののんびりした様子にルコウが耐えられるはずがなく、ペロージアにさっさと駆け寄る。
「おいっ、ペロージア! いつからお前は牧場を始めたんだ!? というかあれ魔物だろう!? それにどうしてあんなに妖精ではないものが入り込んでいるんだ!?」
「そう、魔物。ボクの魔力でおとなしくさせている。牧場、か。面白いことを言うね。彼らは時々乳や毛をくれるから確かに牧場になっているかもしれない。魔物以外の彼らはここで治療を受ける代わりに魔物の世話を任せている」
「いや、なんで!? 魔物嫌い、他人嫌いなお前がこんなに近くに魔物やら他人を置いておくのも意味わからんし、いいい、いやなんで!?」
「もう、ルコウ兄さん落ち着きなよ」
リリィが狼狽して息が荒くなるルコウの背中をとんとんと叩いて落ち着かせる。
「でも、本当に驚いたわ。ペロージア姉さん、彼らに興味でも持ったの? それに怪我している子たちばかり、姉さんが治療を? にしては、治療途中という感じね」
「ボクが彼らに? まさか。別にボクは彼らに興味ない。ただ、あっちの世界を覗いた時にルルが彼らを助けたいといったからこっちに連れてきて治療している。あっちは魔物用の家、向こうは人用の家も作った」
「ルル?」
ペロージアが見つめる先を見ると、小さな少女がふさふさな毛をもつ魔物の身体をブラッシングしている。ペロージアが手招きすると少女がこちらに走ってきた。
「あっ、ルコウお兄さま、リリィお姉さま! 初めまして、ルルディです」
「はっ、え……?」
駆け寄った少女は息を切らしながら満面の笑みでルコウとリリィを出迎えた。
しかし、ルコウもリリィも身体が固まってしまった。大妖精というのは暗い髪色を持つのが常だったが、ルルディは淡い紫色の髪をしている。そして、きょうだいであれば、その存在が妖精界全体に知らされるものだが、それもない。
ルルディは明らかに自分たちから見て異質な存在だった。
「いもうと? これが、いもうと? オレたちの?」
「あ、あぁ……ご、ごめんなさい…………欠陥品のわたしが厚かましいことを……申し訳ございません、ルコウ様、リリィ様」
「…………」
ルコウもリリィも返事ができず、顔が歪む。
その反応を見たルルディは、悲しそうな顔をしてすぐに慌てて頭を下げた。
ルコウもリリィも、ルルディが産まれた流れは想像ができたが心の奥底から嫌悪感が湧き、さらに、ルルディからは自分たちほどの魔力が感じられず、存在意義が魔力に傾く妖精の基礎となる考え方がより強く拒絶させた。
「『ルルディ』って名前、ボクがつけたんだ。可愛いルルにぴったりだろう?」
「名前って……まさか、本当に妹としてここに置いて世話焼いてるのか?」
「そうだけど、何か問題ある?」
「問題って……元老院の連中はなんて言ってんだよ……」
「あんなジジババどもが何を言おうが知らない」
「無視ってことか、だがペロージア……これはきょうだいというか……」
「ボクたちの母である女神から産まれた『大妖精』とは思えないって? ふん、母さんの顔なんてボクすら見たことない。この世界にただ産み出されただけ。そこにボクたちとルルに違いはない」
「ペロージア姉さん、お母さまに不敬よ、そんなこと言ったら……」
「くふっ、罰を受けるって? 違うね、ボクたちはすでに罰を受け続けている。ここに産み出されたときから、永遠に近いくだらない退屈な生という罰を……違う?」
「姉さん……」
ペロージアは少し早口になり、苛立ちが声に混じっている。
ペロージアから漏れ出る、母である『女神』という存在に対する憎しみに空気がひりついた。
「ペロージア姉さん、あなたがお母さまのことを憎んでいるのは知っているわ。でも、私が恐れているのはあなたがその憎しみに囚われてしまうことよ」
リリィが真剣にペロージアを見つめるが、ペロージアはふてくされたように視線を外した。
すると、ルルディがぎゅっとペロージアに抱き着いた。
ペロージアが驚いて、目を丸くしていて、そんな驚いている様子などめったに見せないペロージアに対し、ルコウとリリィがさらに驚く。
「ペロージアお姉さま、わたしがお姉さまのお傍にいます。永遠でもお姉さまと一緒ならとても楽しいもの」
「……ルル」
さらに驚くことにペロージアがルルディを抱き締め返して、今までに見せたことがないほど優しい顔つきでルルディの頭を撫でて、額に口づけまでしていた。
「……別に、母さんなんてどこにいるかもわからない存在に振り回されるほどボクも暇じゃない。ルルがいればいい」
「そ、そう……本当に変わったのね、姉さん……いえ、この子が……ルルディが変えてくれたのね」
リリィが少し屈んでルルディを見る。
ルルディは少しだけおずおずしながら、リリィを見つめ返す。
「さっきは嫌な態度をとってごめんなさい、ルルディ。もし、まだ私のことを姉と呼んでくれると嬉しいわ」
「……!! はいっ、リリィお姉さま!」
「うふふ、確かに可愛いわ。さぁ、ルコウ兄さんも」
「…………べ、別にオレは……」
「そうだね、ルコウは別にいい」
「なっ!?」
ルコウは恥ずかしさとペロージアへのむかつきで頬を真っ赤に染めていたが、結局はルルディの前に立った。
背丈はルコウの方が少し小さく、視線がペロージアやリリィよりもずっと近く感じる。
「さっきは……すまなかった。その……別に好きに呼べばいい」
「はいっ、ルコウお兄さま!」
「お、おう……」
ルコウはドギマギして視線があちらこちらに泳いでいたが、そんなルコウをルルディはまっすぐ見て、とびきりの笑顔になった。
「さぁルル、ルコウなんて放っておいて、人の餌を作りに行こう」
「おいっ、『ルコウなんて』ってなんだ!?」
「ペロージアお姉さま、餌ではなく『ご飯』ですよ。リリィお姉さまとルコウお兄さまはお料理好きですか? 楽しいですし、皆さま喜んでくれますよ」
「あぁ、そうか……私たちと違って人は毎日食べないといけないのよね? 少し、不便ね」
「リリィお姉さま、お食事も楽しいですよ。皆さまとお料理を囲んでお話して、いい香りに包まれて………少し、食べてみたのですが料理を食べるのも素晴らしい体験でした」
「でもね、食べすぎると体調を崩す。ルルは人の味付けを憶えるために何度も味見して、それで1週間寝込んだから」
「あっ、恥ずかしいから、言わないでくださいペロージアお姉さま!」
ルルディが笑顔になったり、恥ずかしがったり、焦ったりくるくると表情が変わる。
きっとペロージアはそんなルルディを見ていて安らぎを知ったのだろう、ルルディの前では穏やかな表情をしていて、ルコウもリリィもそれに驚くばかりだった。
しかし、二人ともペロージアの感じていた孤独感が小さな末妹ルルディによって確実に薄れていることにほっとする気持ちもあった。




