63.冷たい
城の地下にある冷たい牢屋はヴィオラのほかに住人はおらず、余計に寒々しく、窓もないので、今が一体昼なのか夜なのかもわからない。
冷たい鉄格子には鍵穴はなく、どうやら魔法で鍵をかけるもののようでヴィオラにはどうにもできそうになかった。
ヴィオラは混乱と悲しみに一人、膝を抱えて涙を流していた。
(どうしてこんなことに……報い、なのかな……殿下を不安にさせて、大切にできなかったことへの……)
思い出すのは大好きな人たちから向けられた冷たい、敵意のこもった視線だった。思い出すたびに、心にひんやりとした針を刺されたような感覚がする。
(でも明らかに、こんなのおかしい……どうして突然マデルお姉義さまが現れたの? どうしたら皆さまが元に戻るの……もし、このまま……もしも、戻らなかったら……わたし……)
理解できない状況と何もできない無力な自分が情けなく、絶望がそのなし沼のようにヴィオラの心を呑み込んでいく。
(どうしよう、皆さまや殿下がこのままわたしのことを忘れてしまったら……わたし……怖い……怖くてたまらない……わたしたちの過程が全部、全部なくなってしまったの? もう、戻らないの……?)
しばらくすると、二人分の足音が聞こえて来た。
誰か来てくれたのかと、ヴィオラはハッと立ち上がって、鉄格子に飛びついて外をうかがう。
牢屋に来たのはロージーとペイアーだった。
(ロージー様! ペイアー様! 助けに来てくれた……? お二人ともとても疲れた顔をしている……)
二人ともどうしてかとてもげっそりしていて、ヴィオラは彼らの身体が心配になった。
「ロージー、お前、顔色がひでぇじゃん。まぁ、原因はアレだろうけど……」
「大丈夫よ、アレ呼ばわりはやめて頂戴、ただちょっと今日は疲れただけ……まさか、あんなことになるなんて……今まで一度もなかったのに」
「なぁ、マデルちゃんってあんなんだったか?……診察中にオレにベタベタ、顔はうっとり。さらに、体調が悪いって言ってたのに、騎士団の話を聞いたらさっさと元気になって、騎士団員にべたべた」
「もう、思い出させないで……兄さんたちにすごく心配されたわ。『竜族である殿下の番があれで大丈夫かって?』どうしてあんなことに?」
「……言っちゃなんだけど、あぁいうのって殿下が一番嫌うタイプだよな?」
「……ひ、否定ができないわ……殿下、今日はずっと仕事にかかりきりだったわね。さすがに、今日のことは報告しないと……」
「なぁ、この仕事、明日にしねぇ? お互い疲れてるしさ」
「いいえ、なるべく早く処理したいもの……マデル様に今まで何をしてきたのか、洗いざらい話してもらってからじゃないと、気が済まないわ」
ロージーとペイアーが、ヴィオラが入れられている牢屋の前で止まる。
ロージーはいつもの優しさが存在しない、鋭く冷ややかな目をしていて、ペイアーは優しく微笑んでいるが、そこに本当は優しさなどないことにヴィオラは気づいた。
ヴィオラは二人が助けに来てくれたわけではないことがわかると、鉄格子から離れ後ずさる。
「はいは~い、ヴィオラちゃん……だっけ? オレ、ペイアー。この、こわーいお姉さんはロージー、よろしくね」
「そんな自己紹介は必要ないから……さて、これからあなたには二つ選択肢があります。素直に私たちの質問に答えるか、拷問を受けてから質問に答えるかです」
「!!」
「あはは、オレは素直に答えることをお勧めするよ、ロージーの拷問は痛そうだし……あ、でも安心してね。怪我してもオレが治癒魔法できっちり治すから、まぁ、そしたら2週目が始まるんだけど……」
「どうしますか? 3つ数えるうちに決めてください」
「……!! ……? ……!?」
ヴィオラは必死にロージーとペイアーに訴えかけようと叫び続けているのだが……。
(こ、声が……でない!?)
ヴィオラはいくら声をだそうとしてもかすれた吐息のみがでる。どうして声が突然出なくなってしまったのかもわからず、どうすれば二人に気持ちを伝えればいいのか狼狽える。
狼狽えている間にロージーは数を数え終えてしまった。
「そう、その選択は懸命だとは思えないけれど……わかりました」
ロージーが牢屋の扉に手をかざすと、扉はゆっくりと開いた。
ロージーとペイアーが牢屋に入ってくる。二人の冷たい雰囲気に圧され、ヴィオラは部屋の隅に逃げて、震えてへたり込んだ。
ロージーが手首から茨のツタを伸ばし、ぴしゃりとしならせた。
(どうしよう、どうしたらっ……嫌だ、こんなことロージー様にもペイアー様にもさせたくないっ……! お二人ともわたしの大切な人たちなのに……こんなこと……)
ヴィオラは拷問が始まってしまう恐ろしさよりも、友人である二人にこんな恐ろしいことをさせてしまうことが嫌でたまらなかった。震える身体に力を込めて立ち上がり、気持ちがどうにか伝わらないかとロージーをじっと見つめる。
しかし、悲しくて、辛い気持ちがあふれて彼女の瞳からはぽろぽろと涙が流れ始めてしまった。
その涙を見た時、二人が明らかに驚いた表情をして、後ずさりをした。
「なぁロージー……提案なんだけどさ……拷問はまた今度にしないか?」
「なっ、何を言うの!?」
「なんかオレさ……この子の泣くの見たらさ……なんかこう……苦しい?」
「…………っ」
ロージーも同じことを感じたのだろう、茨の鞭をしまって黙り込んだ。
「でもっ、この女はマデル様のことを長い間苦しめていたのよ!? あたしの、たい、せつな………う……」
「ちょ、大丈夫か? 吐きそうだったら、吐いちまえよ」
ロージーは吐き気に襲われて口元を抑えて、屈みこむ。
ヴィオラは反射的にロージーのことが心配になって、すぐに駆け寄って背中を優しくなではじめた。
それを見たペイアーもさすられているロージーも驚いて、目を見開いて固まった。
ヴィオラはまだ涙が止まらないのに、屈むロージーの顔を心配そうに覗きこんで、おでこに手をあて、頬を優しくなでる。
口ははくはくと動いているのに、声は全くでてこない。
「なっ、なにしているの!? やめて!」
ロージーに制されて、ヴィオラは申し訳なさそうに引き下がった。
ロージーもペイアーも今からヴィオラを傷つけようという考えは浮かばなかった。
「…………話は殿下とマデル様の式の後にするわ。それまで大人しくしていて」
「あ、あはは、そうしよ、そうしよ……」
二人は疲弊した顔をして牢屋から出ていこうとした。引き留めようとヴィオラがロージーの服を掴もうとしたがまたあの冷たい目で睨まれて、触れることはできなかった。
(ロージー様、ペイアー様……お二人ともとても体調が悪そうだった。大丈夫かな……どうか、大丈夫でいて……)
また一人になってしまったヴィオラは、冷たい床に座る。
試しにもう一度声をだそうとするが、出てくるのは虚しい息だけだった。
(やっぱり、声がでない………………)
(……シオン)
より絶望的な状況に陥り、ヴィオラのスミレ色の瞳は涙にぬれた。




