62.違和感
「んふふ、んふふふ、やったぁ! あいつを牢屋に入れてやったわぁ!」
部屋でマデルはばりばりと下品に菓子をほおばりながら、高らかに笑っていた。
傍にいたロージーがぼろぼろと菓子を落として食べる様子に(ん?)と違和感を憶えつつも、上機嫌な様子をみて、優しく微笑んだ。
「マデル様が喜んでくださってよかったですわ」
「あ? えーっと……」
「どうしましたか? マデル様?」
「えあ!? あ、あぁそうそうロージーね、ロージー……そりゃそうよ! いっつもあいつはマデルの邪魔をしてきたんだもん! いなくなって清々したわ!」
「そう、ですか…………?」
マデルは引きつった笑みになり、ばりばりと縮こまって菓子をほおばる。
(あ、あぶないあぶない、あのおばさんは確か違和感が多きくなると魔法が解けちゃうって言ってたっけ)
マデルは屋敷にあの不思議な女性が訪ねてきてから、がらりと人生が変わった。
豪華な服を着て、見目麗しい王子に愛され、何もかもが思いのまま。
しかし、それはあの不思議な女性がもたらしたものであり、彼女はこの城にいる者に恐ろしい呪術をかけ、ここにいる全員の記憶の内、ヴィオラとマデルを逆にしてしまった。
つまり、ヴィオラのしたことはマデルが行い、マデルが行ってきたことはヴィオラのしたこととして城内の人の記憶が書き換わってしまった。
(魔法が消えちゃう前に早くやることやらないと……猶予は3日だっけ、その間にあいつを思い出させるものをぜーんぶ捨てるのと……んふふ、シオンさまと……ふふ、ベッドで愛し合ったら、シオンさまは永遠にマデルのモノになるって! シオンさまったら、優しくてあんなに素敵なうえに王子さまだったなんて! マデルってとっても幸運、きっと日ごろの行いがよかったのね!)
違和感を与えてはいけないというのに、ヴィオラでは絶対にしないような足を投げ出した座り方で座っている。
それに、ロージーがうーんと首をかしげているのだが、マデルは全く気付いていない。
「それよりも、さっき言ったことやってくれた?」
「はい、あの女が潜んでいただろう部屋の物の処分を行いました」
「あ、あと結婚式のウェディングドレス、あれもぜーんぶ変えて! 地味すぎて好みじゃないのよねぇ。もっと宝石もつけたフリフリのかわいいやつにして!」
「え? ですが式はまもなくですよ………今さら変更は……それにあれは地味というわけではなく洗礼された……」
「マデルの言うことが聞けないの!? うぇ~ん、シオンさまに言いつけるんだから!」
マデルがしくしくと嘘泣きを始めると、ロージーが慌てる。
「わ、わかりましたわ、マデル様のお願いですものね。今からでも変更をいたしますわ」
「もう、できるなら初めからやってよね! ほんっと役に立たないんだから!」
「???」
マデルの以前ヴィオラに対してしていた傲慢な態度を隠すこともしない。
ロージーはあまりの違和感に頭を抱えたが、マデルの願いを叶えるため、部屋を出ようとしたところ、フランメと鉢合わせた。
「あぁ、フランメ! ちょっと殿下から伺いましてよ! マデル様になんてことを教えておりますの!?」
「ワタシはただ、才能の蕾を花開かせたかったのです。ロージーさん、貴女も素質ある方とお見受けしますが、いつもお断りなさる……残念です」
「誰があんな変態プレイ……あっ、もうマデル様に聞こえちゃうじゃない!?」
「変態とは聞き捨てなりませんね、これはとても高尚な……」
「あーもー! 話が長くなりそうだからやめてくださいましっ! で、勉強の時間でしたわね。どうしようかしら、今から結婚式のウェディングドレスを急いで変更しなければならないのだけど……」
「ドレスの変更? 何故です? 式は目前ですし、残りは段取りの打ち合わせのみだというのに……今さら誰がそのような愚かなことを?」
「こらっ! おっしゃったのはマデル様よ……好みじゃないって」
「好みじゃない? 全く理解できません。前々から意匠は決められていましたよね? ウェディングドレスを変更するだけでもどれだけの人が動くことになるか、ご理解されていないのですか?」
ロージーとフランメが出入口で話していると、まだ外に出て行こうとしないロージーに苛立って、マデルが近づいて来た。
「ねぇ、いつまでそこにいるの!? 早くしてよ!……って、イケメン!! これはまたシオンさまとは違う眼鏡イケメン! いいわぁ♡」
マデルは顔の整っているフランメを見て、うっとりとした顔になる。
あまりの違和感にフランメもロージーも顔を歪めてお互いを見合った。
「マ、マデル様、今からフランメと勉強でしたわよね? ドレスについては他の者に指示を頼んできますから、それまで少し待っていてくださいますか? この者と二人きりになるのはあまりにも……まったくどうして、この城には変人が多いのかしら……」
「へ!? べ、勉強!? どうして、マデルが勉強なんてしないといけないの!? いやよいやいやぜーったいいやあ!!」
マデルが子供の様にじたばたと暴れ始めた。
ロージーとフランメは再び顔を見合わせた。ロージーはどうしようもなく訝し気な表情をしていて、フランメは冷めたように無表情に戻っていた。
「マデル様、あの、どこかお身体の調子が悪いのですか? これほど勉強を嫌がるなんて、一度もなかったではありませんか?」
「マデルが勉強なんてする必要ある!? だって、マデルはお姫様になるのよ? そんなの必要ないじゃない!」
「聞き捨てなりませんね、立場があるからこそ、知識は重要に……はぁー……どうやら、ワタシの見込み違いだったようです。仕事に戻りますので、失礼します」
「ちょっとフランメ!」
フランメは言い終わる前にため息をついて、さっさと立ち去ってしまった。
ロージーは慌ててフランメを捕まえて「ちょっと待って、きっと環境が変わってお疲れなのよ。どうか勉強を教えることは諦めないで」と説得したが、フランメには効果がなかった。
最後には「ご気分が優れないようでしたらペイアーさんに診ていただいては? ワタシはあの人の顔も見たくもありません……ワタシの審美眼も落ちたものです……」とロージーをおいて、スタスタと歩いて行ってしまった。
ロージーは言いようのない不安と違和感に気分が悪くなり、まるで船酔いのように感じた。




