58.大先生
ペイアーさんは悪いうわさがたえぬ(´・ω・`)
シオンはこっそりとある部屋の前まで来た。
来たはいいが未だに扉を叩く勇気はないようで、扉の前でじっとかたまっている。
(こ、こんなこと相談してよいのか……だが一応は医者であるし、分野としては間違いは……いやそもそも、僕だけが先走ってしまっていないか? だが、最近はたくさん触れさせてもらえるし、ヴィオラも……その……積極的であるし……せっかく心の準備ができたというのに、そのときになって何の準備もしていないという方が……)
しばらくじっと考えてやっと心の整理がついたようで、シオンは息をぐっと吸い込んで、扉を叩いた。
しかし、中からは反応がない。
(む? いないのか?……鍵は開いている)
部屋にそっと入り中をうかがう。
「ペイアー……いないのか?」
声をかけるが返事はない、奥の部屋で本でも読みふけっているのかと奥の部屋の扉を叩く。
「ペイアー?」
すると、中からどたばたと激しい音がして、勢いよく扉が開かれたと思うと中から衣服が乱れた女性の使用人が飛び出してきて、そのまま外に走って行ってしまった。
中を覗くとペイアーが情けなく、もの悲し気に女性が去った後に手を伸ばしていた。
「あっ、ちょっとまだこれからだったのに……」
「ペイアー……」
「あ、あははは、殿下じゃないですかぁ! い、いやあ、いらっしゃい」
ペイアーは焦った様子でベルトをかちゃかちゃと閉めながら、脱ぎ捨てただろう衣服を集めて着る。
まさか王都に戻って来たばかりで早速盛っているとは思わず、シオンは頭を抱えた。
「邪魔したな……またの機会にする」
「いやいや、いいですよ。てきとうに座っててください。お茶準備しますんで」
ペイアーのこの自由奔放すぎる性格は一向に治る気配はない。
仕事場に堂々とこうやって女性を連れ込むものだから、いつのまにかペイアーの苦情処理係になってしまっているロージーはときたま頭を抱えている。
「まだ、相手が1人だっただけでもマシだな……あの時は……確か……5人?」
「ちょ、そんな昔の話なんてほじくり返さないでくださいよ! あ、あれは、その……若気の至りというか……ね?」
「……僕にはペイアーの嗜好は一生理解できないと思う」
「あ、あはは……そりゃ、理解する必要ないっすよぉ」
ジトっとした目でシオンは見ているのだが、ペイアーは視線をそらして口笛を吹きながらお茶の準備をし始めた。
ペイアーが良い香りのするハーブティーを用意してくれて、ソファで縮こまるように座るシオンの前に出す。シオンはお茶の香りを嗅ぐとほっとして、少しだけ肩の力が抜けた。
「さて、体調が悪いわけではなさそうですし、何かペイアーにいちゃんにお悩み相談かな?」
あたりだったようで、シオンは少し俯いて考え始める。
ペイアーはお茶をすすりながらシオンが話し出すのをゆったりと待っている。
「その、そうだ……ペイアーにしか相談できない。むしろ、ペイアーが適任なのだ……」
「ほう? なんですか?」
「その、女性と……そういった行為をする際に気を付けるべきことを聞いておきたくて……」
ペイアーはお茶を吹き出しそうになったが、シオンはいたって真剣な様子だった。
女性との行為とは言っているが、浮かぶ顔は一人だけなので、なんだか複雑な気分だったが、これは医者としての進言と思うことにして、なんとか抑え込んだ。
「なるほど、なるほど……竜族の問題は番を見つけるまで経験がないことですね、まぁ、知識はあらかじめ習っていますよね。それに本能的にも何となーくは……………………あれ、ちょっと待って、今さらこんなこと聞いてくるってことは……………………」
「う、僕たちには僕たちの事情があるのだ!」
「いやいや、バカにしているわけではないですよ。よく我慢できているなぁ、と……いやホントに」
「そう、なのだ……彼女は可愛すぎて……その僕が暴走して……傷つけてしまわないかと……」
「ははーん、ふーむ、なるほどねぇ……ちょっと待ってください」
ペイアーは興味深げににやっと笑って、奥の部屋からあれやこれやと小瓶を持ってきた。
「はいこれ、紳士のたしなみ一式! 使い方はこれです」
ペイアーは紙に書かれた説明書をシオンに渡した。
シオンはその紙を真剣に読み進めていくのだが、閉じた時には赤面して小さな声で「う、うむ……わかった」と呟いていた。
「あと、ちゃんと爪の処理はしておいてくださいね。まぁ、殿下は気を付けてはいるみたいですが、竜族は他の種族よりも伸びが早いですから、こまめにね」
「爪か……うむ!」
「それと、これが一番大事」
シオンがこくりと頷いてまっすぐペイアーを見る。
「気負いすぎないこと」
「どういうことだ?」
「上手くやろう!上手くやろう!と思いすぎず、何を進めるにも相手の様子を観察して、合わせること……初めてなら、それさえできればいいと思いますよ。そして、何より楽しんでください、せっかくの大好きな相手との行為なんですからね」
「お、おぉ、やはり1000人切りをした男の言うことは違うな! 参考になる!」
「え、それ褒めてます? しかもその噂ヒレつきまくってますよ!」
シオンはその後もペイアー大先生に相談して、にこにこで立ち去った。
相談料の代わりに、今日のことをロージーには言わないということで取引成立となった。
静かになった部屋で、お茶をすすってぼーっと外を見つめる。
先ほどのシオンの真剣な様子を思い出すと、くすぐったい微笑ましさを感じる。
(恥ずかしかっただろうに勇気を出して聞きに来たのかぁ……にいちゃんは成長を感じますぞ)
心の中でひっそりとシオンにエールを送っておいた。




