53.教育
「ヴィオラ……ううぅ、ヴィオラに会いたいぞ……」
「次はこちらの資料です。ヴィオラ様にお会いしたいのなら、早くお仕事を終わらせてください」
「ううぅ、ルコウは書類仕事に関しては優しかったぞ……」
「目の前にいるのは父ではなく、ワタシ、フランメですよ殿下。さ、次はこちらです」
(絶対ルコウはこうなるとわかっていてこの時期に旅立っただろ……)
執務室で缶詰めになっているシオンはヴィオラのいない喪失感と戦いながら、王都にいられなかった1年分の記録に目を通し、書類仕事に追われていた。
ぶつくさ言いながらもさくさく仕事をこなしていくシオンに、フランメは心の中で感心していたが、彼は表情を変えずにシオンの目の前に仕事を置いていく。
(この様子だと、想定していたより早く終わりそうだ)
執務室の扉がたたかれて、その音だけで誰なのか分かったシオンはぱぁっと表情が明るくなった。
シオンが自ら出迎えに行こうとしていたのにフランメに睨まれ「ワタシが対応します」と強い圧とともに言われてしまった。
執務室に来たのはヴィオラだった。
ラナンとスィラに拘束されていたが、やはり寂しさに負けてしまって、少しだけでも顔を見ようと訪れたのだが、出てきたフランメはヴィオラを中に入れることもなく自分が出てきて、部屋の前で対応し始めた。
「こんにちは、あの殿下はこちらに?」
「はい、書類仕事をされております。が、番の貴女様がいらっしゃいましたので大変集中力がそがれております。直ちに、離れられることをお勧めいたします」
「あ! そ、そうですか……」
「はい、では失礼いたします」
「あの……」
「なんでしょう?」
「よろしければ、あなた様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ふぅー……………………」
目の前の彼はとても深いため息をついた。
明らかに仕事に忙しいから素っ気なく対応しているというわけではなく、何かヴィオラに対して不快感を含んでいる様子だ。
「ヴィオラ様、使用人に対していつもそのようなご対応を?」
「対応、とは?」
「貴女様は数日後にはこの国の王族となられるのですよ。それなのに、使用人に対してあまりにも腰が低すぎます。今までの教育はどなたが?」
「えぇと、ロージー様がこの国のことや作法について教えてくださいましたが……」
「はぁー、ロージーさんが……………………」
頭を抱えて再び深いため息をつかれる。
どうやら自分の態度が彼に不快感を与えてしまったようであるが、それがロージーのせいになってしまいそうでヴィオラは慌てて訂正する。
「ロージー様の教育はきちんとされていました。至らぬ点があるとするならば、わたしの落ち度ですから、それだけは勘違いなさらないでください」
「そうですか……ならば、教育をしたというロージーさんが笑われぬように、改めるべき点は改めるべきです。少々お待ちを……」
そういうと、彼は執務室に入る。
執務室からシオンの叫び声が聞こえてヴィオラは気が気ではなかったがぐっとこらえて待っていると、彼が再び出てきた。
「さて、申し遅れました。ワタシ、フランメ・ブージと申します。これからヴィオラ様の教育係をいたします。お見知りおきを」
「フランメ・ブージ様……ブージ……ルコウ様のご親戚ですか!?」
「そうですね、ルコウ・ブージはワタシの父です。ですが、ワタシは父のようには甘くありませんから」
「ルコウ様の息子さん……よ、よろしくお願いいたします!」
ヴィオラは少し驚いた。
それもそのはず、ルコウの見かけはおじいちゃんであるし、身体は蝋でできているし、息子がいるだなんて聞いたことがなかった。
フランメの見かけは若く、しっかりと人の肉体もある。
紺色の髪はよく見ると深い赤が混じり、瞳の色は黒から赤に変わる不思議なグラデーションになっており、黒縁の眼鏡はいかにも彼の四角四面な性格を表している。
ヴィオラが頭を下げて挨拶をすると、またフランメの深いため息が聞こえた。
「教育が必要ですね」




