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怪物に愛されて、少女は幸せな日々をおくる【本編完結】  作者: Nadi
王都の章

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51.威厳

 王都の城は今まで過ごしていた城よりもさらに広い敷地にあり、中央と東西南北に分かれている。

庭園には色とりどりの美しい花が咲いていて、まるで生きているように感じさせる素晴らしい彫刻も所々に置かれている。

城の荘厳な装飾の一つ一つが職人技で作られており、統一感のある美しさに驚くばかりだった。


しかし、残念ながら城の美しさに心を奪われる暇などヴィオラとシオンにはなかった。城に入った途端に貴族たちがこぞってシオンに押しかけて来た。


 貴族たちはそれぞれ我こそがとシオンの傍に寄っては話しかける。そのうちため込みすぎた肉を揺らしながら息荒くする一人の貴族が前に出て「いやあ、殿下、この度は王都へのご帰還心よりお慶び申し上げます。ワタクシ、殿下が呪いにかけられてからというもの、心が落ち着いたためしがございませんでした。呪いの解呪に努めておりましたが、なにぶん珍しい呪いでしたから……」と聞いてもいないのにつらつらと自分は心配していて、さも呪いを解くことにも尽力したように話し始める。


 ヴィオラは貴族たちの勢いに気圧されてしまったが、こんなことには慣れているシオンが冷たく貴族たちを見下ろす。その冷たさに貴族たちはぞくりと背筋が凍り付いた。


 「ふむ、僕たちの呪いを解くことに努めていたそうだな? さぞ、心配してくれていたのだろう」

 「は、はいそれはもう、食事は喉元おらず、夜も眠れぬほどでして」

 「ほう? それにしては血色がよさそうだ。お前は食事も睡眠もとらずしてそうも健康でいられるとはずいぶんと便利な身体だな?」

 「へ? あ、い、いえ……そんなことは」

 「それで、お前……名は何と言ったか? 今回の呪いを経て初めて知ったのだが、1年も会っておらず便りもないと、僕は名前を忘れてしまうようだ」


 皮肉をたっぷり込めて言うと、貴族たちは脂汗をかきながらそそくさと挨拶して引き下がり、貴族たちの集団が左右に割れ、道ができた。


 隣で何も言い返せずにいたヴィオラは、何もできなかったことに申し訳なさと下手なことを言ってはシオンの足を引っ張ってしまうかもしれないという不安に板挟みになってしまっていたが少しでもシオンの苛立ちや孤独感を和らげようとそっと彼の腕に手を添えた。

そのヴィオラの想いに気づいたシオンはヴィオラの顔を見て、優しく微笑みを返した。

すると、貴族令嬢たちからの熱視線と抑えきれていない黄色い声が聞こえる。


 「きゃああ! あの殿下が微笑まれていらっしゃる!?」

 「あ、ああっ、殿下に番ができるだなんてぇ……わたくしだってずっと殿下をお慕いしていたのに!」

 「けど見てよ、あの……鱗もなければ角もないわ、花も翅も生えていないなんて、なんだか不気味だし、シオンさまと比べて華もない」

 「ホントにね。たしか人間だって、なんだか気味が悪い」


 その令嬢たちのヴィオラを見下す声がシオンの耳に聞こえてしまった。

空気がまるで雪山に放り出されたかのように刺すような冷たさになり、貴族たちは恐れおののいてその場にひれ伏す。


ヴィオラにはその冷たさを感じないようにはしているようだが、明らかに周りの様子がおかしいのに気が付いた。

シオンを見上げると以前、自身の母に見せていた怒りとも違う冷たく重たい怒りの表情だ。


 貴族たちや令嬢たちが震えて、寒さに唇を震わせている。


 「ここに随分と無礼なものが入り込んでいるようだな? 彼女に暴言を吐くということは僕に暴言を吐いたも同等と知っての発言か?」

 「でっ、殿下! いけません!」

 「止めるなヴィオラ、今まであやつらの無礼に目をつむってやっていたのだが、今回ばかりは許せぬ……僕のヴィオラに……よくも……」


 シオンの怒る姿はこれまで何度か見てきたが、魔力が戻ってきてからの怒りにはまた別の激しさがある。


 (どっ、どうしよう殿下を止めないと!)


 シオンの怒りが頂点に達してしまっているようで、言葉では止まる様子がなくこれでは大変なことになってしまうのではと焦ったヴィオラはぐるぐるする頭でとにかく行動せねば!とシオンにぎゅっと抱き着いた。


 「で、殿下、わたしは何を言われても大丈夫ですからっ」


 ぴしりと固まるシオンに気持ちが伝わるようにぎゅうっと強く抱きしめていたのだが、シオンにひょいと持ち上げられ、お腹に顔をうずめられてすぅーっと深く息を吸われる。

ヴィオラはその感覚がくすぐったくて、身を避けたかったがバランスを崩して落ちてしまいそうでシオンの頭にしがみつくほかなかった。


 ヴィオラの功績もあってシオンは落ち着きを取り戻し、貴族たちの周りには温かさが戻ってきたようだ。


 「殿下、それくすぐったいです。あの、いったん下ろして」

 「……もう少し」

 「皆さまからの視線が痛いですからっ」


 シオンはしぶしぶヴィオラを下した。本当にしぶしぶという顔をしている。

ヴィオラは困った顔をしながらシオンの頬を何度か撫で、シオンの魔力にあてられ怯えた貴族たちに「大丈夫ですか?」と声をかけて一人一人立ち上がらせた。


貴族たちはそんなヴィオラの気遣いに目を丸くさせて驚いている。

悪口を言ってきた令嬢にもヴィオラの態度は優しく、令嬢たちは恥を感じて顔を赤くしていた。


 「騒がしいわよ」


 凛とした力のある女性の声が聞こえた。

声の主はシオンの母であるラナンで、ヴィオラたちが過ごしていた城で見せたような親しみのある明るい女性という印象は隠れ、一国の女王の風格がある。

そのすぐ傍らを国王であるスィラがいる。彼が無表情で立っているだけで威圧感というものがある。

本来、これが彼らの『王』としての姿なのだろう。


 ヴィオラはすぐにシオンの傍に戻り、シオンとともに恭しくラナンとスィラにあいさつをする。


 「父上、母上、ただいま戻りました。今まで城をあけてしまい、申し訳……」

 「挨拶はよいです。今回の騒ぎについてあちらで聞きましょう。来なさい」

 (ど、どうしよう、女王陛下も国王陛下もお怒りに……そもそもわたしが原因なのに……)


 ヴィオラは顔が真っ青になる。王都に来て早々騒ぎを起こしてしまい、しかもそれは自分が得体の知れない存在であるから引き起った不安であるとヴィオラは考えていた。

そんなヴィオラの不安をシオンは気づいており、ヴィオラの肩をそっと引き寄せて「大丈夫だから」とささやき、ヴィオラはシオンの言葉を信じてこくりと頷いた。


 ヴィオラとシオンはラナンとスィラに続き、城の中央部分にある一室まで通された。

部屋の扉がばたりと閉まり、4人だけの空間になる。


 ヴィオラは緊張で、瞳が揺らいで、シオンの手をぎゅっと握っていた。

すると、背を向けるラナンの肩が小刻みに震え始めた。


 「ぷっふふっふふ、あはははは! あーあ面白かった! まっさかヴィオラちゃんがあんなふうにシオンを止めてくれるなんて、ふふ、ふふふ、ヴィオラちゃん、シオンを止めてくれてありがとうね。ふふ、あの貴族たちはきっとヴィオラちゃんに夢中になっちゃうわねぇ」

 「はへ……? 女王陛下、今回のことでお怒りでは? あれ? というかいつからご覧になって?」


 ラナンは涙を流して笑っていて、シオンはそんなことだろうとため息をついていた。


 「本当は最初から見ていたのだけれど、どうするのかなってちょっと興味がわいちゃったの。試すようなことしちゃってごめんなさい」

 「そ、そうだったのですね……はぁ、よかったです」

 「いや、よくない! ヴィオラ、怒ってもいいのだぞ! 全く、わかっていたのなら、あいつらを追い出しておいてくれればあのような汚い言葉をヴィオラに聞かせずに済んだのに!」

 「殿下、わたしはあれくらい大丈夫ですよ。皆さまきっと不安だったのですよ。わたしは皆さまにとって得体がしれない存在なのは本当ですから」

 「あぁもうわかった! ヴィオラが怒らない分は僕が怒ることにする! (ふんっ、あいつら次に会った時には八つ裂きにしてやる)」

 「……物騒なことを考えていますね? だめですよ」

 「ぐぬ……か、考えてなどいないぞ」


 シオンがヴィオラに手綱を握られている様子をラナンもスィラも感心と微笑まし気に眺めていた。


 「ふふっ、やっぱりしーちゃんも他の竜族と等しく番に弱いようね。さて、あらためておかえりなさいシオン。そして、王都へようこそ、ヴィオラちゃん」


 ラナンとスィラが歓迎の気持ちを込めて、優しく微笑む。シオンとヴィオラは改めて丁寧に挨拶をした。


 「父上、母上、これからはヴィオラとともにこの国の民のために精進してまいります」

 「うむ、ほどよく頑張りなさい」

 「はい、女王陛下、国王陛下」

 「……うーん」


 ラナンが首をかしげてヴィオラを見つめ、頬を人差し指でトントンとする。

何か不敬をはたらいてしまったのかとヴィオラは肩がびくりとなった。


 「あの、何か失礼をしてしまったでしょうか?」

 「いやいや違うのよ。『女王陛下』に『国王陛下』かぁ……公の場でないときはもっと砕けた言い方でもいいのよ? あっ、もちろんその呼び方の方がいいのならそれでいいのだけれど……」

 (まずいぞこの流れは……! 駄目だ、ヴィオラまだ言っちゃ!)

 「よ、よいのですか!? で、では……あの……お、お母義かあさまとお父義とうさまとお呼びしてもよいでしょうか……?」

 「「……!!!!!」」


 ヴィオラが恥ずかし気に頬を染めて言うとラナンとスィラは雷に打たれたように固まった。

二人は口をあんぐりと開けて、目を見開き、次にはだばっと涙を流し始めたので、ヴィオラはよくないことを言ってしまったのかと狼狽えた。

後ろでシオンが頭を抱え、まだ母が放心しているなら間にあうかもしれないとヴィオラを母から遠ざけようとしたが駄目だった。


シオンの手が届く前にラナンがヴィオラを素早く魔法で引き寄せてしまい、ぎゅぎゅっと抱きしめる。ラナンはヴィオラよりもずっと身長が高いので、ヴィオラの脚は床から浮いてしまい、さらにラナンは力が強く、ヴィオラは抵抗しようとは思っていないが、逃げ出す隙が無い。


 「ど、ど、ど、どうしましょうスィラ、か、可愛すぎるわこの子! 可愛すぎるの!!」

 「そうだな、ラナンの次に可愛いな」

 「は、母上っ!? そのまま大人しくヴィオラをゆっくり放してください。彼女は人間なので、力をいれると怪我をしてしまいますから、お願いですからゆっくり放してください。それに、忘れないでください、彼女は、僕の、番ですよ!」

 「……………………あたしの娘でもあるもの」

 「(今の長いはなんだ!?)くっ、彼女は疲れているのです。まずは休ませてあげてください」

 「なら、あたしの部屋でゆっくり休ませるわ。シオン、いろいろと公務がたまっていますから、片付けておしまいなさい。今まで1年分の記録をフランメにまとめさせておきましたから目を通しておいてください。王子としての役目、きちんと果たすのですよ」


 ラナンは急に口調と雰囲気が変わり、いかにも女王という凛とした声色になった。

しかし、ヴィオラをしっかりと抱えていて、雰囲気とのちぐはぐさに頭が混乱する。こうなってしまった母をシオンには止める術がなく、ぐぬぬぬ、となりながらしばらく頭を抱えて悶え苦しみ、そして最後には「わかりました」と小さい声で同意した。


 「さ、ヴィオラちゃん、あっちで休みましょうね~」

 「あの、お母義さま、殿下は……」

 「あの子は公務を片付けてからきますから。ゆっくりしながら、よければあなたのことを聞かせてほしいわ」


 ヴィオラとの時間を獲得したラナンは嬉しそうに身体が弾んでいるが、一方シオンは今にも泣きそうな顔をしている。


 「殿下……あの、大丈夫ですか? 殿下もお疲れのようですし、一緒に……」

 「! そ、そうだ僕も……」

 「しーちゃんは大丈夫よ! とっても丈夫だから、これくらいの移動じゃへこたれないのよ。ささ、行きまショ、行きまショ」


 ラナンはシオンに隙を与えず、さっさとヴィオラを連れて行ってしまった。

父のスィラは息子に「大丈夫、夜には返すから」とだけ言ってラナンの後に続いて行ってしまった。

シオンは悔しさと寂しさで泣いてしまいそうだった。

ヴィオラちゃん吸い……シオンだけに許された特権

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