47.親子
しばらくは王都に戻るための準備とヴィオラとシオンの結婚式に向けての準備でせわしなくも心躍る日々が続いていた。
本当は国中にシオンの呪いが解けたことが知られてしまい貴族たちが城に押しかけようとしていたのだが、シオンが魔法で魔法壁と呼ばれる壁でここら一帯の土地を囲んで誰も入れないようにしてしまっていた。
そして、魔法壁には『王都で待て』の一言を刻んでおいた。
(僕とヴィオラの平穏をこれ以上乱されるわけにはいかぬ)
「どうしたのですか殿下? そんなににこにこして」
「ん? 今日もヴィオラは可愛いなと思ってな」
「あ、あぁ、もう、また……ここの人たちくらいですよ、そう言ってくださるのは……」
「ま、まさか、自覚がないのか!? あり得ぬ! あり得ないだろう!? これほど可愛らしいというのに! よし、僕がわからせてやろう、語りつくしてやろう! まずは朝起きた時に……」
「もう、わかりましたから……ふふっ」
シオンがあまりにも真剣に語り始めようとしたので、ヴィオラは可笑しく感じて、笑いながらシオンの頬を優しく押しのけた。
こんなたわいのない会話ができる日々が続くことが二人にとってとてつもない幸福と思えた。
「あ、すみません、そろそろ父のところに行ってきますね」
「そ、そうか今日は父君との昼食だったな……」
離れるのは、ほんの数時間だというのにシオンはいつも寂しそうな顔をする。
人間どうしの恋人であればおそらくこれほど長い時間を過ごしていれば嫌になりそうなものだが、ヴィオラはこのシオンの愛情表現に窮屈さを感じたことは不思議となかった。
「すぐ戻って来ますから」
「い、いや、ヴィオラと父君の時間を邪魔したいわけではないのだ。ゆ、ゆっくり楽しむといい」
顔を引きつらせてもそんな強がりを言っているシオンが愛おしく感じて、ヴィオラはシオンの頬にキスをしてからシオンから離れた。
ヴィオラが手を振るとシオンは惚けた様子で手を振り返した。
ヴィオラは父を呼びに行くと、父は城の使用人たちと楽しそうに談笑していた。
父はここの使用人たちと話が合うようで、酒の話に始まり、この国の特産物に、地域の祭りから風習に、そしていろいろ話を経て何故かヴィオラの幼い時の話になっていた。
もともと父は商売人であるからよく話しよく聞く人であり、話の引き出しも多い。
ヴィオラは昔の父の姿をまた見ることができて、心の底から嬉しかった。
思えば、今までは父の笑顔を見ることがすくなかったが、ここに来てから父の笑顔をよく見るようになった。
「お父さま」
「あぁ、ヴィオラ、迎えに来てくれたのかい」
「はい、すみません、お話のお邪魔をしてしまいましたね」
「いやいや、ヴィオラが来なかったら楽しくて夜になってしまうところだった。それじゃあ、皆さんまた是非お話しさせてください」
「こちらこそ! ナルキさんの話が面白いものだから話し込んでしまいました。今度、俺の故郷の酒を持ってきますよ」
「はーい、みんな解散、解散!」
使用人たちがぞろぞろと仕事に戻っていく。
日に日にナルキと話す使用人の数が増えている気がした。
「ふふ、お父さまは人気者ですね。皆さま楽しそうでしたし」
「私が、というわけではないよ。皆さんがとてもいい人たちだからね。それに彼らのする話はとても興味深いものばかりだ。本当に私たちのいた国とは違うのだと実感するよ」
「お父さまがここに来てくださって……一歩を踏み出してくださって本当によかったです」
「ヴィオラ……その、本当に……」
「さぁ、ご飯を食べに行きましょう、お父さま」
ヴィオラはまた謝ろうとした父を察して、手をとり引っ張る。
幼いころに見た景色を思い出し、ナルキは心の奥底から感じる懐かしい温かさに笑顔になった。
二人が楽しく談笑しながら昼食をとっていると、ロージーが寂しそうな面持ちでこっそりとヴィオラに耳打ちする。
「ヴィオラ様、あの……霧が出て来たようです」
「あ……」
霧が出てきたということは、父との別れを意味する。
ヴィオラはこれから父もこちらで暮らしたらどうだろうかと提案したが、父は首を横に振った。
ヴィオラや気のよい使用人たちとこちらで暮らせばきっと幸せだろうとは思うが、きっとそれに甘えてしまうといい、そして何より自分の新しい人生をあの世界で、母と会い思い出の積み重なったあの世界で見つけたいのだと言われてしまうと、ヴィオラは父の選択を受け入れた。
ロージーがヴィオラに耳打ちした内容はナルキには聞こえてはいなかったが、ナルキはヴィオラの様子を見てなんとなく察しがついていた。
「ヴィオラ、霧が出たんだね。消えてしまう前にあちらの世界に私は帰るとしよう。リリィのお墓のことも気になるしね」
「…………寂しいです」
ヴィオラが素直に寂しさを口に出して、俯くとナルキは困ったように微笑んでヴィオラの手を握った。
「私もとても寂しいよ。霧は不確定なようだから、次にいつ会えるかもわからないと思うと、もしかしたら、これが最後になるかと思うと……お前の花嫁姿だって見たかった……」
「お父さま……」
「でもね、心はとても穏やかなんだ。ヴィオラ、お前がここで殿下やみなさんと一緒にいることでとても幸せだということを知れたから」
「お父さまっ……う、ううぅ……」
ヴィオラは幼い時のように泣きじゃくって父に抱き着いた。
ずっとすれ違ってしまっていたが、やっと昔の大好きな父が戻って来たと心の底から嬉しくなったばかりなのに、こんなにもすぐ別れがきてしまった。
父はヴィオラが泣き止むまで優しく頭を撫でてくれた。
ナルキが帰ってしまうというので、城の門に見送りの人だかりができている。
仲良くなった使用人たちがあれやこれやと土産を持たせてくれたのだが、ここに来るときに乗ってきた馬のゼアに持たせるといっても、すべて持ち帰られるわけがなく、だいぶ厳選して背負える鞄に収まるくらいの土産で落ち着いた。
「みなさん、本当にお世話になりました。なんとお礼を申し上げればいいのか、感謝の言葉もございません。みなさん、殿下、どうか娘をよろしくお願いいたします」
「もちろんだ、これから先もヴィオラを守ると誓う」
「ありがとうございます、殿下」
「お父さま」
ヴィオラが父の両手を握る。
まだ寂しそうな瞳をしているが、それでも優しく微笑んでいた。
「お父さま、どうかお元気で……ちゃんと食べてください。それから、ちゃんと眠って、無理をなさらないように……それから……それから……」
「ヴィオラ、どうか、彼らとともにこれからも幸せに……今まで本当にありがとう」
「お父さまも……どうかお幸せに……」
再びヴィオラが我慢ならなくてぽろぽろと涙を流した。
それを父が優しく拭ってくれて、そして、ヴィオラの手を引いてシオンに受け渡すように、彼のもとに行くように促した。
ヴィオラはこくりと頷くとシオンのもとに戻り、涙を拭って笑顔を父に見せた。
ナルキは深くお辞儀をして、霧の中に消えていった。
ナルキの姿が見えなくなって、その影が見えなくなるまでヴィオラも使用人たちも「さようなら!」と言い続けた。




