45.おめでとう
呪いの解けた日の夜、きっと王都に帰ってからではより騒がしくなるだろうからと、この城いる人たちだけで呪いが解けたことを祝う無礼講パーティを開催することにし、ホールには豪華な料理がならび、使用人たちの何人かはすでにお酒を飲んで出来上がっている。
ヴィオラは、ロージーたちを含む使用人たちと和やかに歓談していた。
そこに、げっそりとした顔のシオンがやってきて、ヴィオラを見つけると、座っているヴィオラをすぐに抱きしめて膝に顔をうずめて深く息を吸うものだからヴィオラが「殿下、くすぐったいですし、皆さまの前で恥ずかしいです」と言って引きはがそうとするのだが、びくともしない。
その姿をロージーや他の使用人が微笑ましく見ている。
「ヴィオラ様、竜族の愛情表現はそれくらいが普通……いえ、むしろ控えめなくらいですから、こちらのことはお気になさらず」
「えぇ!? そ、そうなのですか……」
そういうものなのか、とヴィオラが納得してシオンを引きはがそうとするのをやめると、シオンは(ふふふ、よくやったぞロージー!)と、心の中で褒めた。
「やっと父上と母上を追い返すことができて、僕は疲れたのだ。頑張った僕を褒めてほしいくらいだ」
「え? 国王陛下も女王陛下もお帰りになられたのですか? ご挨拶もしていないのに……」
「いい、いい、一度つかまるととてつもなく長い時間拘束される。そんなの今じゃなくていい……それよりも、僕の頭の位置は撫でるのに非常に適切な位置にあると思わないか? 撫でた方がいいと思う」
「えぇ……?」
ヴィオラは恥ずかしさに頬が赤く染まり、ロージーと周りの使用人に助けを求める視線を送るがにこにこ顔しか返ってこない。
ヴィオラは諦めて、シオンの頭を撫でるとシオンが「ふへっ」と笑ってヴィオラを見上げる。
彼は本当に美青年で顔が近づくと彼のまつ毛の長さや肌のきめ細やかさがより感じられて、ヴィオラはまだ慣れないでいる。
しかも、この顔で微笑まれると、よけいに抗えない。
(なんだか、この姿に戻ってから甘えん坊になっている気が……確かに、この顔でお願いされたら甘やかしてしまいそう……まだ、慣れないわ……)
ヴィオラがシオンの顔を眺めながらうーん、と顔をしかめているとシオンがヴィオラの皺を寄っている眉間をとんとつついた。
「何か悩み事か?」
「……そうですね、殿下がわたしが考えていたよりもずっと美しい方でしたので、どう慣れたものかと……」
「ヴィオラ、そっくりそのままその言葉を返したいところだが、これから毎日見るのだから、そのうち…………いや、慣れなくていい、僕にずっとドキドキするといい。僕は君と会ってからずっとそうなのだから。ふふっ、同じ思いをすればよいのだ」
シオンが妖艶に微笑んで、ヴィオラの額にコツンと自分の額をあてた。
距離がぐっと近づいたことに心が揺れ動いて仕方がないヴィオラの隙をついて、シオンがヴィオラの頬に口づけを落とした。
そして、耳元で甘くささやく。
「可愛い、食べてしまいたほど可愛いと聞くが、今なら理解できるな」
「で、殿下……あの、もう胸が、いっぱい、いっぱいになってしまいます……」
「ふふっ、それはよかった……すまない、僕はちょっと用事があるから少し外にでてくる、また後で」
「はぃ……」
隙だらけのヴィオラにまた2回ほど口づけをしてから、シオンは機嫌をよくして席を外した。しばらく、固まるヴィオラにロージーが満面の笑みを見せる。
「あらあら、まぁまぁ、見ないうちにお二人はずっと仲良くなりましたのね、フフッ、本当によかったですわ」
「ロージーさま……あの、ずっと殿下は……あのような……感じなのでしょうか? わたしには、刺激が強すぎて……」
「おほほほほ、竜族は番を見つけると一直線ですからね。まぁ、お二人はとても大変なことを一緒に乗り越えてきたのですから、これから何が起きても大丈夫ですわよ」
「またこれは違う大変さな気がしますが……あっ、しまった……」
「どうされたのです?」
「殿下にお渡しするものがあったのですが、すっかり忘れてしまいました。すみません、ちょっと行ってきますね」
「は~い、ごゆっくり」
ヴィオラは用意していた贈り物を持って、シオンを探しに行った。
ロージーたち使用人は初々しく可愛らしい彼女を温かい眼差しで見送った。
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騒がしいパーティを行う城の中とは違い、城の外では庭園にいる虫たちの音楽が流れ、空気はひんやりとしている。
城の門に向かい一人歩く人影の姿が見える。
影と言っても彼の姿は真っ白で、夜の暗闇に白い姿が浮き出ている。
「ルコウ、姿が見えないと思ったら、どこへ行くのだ?」
「殿下……何も告げずに旅立つこと、誠に申し訳ございません。しかし、ワシにはやらねばならぬことがあるのです」
「……理由は話せないのか?」
「申し訳ございません。これは妖精族の恥部であり、お互いの穏やかな人生のためなのです」
「あの、デルフィスの裏にいただろう呪術を操るものが関係しているのか?」
「ほっほっほ、さすがは殿下です、ご明察でございます。しかし、ワシに言えることは全てお伝えした通りです」
「『ヴィオラを守ること』か? 言われなくともすでに城の周りには僕の作った魔法壁で囲んだし、王都に戻ればさらに警備は厳重になる。何故ヴィオラが狙われる? 目的は?」
「…………それだけしていただけているなら、十分かと思います。後はこの老体がなんとかいたしますゆえ、どうか殿下はヴィオラ様とお幸せに過ごされてください」
しんみりと話すルコウに、シオンも寂しそうにしおれていく。
このようなことは一度もなかったし、もしかするとこれは今生の別れなのかという考えがシオンの頭をよぎった。
「……帰ってくるのだろう? そうだと言ってくれ、こんな別れは……」
「はいっ、もちろん! お二人の結婚式には戻りますぞ!」
「そうか……もう……ん? ちゃんと帰ってくるのか!?」
「ほっほっほ、もちろんにございます。まさか、今生の別れだとお思いに?」
「っ!! もうよい! なら、さっさと用を済ませて帰ってこい!!」
「ほっほっほ、承知いたしました」
シオンは恥ずかしさがこみあげてしまったために言葉尻が荒くなってしまったが、ルコウはよくわかっているというように朗らかに笑う。
そして、気づくとふっとルコウの白い姿は夜の暗闇に消えてしまった。
いくら帰ってくると言われても、ずっとそばにいてくれたルコウがいなくなるとシオンの心に冷たい風が吹いたようだった。
「殿下!」
彼女の呼びかけに冷たくなった心に毛布を掛けられたように温かくなる。
振り返ると、ヴィオラが笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
あまりにもその姿が愛おしくて、名前を呼ぶ前にぎゅっと抱きしめてしまった。
「あ、ちょっと殿下……」
「いいだろう、周りに人はいないぞ」
「そうではなくて、潰れてしまうので」
ヴィオラは、抱きしめられて潰れてしまいそうになった手に持っている包みをシオンの顔の前に出す。
シオンは手を離してくれて、包みをヴィオラから受け取った。
「きっと当日はすごく大変になりそうな気がしたので……少し早いですが、お誕生日の贈り物です」
「ぼ、僕にか……? 開けてもいいか?」
「はい、もちろんです。すこし、張り切って作りすぎたのですが……」
包みを開くとその中にさらに小さな包みがいくつか入っていた。
小さな包みには綺麗な花の刺繍がさしてあり、中には乾燥した何かが入っているようで、触れるとかさかさと音がする。
「これは? うむ、いい香りがするぞ……」
「サシェです。乾燥した花びらが中に入っているのですよ。衣装棚にいれたり、枕元に置いたりして香りに癒されるためのものです。袋ごとに花の種類を変えているので、お好きなものを使ってください」
「どれもこれも好きだぞ……香りも良いが、布袋に施されている刺繡も見事だ。こんな見事な刺繍ができる者がこの城にいたか?」
「あ、えと、その刺繍はわたしがさしました……母に教えてもらったのを少しずつ練習を重ねたのです」
「ヴィオラが!? すごいじゃないか! 本当に美しい。ふふ、ふふふ、ヴィオラが僕のために用意してくれたのか……ありがとう、嬉しいぞ」
シオンがとびきりの笑顔でお礼を言うと、自然と笑顔がヴィオラにも移った。
ヴィオラが辺りをちらちらと確認して、誰もいないのを確認する。
そして、シオンの顔を手で引き寄せて、頬に軽くキスをした。
「シオン、お誕生日おめでとう。大好きですよ。これからもずっと……」
恥ずかし気に頬を赤らめて、背の高いシオンを見上げると自然と上目遣いになってしまうヴィオラを見て、シオンが正気でいられるわけがなかったが、あまりの予想外のヴィオラの行動に何も考えられなくなってしまった。
「さぁ、身体が冷えてしまいますから中に入りますか? そういえば、用事は終わりました?」
「うん……」
「では、行きましょう。みなさま、殿下の事を待っていますよ」
シオンはすっかり力が抜け腑抜けたまま、ヴィオラに手を引かれ城の中に戻った。
その日の夜、パーティ中ずっと腑抜けた顔をしているシオンをペイアーがずっと笑っていた。




