43.理由
ロージーには休むようにと言われたが、気になることがありそれを確かめるため、何とか頼んでヴィオラは一人にしてもらった。
向かった先は庭師のトトララが住む、城の敷地内にある小屋だ。
小屋の前の長椅子にはトトララが座っていて、ペーロがお腹を見せながらのんびり日向ぼっこしている。
「トトララ様、それにペーロちゃんも」
「ヴィオラ様、無事に戻ってきてくださったこと、それに呪いを解いてくださったこと、本当にありがとうございます」
「いえそんな……それに、わたしの方こそお礼をいいたくて」
「おれにですか?」
「はい、トトララ様とペーロちゃんにも……トトララ様ですよね、あの時教会で助けてくれた烏は……それに、このお城に戻ってくるときに導いてくれた小さな明かりはペーロちゃんのランタンですよね?」
ヴィオラはトトララの真っ黒の瞳をまっすぐに見つめる。
トトララは肩をすくめて、今までの純朴そうな雰囲気を捨て、大きく足を広げて組み、どっかりと座った。
「そっすね、いやあでもお礼をいうのはこっちっすよ。あのクズ野郎にやり返せたんで、スッキリしたし」
「えっ……なんだか、雰囲気が」
「正直、呪いが解けたんでもう演技する必要がないっつーか、もうそろそろここからもおさらばなんで……」
「トトララ様、どこかに行ってしまうのですか?」
「もともとおれはさすらいの烏っすよ。こいつにさえ捕まらなければ、もっと自由に羽ばたいていたっていうのによ」
「こいつ……?」
トトララが指さしたのは妖精で犬のような姿のペーロだった。
しかし、ペーロの姿が黒くなり、大きくなると黒い塊がはじけ、背の高い美しい不思議な雰囲気をまとう女性が現れた。
彼女の黒い髪の毛の先は霧のように揺れていて、手足は長く、麗しい顔立ち。
彼女はヴィオラを見て懐かしそうに優しく微笑んだ。
「どけトト。長椅子にはボクと彼女が座る」
「チッ、ほんっとクソむかつくクソババア」
「あっ、あのペーロちゃん? あれ?」
「さぁ、ヴィオラ、ボクの隣に座って」
ヴィオラは言われるままに女性の隣に座る。
彼女はとてもきれいな人で、どうしてか母の面影を感じて胸がどきどきとした。
「驚いた? ボクはペロージア、君の恋人に呪いをかけた妖精さ」
「あ、あなたが!? なっ、なんてことをしたのですか!」
「そりゃ怒るよね、ボクもちょっとやりすぎたかなーって」
「やりすぎですよ! みなさんにとっても迷惑がかかったのですからね!」
「そっか、じゃあ好きにして、ヴィオラだったらいいよ」
ペロージアがきれいな顔で微笑んで、急にヴィオラの膝に頭をのせて寝そべった。
ヴィオラはペロージアの行動がずっと予測できないものばかりで困惑してかたまる。
そして、なぜか嫌いになれないこの人を払いのけることもできずにいた。
「好きにしないの?」
「くっ、じゃ、じゃあこうです! どっ、どうしてあんなことまでしたんですか! 殿下も皆さまも悲しい思いをしたのですからね! わかっていますか!?」
ペロージアのほっぺをむにーっと掴んで引っ張る。
きれいなペロージアの顔が腑抜けた表情になると、トトララがそのペロージアの表情を見て指をさしてぎゃはははは!と笑っている。
「大妖精ともあろう奴がざまあねぇ! ヴィオラちゃんもっとやっちまえ!」
「(トトララ様、ずいぶんと違う……)も、もっと?」
これ以上どうしていいか浮かばずに結局、ペロージアのほっぺたをむにむにするのにとどまった。
ペロージアはトトララに向かってひょいと手を振ると、トトララは城の塀を越えて勢いよく遠くに飛ばされてしまった。
「馬鹿はよく飛ぶねぇ」
「あっ、トトララ様!?」
「ヴィオラ……」
ペロージアがヴィオラの頬を優しくなでる。
彼女の瞳にはどこか悲しみが映っている。
「ボクは、ボクが大好きなラナンの子供が幸せになることを望んでいる。そして、ボクが大好きなヴィオラが幸せになることも望んでいるよ」
「殿下はわかりますが、わたしも?」
「そう、ずっと、ずっと昔から、そしてこれからも……ボクはあなたのこと愛してるよ」
「え?」
ペロージアが起き上がり、ヴィオラの額に口づけを落とした。
額に触れられた部分が少しだけ温かい。
「ボクの加護をあげる。ボクも今回のことでだいぶ魔力を消費したから、少し眠らないと……それまではヴィオラをこの加護が護ってくれる。どうか気を付けて」
「あなたは誰なのですか?」
「ボクは……」
「うああああ!! ヴィオラから離れろ!!」
シオンの叫び声が響く。
ペロージアはふわりと浮いて、ヴィオラから離れた。
シオンが急いでヴィオラに駆け寄って、ヴィオラをぺたぺたと触り、ペロージアに触られた分だけ上書きする。
「おいっ、ヴィオラをさらうなんてしてみろ! 妖精界にのり込んでやるからな!!」
「それは残念……というか、あなたたち本当に父子だな、あなたの父にも過去に同じことを言われた」
「くっ、なんて妖精だ……! ヴィオラ気を付けてくれ、妖精はみなルコウのようなものではない。男女問わずに誘惑してくるし、気に入った者を妖精界に攫ってしまうのだ!」
「誘惑っ!?」
あの言葉は自分を妖精界に攫うための誘惑だったのか?と思ったが、それとはまた違うような気がした。
飛ばされたトトララが頭をひねりながら、ふらふらと飛んで戻って来た。
「なんか、殿下の声がしたんすけど……あっ!」
「トトララ……今までよくも騙してくれたな」
「違うんすよ殿下、おれ、この大妖精になんでも言うこと聞くように契約させられてんすよ! 不可抗力っす」
「……まぁ、あの教会でも助かったからな。許してやらんことはない、だが一体僕たちに何をしたんだ。確かお前は城に仕える庭師でもなかったはずだ!」
「どういうことですか?」
「この城にいた者全員の記憶がおかしくなっているんだ。もともとこの城にトトララという使用人はいなかったんだよ」
「えぇ!? でも、1年前、ちょうど呪いをかけられる少し前から働いていたって……」
トトララが頭をぽりぽりとかいて、頭をひねる。
「えーっと、それはこのババア……大妖精のなせる魔法っす。みんなの記憶をちょーっとばかしいじくって、おれを使用人として記憶させたんす。おれはただ、この城で殿下を見張って、かつ守るように言われたんすよ。おかげで1年!おれもここにずっと縛られてたんすよ! 結局このクソババア自分でこの城にちょこちょこ顔出してんだから、おれいらねーじゃないすかぁ!」
「ボクは忙しい。常にはいられない。それと比べてトトは暇だ」
「隠居ババアが忙しいわけあるかよ!? くそ……こんな奴に契約させられるなんて屈辱過ぎるっ」
妖精側の立場だというのにトトララは不満を爆発させて、文句を説明越しに妖精に伝えようとしていたが、肝心のペロージアはどこ吹く風の様子だった。
「だから、正直殿下とヴィオラちゃんが無事にくっついてマジ、ほっとしてんすよ。文句は全部このババアに言ってください!」
「トトララ……お前、そんな性格だったのか……」
あまりのトトララの勢いにシオンまで気圧されてしまった。
トトララの口が悪すぎるので、シオンがそっとヴィオラの耳をふさぐ。
「そ、それでペロージアだったか、今回どうしてこんなことをしたか、申し開きがあれば聞いてやる。だが、さきほどヴィオラに近づいていたのは何があっても許さないからな!」
「ふぅん、どうしてか、か……あなたたち人は理由がきになるのだね。理由のひとつはあなたがもうすぐ成人だというのにまだ番を見つけられないでいることをラナンが心配していたから」
「だからと言って乱暴すぎるだろう!」
「そう? いい方法だと思ったのだけれど、あなたたち特有の『番』というのも考慮して生半可な気持ちの相手とは結ばれないようにしたつもりだよ。あの姿で愛されるなら、心配いらないくらい愛されているということだろう?」
「ぐぬぬぬぬ……」
シオンは実際結ばれてしまったのだから言い返せないでいる。
「あなたが他人との間に壁を作っていたのは知っていたよ。あなたの美しさとあなたの強すぎる魔力のせいでね。だから、それを奪った。それがない人生も一度経験するのも悪くないよ」
「勝手なことばかりいいおって……!」
「悲しいけれど、あなたの人生はあなただけのものじゃない。あなたはこれから国を発展させるために力を使わなくてはならないし、それを次世代につなげなければならない。世継ぎがないというのは避けたかった。けれど、あなたはこれくらいしなければ番を見つけられないとボクの『予知』ででてしまってね、荒療治させてもらった。ボクの予知は必ずではないが、可能性ではあるからね。この可能性は避けたかった。それが理由ふたつ目」
ペロージアが理由をつらつらと話し始めると、シオンの方が勢いがそがれてしまう。
「……はぁ、結局は僕が悪いと思えてきた……全部、身から出たさびなのか?」
「殿下、過去は変えられませんし、すぐには忘れられないかもしれませんが、これからは一緒ですから、これからの未来を考えることにしましょう」
「ヴィオラ……そうだな、君との未来を……」
ヴィオラとシオンが見つめあい、甘い雰囲気が漂う。
トトララがじっと二人を見つめていて、それに気づいたヴィオラがハッと我に返った。
「いやいや全然続けてもらっていいよ、ヴィオラちゃん。おれ、他人のシてるとこ見るの好きだし。ふぅん、この前までペイアーニキに恋愛相談をしてた子がねぇ。ほーん……」
「トトララ様!」
「おい、本当にトトララか? ペイアー並みに変人だぞ……」
シオンがトトララに怯えると、今度はヴィオラがシオンを守るように前にでた。
「さて、二人のそーゆーとこ観察したいのは山々だけど、おれ、そろそろ行くね」
「……本当に行ってしまうのですか?」
「このババアから言われていたのは、殿下の安全を守り、結ばれるまで見届けること……それが終わったからね。でも、わりとここの生活は、刺激はないけど、嫌いじゃなかったよ。特に君が来てからはもっと楽しくなったよ、ヴィオラちゃん」
「トトララ様……」
「それに、殿下もお達者で、別にあんたのことも城の連中も好きだったよ」
「トトララ、さっきはあんなふうに言ってしまったが、本当に世話になった」
「ははっ、なーんかしんみりすんなぁ、おれっぽくねぇわ、んじゃ!」
トトララは背中の羽を広げて勢いよく羽ばたき、あっという間に青空高くに飛び去ってしまった。
あまりにもさっぱりとした別れだったが、これが本来の彼の姿なのだろう。
寂しい気持ちもあり、二人はその影が見えなくなるまで見送った。
トトララを見送り、そういえばペロージアはと二人が辺りを見渡すが、彼女の姿もいつの間にか消えてしまっていた。
「はぁ、なんだかすごく疲れたな……さぁ、そろそろ中に入ろうヴィオラ。お腹は減っているだろう? 何か一緒に食べよう」
「はい、一緒に」
シオンに差し出された手に自分の手を重ね、ヴィオラはシオンに肩を寄せつつ歩いた。




