42.がんばったね
ヴィオラは気を張っていたが、温かな湯船に身体をつけ一息つくと自分がすごく疲れていることを実感した。
デルフィスに乱暴に掴まれた部分は所々赤くなっていて、それを見るたびにロージーが小さな悲鳴を上げる。
ヴィオラはロージーとシオンに身体の傷を見られて以来、タオルでは隠しはするが、ロージーに風呂場での世話をしてもらうほど、気を許すようになった。
満足げにヴィオラの世話をするロージーに申し訳なさもありつつ、これほどにまで人に尽くすのが好きなのはもはや才能の域ではないかと思えてきていた。
湯船に全身をゆだねると、この数時間に起きた疲労が蒸気とともに飛んでいくようだ。今日は湯船に花びらが浮かんでいて、心地よくほんのりと香る。
「今日のお風呂、とてもいい香りがします」
「はい、花を浮かべてみましたの。ヴィオラ様はこの香りはお好きですか?」
「はい、とても……はぁ……」
ヴィオラが湯船の端に座り、ほっとして上を見上げていると、ロージーの顔が近づいた。
ヴィオラの頭にロージーの額がくっついて、ロージーのバラの香りが近くなる。
「ロージー様?」
ロージーは静かに泣いているようだった。
ヴィオラは驚いて、ロージーの表情を見ようと動こうとしたが、ロージーに頬に手を添えられて動きが止まる。
「ヴィオラ様……怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。こんなに傷だらけになって……これでは、ヴィオラ様の世話役として、失格ですわ……」
「そんな、ロージー様はなにも悪くありませんし、それに、殿下がすぐに助けてくださいました」
「それでも、怖い思いをしたという事実も痛みを感じた事実も変わりませんわ」
「ロージー様」
ヴィオラは、ロージーの頬に添えられた手を握って振り返った。
ロージーの涙は朝露のように頬できらめいている。
「ロージー様やペイアー様、ルコウ様や他の使用人の皆さまが優しくわたしのことを受け入れてくださったこと、わたしにとってとても大きくて大切なことなのですよ。だからこそ心は折れなかったし、だからこそここに帰りたいと強く思えたのです。もうわたしは十分に皆さまに……ロージー様に救われているのです。だから、そんな悲しいことおっしゃらないでください……ありがとうございます、ロージー様」
ヴィオラが感謝の気持ちを込めて、花が咲いたように微笑む。
ロージーは彼女の微笑に不安や悲しみがぱちんとはじけてあっという間に心が軽くなった。
「う、うあああん、ヴィオラ様~これからもずっとお仕えしますから~」
「ふふっ、これからもずっと、よろしくお願いします」
ヴィオラは泣きじゃくるロージーの手を優しく握り続けた。
・
・
・
ヴィオラは風呂から上がった後、怪我は治してもらっていたがあらためてより詳しい検査のため、ペイアーの診察を寝室で受けた。
ペイアーは触診する様子をロージーがじろりと睨むので、ペイアーは終始居心地が悪そうだ。
「なぁ、ロージー、いい加減そんな目で見るなよ。さすがにもうヴィオラちゃんに何もしないから」
「前科者がうるさいわよ」
「ま、まぁまぁ、ロージー様……ペイアー様にはなにもされていませんし」
「ヴィオラ様が許しても、あたしは許しませんわ!」
怒りを込めてペイアーを睨むロージーだったが、本当はその怒りも初めよりもずっと和らいでいることにヴィオラは気づいていた。
「へいへーい……もう、そうしてくれ……にしても、ヴィオラちゃん本当に呪いを解いちゃうなんて、驚いたよ」
「いいえ、わたしは……それに、もっと早く気持ちを伝えていれば、あんなこと……」
ヴィオラの頭に浮かぶのはシオンの身体に剣が突き刺さる瞬間だった。
くっきりと思い出せてしまうその場面は、思い出すたびにヴィオラの心を氷のように冷たくさせる。
「ヴィオラちゃん、さっき殿下の方も診たけど、大丈夫だったし、なんだったら前よりも魔力量も大きく増えて安定もしていて、ずっと良くなっている。心配することはないよ」
「ほ、本当ですか!」
「本当。だから、今はちゃんと自分を褒めてあげなよ。今まであきらめずにいたこと、ちゃんと殿下と向き合ったこと、恐怖に立ち向かったこと、全部大きなことだよ。頑張ったね、ヴィオラちゃん」
ペイアーは心の底から言ってくれているのだろう、普段とは違う優しい微笑みを見せ、ヴィオラの頭をなでた。ヴィオラはあれだけ泣いたというのに、まだ涙が流れてきたことに驚く。
「あぁっ、ヴィオラ様……そうですよ、ヴィオラ様は今までたっくさん頑張ってきましたからね。ちゃんとご自分を褒めてくださいまし!」
「ロージーさまぁ……」
ロージーはペイアーからヴィオラをひったくって、ぎゅっと抱きしめて頭をたくさん撫でる。
ロージーはヴィオラの頭をなでつつペイアーに(気やすく触ってんじゃあないわよ)と言いたげな視線を送っていて、ペイアーはおとなしく引き下がった。
「じゃあロージー、肌の赤みには薬を定期的に塗ってあげて、久々の王都かぁ、これから忙しくなるな」
「あんたの忙しいはいつも不純だけど、今回は本当にそうよね。でも今回の忙しいは大歓迎だわ」
「?」
ヴィオラが首をかしげているとロージーが優しく答える。
「呪いが解けましたので、これからみんなで王都に戻るのですよ。それに、殿下のご生誕祭兼ヴィオラ様との結婚式に向けて準備をしっかりとしないと!」
確かに自分の言い出したことなのだが、実際に口にだされると実感がやっと湧いてくる。自分たち以外の他の人たちも働かなければならないことを考えるとこれからするのは王族との結婚なのだと心が重くなる。
それが顔に出ていたのだろう、ロージーが元気づけるように明るく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。あたしたちがお支えしますからね、一緒に準備していきましょう。ふ、ふふふ、腕がなりますわ!」
「よ、よろしくお願いいたします」
ヴィオラはロージーに気おされつつも、めらめらと瞳の燃えるロージーを頼もしくも思った。




