37.夜明け
教会の外に出ると遠くの空がうっすらと白み始めてきた。
外の風が頬をなでるのを感じると、やっとヴィオラは緊張からほどかれて肩から力が抜けて、自分を横抱きにしているシオンに体重を預けた。
「終わったのでしょうか、何もかも……」
「あいつがこれ以上なにかできるとは思えないし、したとしても僕が必ず君を守るよ、ヴィオラ」
シオンがヴィオラに穏やかに微笑みかける。
ヴィオラは見慣れないシオンの顔が近くて、なんだか顔が熱くなった。
「あ、ありがとうございました、殿下。助けに来てくださって……」
「殿下だと……?」
「へ?」
「先ほどは名前で僕を呼んでいたではないか?」
シオンが腕をぎゅっと引き寄せると、ただでさえ近いシオンとの距離がより縮まる。
シオンは捨てられた子犬のような瞳でヴィオラのことを見つめるので、ヴィオラの胸の奥がきゅんと苦しくなる。
呪いの解けた彼の顔は使用人の人たちから聞いた話だとおそらく相当綺麗な人なのだろうとは想像してはいたが、実際目の前にすると想像以上だったので、ヴィオラは大変困惑していた。
(呪いが解けたのは喜ばしいことだけど、今の殿下の姿に慣れるのかな……?)
「あの時は、その、必死だったので……」
「必死にならねばもう呼んでくれぬのか……!?」
「そういうわけでは、ただ、その、まだ慣れなくて……いろいろと……」
「むっ、そうか……呼び方もこの姿もヴィオラには初めてか……どうだ?」
「どう、とは?」
「僕の顔は好きか?」
「はえ!?……えぇ……と」
ヴィオラの顔が真っ赤になり、もじもじとするが今は逃げ場がないので顔をそむけるので精いっぱいだった。
シオンは答えを聞くまで、折れないつもりのようだ。
「……す、好きです」
「うむ、好きか! そうか! ふふ、この顔で初めて得をしたぞ」
シオンが嬉しそうに実に満足そうに無邪気に笑う。
その笑顔をみてしまうと、素直になることも悪いことではないと思った。
「殿下、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。とても痛かったでしょう、本当にごめんなさい」
「ふむ、痛みなど君を抱き締めた時に忘れてしまったが……このままではヴィオラにとって怖い思い出ばかりになってしまうな……そうだ、最高の思い出にする方法を思いついたぞ!」
「最高の思い出にする方法、ですか?」
「うむ、君に口づけすることを許してくれるなら、最高の思い出になる、お互いにな!」
「えぇ!? そんな無理やりな……」
「駄目か?」
「あぁ、もう、またその顔…………だめじゃないです」
心臓の鼓動が耳元でしているかのようにうるさい。彼の瞳にまっすぐ見つめられると、胸を射抜かれたように感じる。
彼の顔が近づくと、きゅっとヴィオラは目をつむった。
シオンはふっと笑って、愛おし気にヴィオラの唇と自分の唇を重ねた。
唇が離れると額をくっつけあう。
「もう一回」
シオンがそう言って、再びヴィオラに唇を重ねる。
「もう、いっかい」と言ってまた重ね、「足りない」と言ってまた何度も重ねあう。
ヴィオラはシオンと距離がなくなる度に、頭がぼんやりしていく。
ずっと探し続けてきた幸せな温かさで心が満たされていくようだ。
しかし……。
「あー! チューしてるっ! ヴィオラねえちゃんが知らない奴とチューしてるっ!!」
「おわっ!? えぇ!? ラック君!?」
大声でラックが騒いでヴィオラとシオンを指さしている。
ヴィオラは慌ててシオンの腕から降り、シオンは明らかに(邪魔したな……)と言いたげにラックを睨んだが、お互いにヴィオラを守るために動いた者として寛大になることにした。
「ラック君、この方は殿下よ。呪いが解けて元のお姿に戻られたの」
「このにいちゃんが? でも確かに角は殿下っぽいけど……」
「うむ、そうだ。これが本来の僕の姿だぞ! どうだ、格好良いだろう?」
「えー、前の方がおっきくてかっこよかった」
「なっ、この口の減らないガキめ……」
「ふ、ふふ、ラック君は前の殿下の方が好きなのね」
「納得いかん……」
シオンがむすっとしてそっぽをむく姿がヴィオラは微笑ましく思えた。
「ラック君も助けに来てくれたのね、ありがとう」
「べっ、別に……オレ、結局何もできなかったし……」
「来てくれたことがまず嬉しいの、本当にありがとう」
自分の無力さにふてくされていたラックだったが、ヴィオラが真摯にお礼を述べる姿に頬を赤くして俯いてしまった。
「でも、そろそろお城に戻らないと……きっと皆さま心配されていますし、それにこの世界にいると殿下のお身体が辛いと……デルフィスからききましたから」
「……奴かそんなことを? うむ、確かに多少、身体が重く息苦しく感じるが……」
「あぁ、でも、しまったわ……城に帰ることが当たり前のように考えていましたけれど、霧が出ないことには帰れないのでした……」
「これから城に戻るのは、おそらくなんとかなる。その前に、僕がヴィオラの住んでいた場所にきたら、やりたかったことがあるんだ」
「やりたいこと、ですか?」
「とても疲れているとは思うのだが、付き合ってくれると嬉しい。ここにいつ来られるかわからないからな」
「いえそんな、もちろん一緒に……」
町の人たちが起きる前にラックを家に戻し、改めてお礼と悲しかったが別れを告げた。
こんなシオンにとってゆかりのない場所になんの用があるのだろうと疑問に思っていたヴィオラだったが、行先を聞いて心が嬉しくもあり、切なくもなった。
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シオンが行きたいと言っていたのはヴィオラの母の墓だった。
あまり豪華にすることを好まなかった人だったが、町の人たちに愛されていたので、共同墓地に美しい彫刻が彫られた墓石が作られた。
ヴィオラがいたころは彼女が墓の手入れをしていて綺麗に保たれていたが、さすがに今は汚れてしまっているのではないかと思ったが意外なことに墓は綺麗にされていて、花が添えられていた。
「お墓がきれいなまま……これ、お母さまが好きなお花……」
ヴィオラの頭に父の姿が浮かんだ。
シオンの手のあたりがきらきらと輝くと、白い綺麗な花が現れた。
「こんな魔法もあるのですね。きれい……」
「ヴィオラ、花を供えてもいいか?」
「はい、ここに……」
シオンが静かに墓石に花を供えると、目を閉じて祈る。
その隣でヴィオラも静かに目を閉じて祈った。
「…………ありがとう、ヴィオラの母君に挨拶がしたかったのだ」
「こちらこそ、ありがとうございます。わたしも殿下のことお母さまに伝えることができて嬉しいです」
ヴィオラの微笑には切なさが残るもののそこには悲哀のような負の感情はみられない。
シオンも優しく微笑み返して、自然とヴィオラの額に口づけた。
シオンがあまりにも自然に口づけをするので、ヴィオラは恥ずかしさで顔が赤くなる。
「あっ、あぁ、もう……」
「なんだ駄目か?」
「だめ、じゃないですが………その、恥ずかしくて」
「ふむ……これでも抑えているのだが……だが、せっかくこの姿に戻ったというのに我慢というのも……うーむ……」
「え? 抑えて?」
「もう一か所行きたい場所がある。案内してくれるか?」
「へ……あ、はい」
ヴィオラは何か聞き逃してはいけないことを言われた気がしたのだが、頭が困惑して理解しきれないうちに次の話題に移ってしまい、聞くタイミングを逃した。




