35.新しい道
シオンが呪術に囚われ、身体が床に押さえつけられて身動きがとれずにいるとき、必死に抗って頭を動かし何とか視界にヴィオラを捉えることができた。
ひどいありさまだった。
彼女は地面にはいつくばって必死に自分のもとに来ようとしてくれていた。
ただ、床を手で引き寄せ、ひっかいたために、彼女の細い指先が血で赤くにじんでいた。スミレ色の瞳は普段より大きく見開かれて、シオンの姿をその瞳に焼き付けようとしているようだ。
(僕はひどい人だ……こんなに彼女が僕を想ってくれていることに……嬉しいと思ってしまう……)
「シオンっ……!」
彼女が初めて自分の名前を叫んだ。
心の奥底からの声だ。
何故だろう、自分の名前はこの時のために付けられたものなのだと錯覚してしまう。
彼女の声に身体のすべてが集中して、毛が逆立つ。
「わたしもあなたのことを愛し……」
ずっと求め続けてきた言葉を聞く途中で、背中から奥深く胸の奥にまで焼けるような激痛が身体を貫いた。
傷の部分は酷く熱いというのに、血が流れていく分だけ身体から熱を失い、氷のように冷たくなっていく。
彼女の姿がぼやけていく、耳鳴りがして、彼女の叫び声が遠のいていく。
(ヴィオラ……ごめん、君を守れなくて……ひとりにして……ごめん……)
カラン
不思議な乾いた音がくっきりと聞こえた。
気が付くと辺りは先ほどまでいたはずの教会ではなくどこか深い霧の中にいつの間にかいた。
身体は軽く、すんなりと起き上がられた。
顔を上げた先にランタンが浮かんでいて、優しい明かりを灯している。
「ここは……? ヴィオラ? ヴィオラはどこだ!?」
「ここは狭間の世界、あなたは今意識だけがここに来てしまったのだよ」
「え……? いや、その声聞いたことがあるぞ」
小さなランタンの周りに影が現れ、そしてその姿は次第にくっきりする。
時々城に現れてはじゃれて遊ぶ妖精のペーロだった。
「ペーロ!?」
「ぱふっ! ふ、ふふふふ……」
もさもさの毛のペーロの姿が再び影となり、大きく膨れ上がり、形を変えて再び別の姿に変わる。
長い夜のベールをかぶったような黒髪に、星のようにほんのりときらめく肌に、優しく慈悲深い笑みを浮かべる美しい人だった。
「お、お前はあの時僕たちに呪いをかけた妖精!」
「ふふ、久しぶり……というのはおかしなはなしだな。ボクはずっとあなたの傍にいたのだからね」
「よくもぬけぬけと……いや、今はそんなことどうでもいい! 僕はヴィオラを助けないといけないんだ! 頼む、どうしたら彼女のもとに行ける!?」
「その前に、あなたの呪いを解こう。力も返すよ。そうすれば、あの子を救えるだろうからね」
「……呪いが解けるのか?」
シオンが間の抜けた顔をすると妖精は穏やかに、にこりと微笑み返す。
「本当は、もっと早く呪いは解けていたのに、邪魔がはいってね……呪いを複雑にされて、こうやってボクが直接解かないといけなくなってしまった。でも、ふふ、安心したよ。あなたは優しさを、慈悲を、相手に向き合うことを学び、唯一の人を見つけた」
「……僕たちにどうしてあんな呪いをかけたのかだとか、どうして今さら呪いを解くというのかだとか、聞きたいことはたくさんあるが、今はいい。本当に彼女を救えるならなんだっていい!」
「そうか……それでは、行くといい! それがあなたの新しい道、その道をあなたが進むことがボクたちの望みだったからね」
シオンの意識が薄れていく。
「あなたとヴィオラと一緒に遊ぶのは楽しかったよ」




