32.導く光
ヴィオラがいなくなった城は異様なほど静かだった。
城の廊下にはぱたりと倒れた使用人たちが静かに寝息を立てている。
その静かな城にぱたぱたとせわしなく走る足音が一人分だけ響いている。
「はぁっ、はぁっ……誰か! 誰か!! どうして、みんな眠っているんだ!?」
ヴィオラの父ナルキはデルフィスにヴィオラを連れ去られてから意を決して怪物の城へと馬をとばして向かった。
ナルキは理解していなかったが幸いなことに霧が出ていて、馬も道を憶えてくれていたようでまっすぐ城へと来ることができた。
城に着いたはいいものの、城の使用人たちは不自然に眠ってしまっていて、いくらゆすっても起きる様子がなかった。
「だっ、誰か! 頼む! ヴィオラを助けてくれ! あれは……ラック!?」
廊下の先にぼーっと立っている少年ラックの姿が見えた。
明らかに様子がおかしく、声をかけても反応が返ってこないので強く揺さぶって、頬を軽くたたいた。
よく見るとヴィオラがつけていたネックレスの石と同じものが付いたブレスレットが手首についていた。
(た、たしか同じようなものをヴィオラがつけていて、デルフィス君が破壊したことでヴィオラの様子が変わった)
一か八か、ラックからブレスレットを取り、思い切り足で踏みつけると石はあっけなく砕け散り、ラックの瞳に生気が戻ってきた。
「ラック! しっかりしろ!」
「あれ? ヴィオラねえちゃんの父ちゃんなんでここに? 病気で寝込んでいるんじゃ?」
「そんなことよりも、ここの城の主人はどこにいるかわかるか? ヴィオラが……デルフィスく……デルフィスに無理やり結婚させられようとしているんだ!」
「ねえちゃんが!? わかった、こっち!」
ラックに連れられて、王子のいる部屋へと向かった。
・
・
・
王子たちはヴィオラが城を抜け出す間、呪術によって深い眠りに無理やり落とされていた。
その原因はラックで、城に送り込まれたラックにはデルフィスに味方するあの怪しげな老婆によって城の人々を眠らせるように呪術をかけられていた。
しかし今、ラックの呪術が解かれたことで少しずつ城の人々が目覚め始めていた。
「………………ヴィオラ!?」
王子が嫌な胸の重たさとともに、ハッと目が覚めた。
嫌な予感がして、ヴィオラが眠っている寝室を見ると、不自然に扉が開いたままだ。寝室を急いで確認するがどこにもヴィオラの姿がない。
「ヴィオラ? どこだっ!? どこに!? うああああああ!!!」
王子の不安は怒りに近づき荒々しく家具を引き裂くがヴィオラが出てくるはずはなかった。
王子が廊下に飛び出た時にラックとどこか見覚えのある初老の男性と鉢合わせた。
ただ、今現在ヴィオラがいないことに不安と怒りで殺気立っている王子の姿は荒れ狂う怪物そのもので、仲良くなったはずのラックも怯えて「ひっ……」という悲鳴を上げた。
しかし、それにかまっていられるほどの余裕がない王子がヴィオラを探しに行こうとしたときに、初老の男性が立ちはだかった。
「ま、待ってください!」
「どけ! 今お前にかまっている暇はない!! 死にたくなければどけ!」
「私をどうしていただいてもかまいません! その代わりに、私の願いを……私の娘を、ヴィオラをどうか、助けていただけませんか……」
枯れ枝のようなこの男がヴィオラの父であることが、目の前でじっと観察してやっとわかった。
「お前、彼女の父親か?」
「は、はい……」
ナルキは、頭を下げ、枯れ枝のような腕を伸ばし、祈るように手を組む。
王子は何度か頭の中で考えたことがあった。
ヴィオラの父や継母や義理の姉にあったら、彼女を苦しめた分、その報いを受けさせてやろうと。
しかし今懇願するヴィオラの父を前にして、胸の内の燃え滾る憎しみとは反対に王子の頭はひんやりと冷たく冷静になった。
(この男は父とは言うが、ヴィオラを悩ませ続け、苦しめ続けてきた存在だ……だが、ここで僕が責め立てるより、今は彼女を救うことが先決だ)
「彼女はどこにいる? 無事なのか?」
「!……あの子は、デルフィスに攫われ教会に連れていかれました。私はあの男が娘を幸せにしてくれるものだと思っておりましたが、それは大きな間違いでした……どうか、あの子をお救いください……」
「あの男っ……! 教会だな、わかった!」
「オ、オレもいっしょに行くよ。殿下じゃ教会の場所わからないでしょ?」
「わかった、頼む」
怯えていたはずのラックの瞳にはもう怯えは消えていて、王子の前に一歩踏み出した。王子はラックを背中に乗せて風を切る速さで城を駆け抜け、庭園を抜け森の前に出るが肝心の霧が出ていない。
「くそっ! こんな時に!」
「なに? どうしたの?」
「霧が出ていないと、人間の世界にはいけないんだ……」
「えっ!? じゃあ、どうしたら……王子、あれ、あれ見て!」
森の中に揺らめく小さな明かりが見える。
その明かりはゆらゆら揺れては止まり、王子とラックを待っているようだった。
「僕たちを導いてくれるのか? 追ってみよう……!」
何か不思議な確信が王子を前へと進めた。
暗い森の中を小さな明かりを頼りに進んでいく。明かりを追っていると、急に視界が広がり、見たことのない場所に出た。遠くの丘の上に教会が見える。
「王子すごいよ! あれが町教会のだよ! いつの間にか教会まで来ちゃった!」
「あの光は……今は考えている暇はない、行くぞ!」
王子はヴィオラのことを一心に思い、足をひたすらに動かした。




