29.わたしのいたい場所
「殿下―! すごい! はやい!」
「ふん! そうだろう、跳ぶからつかまれよ」
「おわっ!? きゃはは!」
湖のピクニックから帰ってきたヴィオラと王子とラックは談話室で休むことにした。
ヴィオラにずっとべったりだったラックを見て王子がラックに突っかかっていたのだが、いつの間にか二人は仲良くなり、今は王子がラックを背中に乗せてやる仲にまでなっている。
気持ちの沈んでいたヴィオラは微笑ましい二人の姿を見ていると、少しだけ心が和らぐ。
(よかった、ラック君の殿下への誤解は解けたみたい。お父さまのこと、まさか殿下もいっしょに行くと言い出すだなんて……でも、どうしよう、とてもうれしい)
父が病に侵されていると聞いたとき、父とはもう別れを告げた仲であり、自分を死んだものと思ってもらう方が父にとって良いことであり、自分はすでに父には必要のない存在だと思っていたが、父が病床で自分の名前を呼んでいると言われたとき心がひどく揺らいだ。
母が亡くなる前の父のことをヴィオラは深く愛していたし、再婚をした後でも、自分のことを見てくれなくなった今でも、それでも父のことを完全に見放すことができなかった。
(結局わたしは、お父さまのことを憎むことができない……せめてもう一度だけでもお会いしたい……けれど、いつ次に霧が出てくるかもわからないし、待つことしかできない……それに、デルフィスのことも、まさか逃げだしているなんて……)
父に会うことを決めた時、王子はその決断に応えるように深く頷いて、「僕もいっしょに行く」と言い出した。
王子の提案を嬉しく思ったがそのようなことを『王子』にさせてしまってよいのかと、不安が心に横たわる。
しかし、王子の覚悟は揺るがないようで、最後にはヴィオラは迷いつつも「お願いします」と頷いた。
「ほっほっほ、殿下にお友達ができたようですな」
「ルコウ様!?」
いつの間にか蝋の妖精であるルコウが朗らかに笑って隣に現れた。
「聞きましたよ、お父上が病に伏せられていると……」
「……はい」
「殿下も行くそうですな」
「はい、ですがよいのでしょうか……殿下に、こんなこと……」
「ほっほっほ、殿下がお決めになったことです。ワシに止めることはできませぬ。それこそ、大切な方のためならなおさらです」
「大切な……」
ヴィオラはルコウの言う王子の『大切な人』が自分なのだと気づくと、むずがゆい感覚がして落ち着かない。
「次に霧が出るのがいつか、ワシらにもわかりません。やきもきするでしょうが、どうかお気を確かにもっていてください」
「はい、ありがとうございます、ルコウ様」
ルコウは王子に用があったようで、王子とともに談話室からヴィオラとラックを置いて出て行ってしまった。
ラックが満足げな満面の笑みでヴィオラに駆け寄る。
「ヴィオラねえちゃん! 殿下ってすっげーね! 背中に乗るとめっちゃ高い! それに、あのでっけー角もかっけー!」
「ラック君は殿下とお友達になれたのね、初めは怖がっていたのに、よかったわ」
「べ、別に怖がってないし!」
「ふふ、そっか、確かにラック君は一人でここに来たし、勇敢だものね」
「……ねえちゃん、もうあの町には本当に戻ってこないの? オレの父ちゃんも母ちゃんも町のみんなも、急にいなくなって、ヴィオラねえちゃんのこと心配してたんだよ……」
「…………そう、なんだ……でも、わたし、お父さまのことは気になるけれど、町に戻ってまた暮らそうとは思えないの」
「あ、あのおばさんとマデルのことが嫌なら、オレん家で暮らせばいいじゃん! 広くはないけど……でも、父ちゃんも母ちゃんも許してくれるよ! デルフィスが嫌なら、オレが父ちゃんにいってデルフィスなんて近寄らせないようにするから! ほら、オレの父ちゃんの顔ってめっちゃ怖いだろ? デルフィスだって……」
「ううん、そんなことできないわ……デルフィスは貴族だもの、おじさまやおばさまがどうこうできることではなかったの。それに、なにより……わたしね、ここが好きなの。このお城に住む使用人の方たちも……殿下のことも………だから、わたしはわたしの意思でここにいたいと思うの」
「ねえちゃん……わかった、ねえちゃんはこっちの方が幸せなんだね……」
ヴィオラは眉が八の字になりつつも、微笑んでこくりと頷いた。
ラックは泣きそうな顔をしたが、赤くなった鼻をすすって頷いた。
ヴィオラは「わかってくれてありがとう」と言ってラックを優しく抱きしめた。
「そうだ、ねえちゃんこれあげる」
「これは?」
「お守り!」
「とても綺麗、ありがとう、大切にするわね」
ラックが鞄から取り出したのは綺麗な緑色の石がついたネックレスだった。
その石を見ているとなんだか不思議な気持ちになる。
ヴィオラはネックレスを首にかけて、にこりと微笑んだ。
殿下、子供とは仲良くなれるのだ( ..)φメモメモ




