125.また会えますように
ヴィオラとシオンの結婚式は言ってしまえば国のお祭りと同義で、それは1週間にも及ぶ大行事となった。城下町はまだ祭りの熱を冷めきっていないものの落ち着きを取り戻しつつある。
王城のある一室のバルコニーで、満足感のある疲れと幸福に心を満たされている二人が寄り添い夜の星空を見上げていた。
「終わってしまいましたね、わたしたちの結婚式」
「皆楽しんでくれたようでよかった。ルコウなど大泣きして大変だったな」
「ふふ、蝋がいっぱい広がってしまって、蝋の湖ができそうでしたね。そういえば、あの……ペイアー様って殿下のご親戚だったのですね。参列者名簿を見た時は驚きました」
「あぁ、当たり前すぎてすっかり忘れていた。ペイアーとは曾祖父母が同じでそれで幼いころからよく遊んでいたのだ……はとこ、というのかな」
「ふふふ、わたし殿下と皆様とお会いすることができて本当に幸せです。たくさん家族が増えていきますから……ルコウ伯父さまに、そう、フランメ様から、フランメお従兄さまとお呼びしてもよいと許可をいただきました!」
「なっ……フランメ、いつのまに……(これ以上ヴィオラに悪影響を与えないだろうな……)」
「ふふ、ここに来てからまだそれほど経っていないのに、なんだかたくさんの出来事がありすぎて、何年も過ごしたように感じます……」
大きな苦難を乗り越えた二人は、夜空の下で寄り添い小さな幸せをかみしめあう。
空気が澄んでいるおかげで星空が綺麗に見える。
ただ、頬を撫でる風は冷たさがあり、ヴィオラは少しだけ身体を縮めるとシオンがヴィオラをより自分に引き寄せる。
「そろそろ中に入ろうか?」
「あの、もう少しだけ……お母さまに……お祈りさせてください」
ヴィオラには母のリリィの魂がアリィに囚われて、利用されていたことは話した。
そして、その魂はペロージアの魔道具で解き放たれたことも。
ヴィオラはその話を聞いた時、もう愛する母には会えないのかと寂しそうにしていたが、少しの間だけでも母を感じることができたことは嬉しいとは言っていた。
(まったくアリィめ……ヴィオラをどれだけ傷つければ……ヴィオラがあいつを騎士にすると言いださなければ、もっと痛めつけてやったというのに……)
シオンはアリィへの怒りを思い出して瞳が暗く沈んだが、お祈りが終わったヴィオラがシオンの顔を見上げた時にはその怒りをすぐに隠して、優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。お部屋に……」
「ヴィオラ……さん!」
「?」
シオンの声ではない誰かに呼びかけられたような気がして辺りを見渡す。
シオンも聞こえていたようで、警戒してヴィオラをがっちりと抱き寄せた。
バルコニーの手すり越しに、ヴィオラを誘拐した犯人であるアリィが顔をひょっこり出している。
ここは3階であるのでヴィオラは驚いて、小さく叫び声をあげた。
「アリィ様!? 危ないですよ!」
「これくらい平気、よっと」
アリィはなんてことなく手すりを乗り越えてバルコニーに降り立った。
シオンはアリィが突然現れたことに警戒して、鋭く睨みつけてヴィオラをアリィから遠ざける。
アリィの態度はとてもしおらしく、とても城を混乱に陥れ、誘拐までした罪人には見えないほどだった。
しかし、事実は事実なのでシオンは警戒を解くことはできず、一定の距離をとっている。
「警戒……し、ますよね……」
「お前、どうやってここまで入って来た?」
「ペロージアに城の魔法壁の中まで移動魔法で送ってもらって、あとはお城の兵士たちの目をかいくぐってき、ました……」
「はぁ……警備の見直しが必要だな。それで、なんのようだ。お前の試験はまだ先だぞ」
「えっと、ヴィオラ、さんに……用事があって」
「わたしに?」
ヴィオラはきょとんとして首を傾げた。
アリィと話すためにシオンに下ろしてほしいとお願いしたが断られてしまい、抱きかかえられたまま話をしてもらうことになった。
「それでアリィ様、お話って?」
「あたしがっていうか……あたしの中にいる人」
「それって……」
アリィが目を閉じて細く息を吐く。アリィの姿が光に包まれ、その光が消えた時アリィの姿は全くなく、そこには紺色の長い髪を持つ、背の高いきれいな女性が立っていた。
ゆっくりと女性が目を開くと金色の瞳が見える。
その人を見た瞬間、ヴィオラは息をのんだ。
「お、母さま……」
「……ヴィオラ、あぁ、私の可愛い娘、また、会えた……」
アリィの姿はヴィオラの母、リリィへと変わった。
アリィはリリィの魂を手に入れたことでリリィの姿や魔力を操っていたのだが、魂を引きはがしたことでそれはなくなったかと思われた。
リリィを見て涙を流して手を伸ばすヴィオラをシオンがリリィからより遠のける。
「ヴィオラ! またアリィの罠かもしれない、近づいてはダメだ!」
「あ……」
「そう、よね……本当にアリィがご迷惑をおかけしました。不安なのは当然ですので、そのままで……」
リリィは頭を下げて、できる限りシオンとヴィオラから後ずさって距離をとった。
ヴィオラは誘拐事件のことで周りの人に迷惑をたくさんかけてしまったとわかっているので、抱きしめたい気持ちをぐっとこらえて伸ばす手を引っ込めた。
「お母さま……本当に、お母さまなのですか?」
「えぇ、あの時はアリィに身体を利用されてしまっていたけれど、今はアリィの身体を借りているの……あなたがルルディに身体を貸していた時と同じ状態。どうしても、あなたに会いたくてアリィにお願いしたの……アリィとペロージア姉さんと一緒にあなたたちの結婚式を見たわ。本当に綺麗だった……」
「お母さま……ううぅ……」
ヴィオラの瞳から涙が流れるがリリィから視線を外さないようにしている。
涙には喜びも悲しみも懐かしさもいろいろ混じっている。
「本当にたくさん苦労をさせてしまって、本当にごめんなさい……今回のことも、お父さん……ナルキのことも……」
「そんなことないです……」
「あるわ、大ありよ! まったく、確かにいい人がいたら再婚はしてね、とは言ったけれど、いい人、よ!! なんであんな人を選んだのかしら!? まったくもって……何度、呪い殺そうかと思ったことか……いいえ、殺るべきだった! あの汚らわしい男たちも……くっ、もっと私の意識がはっきりしていれば……口惜しいわ!!」
穏やかであったリリィの顔色が一瞬で変わり、ナルキへの怒りを爆発させて、ゆったりだった口調が一気に荒くなった。
シオンもヴィオラも驚いて、ヴィオラは涙が引っ込んでしまった。
「お、お母さま? あ、あの、お父さまはもう今までのことを顧みて、しっかりと前を向けるようになりましたから……その、呪い殺すのはやめてあげてください……」
「……………………はぁ、わかったわ。ヴィオラは本当に優しい子に育って……あぁ、本当になんて良い子なの」
シオンはヴィオラの聞いていた印象とだいぶ違っていて、「ヴィオラ……君の母君はいつもこのような感じなのか?」と、こっそりヴィオラに耳打ちして「いえ、もっと落ち着いていたような……」と、ヴィオラも困惑していた。
リリィは、落ち着きを取り戻したのか、怒りの形相からもとの穏やかな表情に戻った。
そして、優しい眼差しでヴィオラを見つめる。
「ヴィオラ、本当はもっとあなたと長い時間一緒に過ごしたかった……けれど、あの世界はどんどん私の魔力を削ってしまって、あんな早い別れになってしまった……独りにして、本当にごめんね……」
「お母さま……わたしはお母さまとの思い出があったから、あの屋敷で辛い出来事があってもがんばることができました……一度は、諦めようとしてしまいましたが……シオンや皆さまがわたしの心の支えとなってくださって、今とても幸せです」
ヴィオラは、心の底から幸せだと伝える晴れやかな笑顔をリリィに見せた。
リリィは驚いたような、安心したような、穏やかな微笑を見せる。
「そう、あなたはあなたの居場所を見つけられたのね……シオンさん」
「は、はい……」
「娘をどうかよろしくお願いします……きっと、あなたなら大丈夫……大丈夫でなかったら、ふふ、許さないわ」
「は、はい!」
「もう、お母さま!」
シオンはリリィに半ば脅されるように微笑まれて、ぴしりと姿勢を正した。
ヴィオラは母の物言いに恥ずかしさで頬を赤くしてしまう。
リリィがくすりと笑い、そして、切なげに視線を落とし自身の手を見つめる。
リリィの手がほんの少し蜃気楼の幻のように揺らぎ始めていた。
「さて、まだまだたくさん話したいことは尽きないのだけれど……お別れ、のようね」
「え?」
「さっき言った通り私がここに留まっているのはアリィの身体を借りているから……もともと、1つの身体には一人分の魂しか入らないのよ。一人掛けの椅子に座れるのは一人だけ。二人で座ろうとしてはぎゅうぎゅう詰めになるし、膝に乗せてもらうにも長い時間だと片方を苦しめてしまう……この椅子はアリィのものだから、私はまた立ち上がらないと……」
「また、お別れなのですか……? せっかくまた会えたのに」
「私はずっとあなたを見守っているわ。言葉は伝えられない、抱きしめてもあげられない……でも、ずっと……愛するあなたを見守っているわ」
「お母さま……わたしもずっと、お母さまのことを想っています……」
ヴィオラの瞳に再び涙が蘇る。
シオンもさすがにリリィに敵意はないとわかり、ヴィオラを下ろした。
ヴィオラはシオンにお礼を言って、最後に母の温かさを受け取るため、リリィを抱き締める。
リリィもしっかりとヴィオラを抱き締め返して、頭を優しくなでる。
「お母さま……大好きです……愛しています……」
「私もよ……世界で一番大切な私の娘。私の子供として生まれてきてくれてありがとう……愛しているわ」
リリィはしずくを目から流し、ヴィオラの額に口づけをする。やがて身体は淡い白い光となって消えてしまった。
目の前には母ではなくアリィだけが残った。
「ん……あ、リリィ……行っちゃったんだね……リリィはあなたに会いたくてペロージアの魔道具で魂を引きはがしたのにそれでもしがみついてたんだ……リリィってほんわかしてるけど、芯が強いというか……」
「アリィ様、ありがとうございます、お母さまに会わせてくださって」
「お礼、なんていいよ。リリィもあたしが人間の世界に行ったときに巻き込んじゃった……たくさん利用して……ごめんなさい……」
「……でも、アリィ様のおかげでお母さまとお会いすることができたのは事実です。そうでなければ、こうして再び会うことも、言葉を交わすことも、抱きしめてもらうこともできませんでした……そう思うと、やはりお礼を言いたくなるのです」
アリィはお礼を言われて照れているのか、気まずいのか視線をうろうろさせて一歩、二歩と後ずさった。
まだ罪悪感があるのだろうヴィオラと視線が全く合わない。
「アリィ様……」
「あ、あたし行き、ますね……そろそろ帰んないと、ペロージアになんか言われそうだし……」
「待ってください」
ヴィオラはアリィの手を握って引き留めると、アリィの肩がびくりとする。
「今度、ゆっくりお話ししましょう」
「は、話……って?」
「聞かせてくださいアリィ様のこと、それにお母さまのことも、いろいろたくさん……わたし、あなたに騎士になって欲しいと言いましたが、できれば……お友達にもなってほしいです」
「えっ……しょ、正気!?」
アリィが初めてヴィオラの顔を見るとヴィオラのスミレ色の瞳はきらきらと希望で輝いていて、どうやら本気のようだ。
視界の端に見えるシオンからの視線が痛い。
「あたし、誘拐犯だよ!? 怖い思いをたくさんさせたんだよ!?」
「今のアリィ様は全く怖くありませんし……」
「いや、そういうことじゃ……違う、たぶんあなたってたくさん怖い思いをしてきたせいで感覚がマヒしているんだよ! 絶対おかしいもん! それに、ルルディがあなたからいなくなったとはいえ、もしかしたらあなたの魂を……あ、あれ?」
「どうしました?」
ヴィオラに視線が向いたことでアリィがあることに気づいて、声が漏れた。
アリィの視線はヴィオラの胸辺りを向いていて、ヴィオラは首をかしげる。
「魂の形が違う……確かに前まではルルと同じ形をしていたのに……」
「そう、なのですか?」
「ルルディの魂と似ているけれど、違う。とても綺麗な花、でも少し花びらがかけて、揺れ動いて、色もついてる……魂が変わっている? でも、そんなことは……」
「ふん、ヴィオラの魂が変わったのではなく、そもそもお前がルルディの魂ばかり見て、ヴィオラを見ていなかっただけではないのか?」
シオンがしびれを切らしてヴィオラを抱きかかえてアリィから引き離した。
「ルルディとヴィオラは見かけが似ているだのは知らないが、全く違う。だから魂というのが違うのは当たり前だろう。ルルディがヴィオラの中にいたのだから、ルルディの魂ばかり見て、お前が全くヴィオラのことを見ていなかっただけだろう?」
「……確かに……そう、なのかも……その、通りです」
「殿下、あの下ろしていただいても? まだ、アリィ様とお話ししたいのですが……」
「もう駄目だ……僕は全くこいつを信用などしていない。用が終わったのならさっさと帰れ」
「で、では……最後に一つだけ」
ヴィオラに願われて、シオンはむすっとしながらも少しだけ待ってくれている。
「アリィ様……わたしの魂を欲しいと思いますか?」
「そ、それは……………………わからない……ルルディのとは違う。けれど、あなたの魂もとても綺麗だから……また、欲しいと願ってしまうかもしれない、自分の欲望が抑えられなくなるかもしれない……」
「なるほど……もし、欲しくなってしまったら言ってください」
「えっ、な、何言って……!?」
「そのたびにお断りをします!」
「えっ?」
「アリィ様が自分の気持ちに負けてしまっても、わたしが止めますから、ちゃんとダメと言いますから……だから、人と関係を育むことを怖がらないでください」
「……………………あなたって本当によくわからないね」
アリィは、言葉を置き去りにするようにぽつりとつぶやくと素早くバルコニーの手すりから飛び降りて、夜の闇夜に消えてしまった。
ヴィオラは「また会いましょうねー!」と、闇夜に消えたアリィに向けて再会の言葉をかけた。
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シオンに横抱きにされていたヴィオラはベッドに下ろされた。
母の感触を思い出しているのか、じっと手を見つめてはさすっていた。
シオンは静かにヴィオラを抱き寄せて、寂しさと淡く泡沫のようであった幸福に寄り添い頭をなでる。
そして、ふと、ヴィオラの淡い紫色の髪を手で梳いた時にあることに気が付いた。
「おや、ヴィオラ、ここの髪の毛の束だけ色が違うぞ」
「え?」
「ほら、ここ」
そういってシオンが見せた一つまみほどの髪の束は不思議なことに紺色をしていた。
その色を見て思い出すのは母のことだった。
「お母さまと同じ……」
ヴィオラは胸の奥底からくる喜びに思わず微笑みながら涙を流した。
ナルキの不眠症はもしや…




