123.さようなら、大切な人
あたりは真っ暗で、誰かがすすり泣く声が聞こえる。
(誰……泣いているのは、誰……?)
必死に声の主を探すが、一向に見つからない。
探しても、探しても、闇しか見えてこない。
(誰が泣いているの?)
「どうして探すの?」
はっきりと聞こえた。
自分の声だ。
(どうして? だって誰かが泣いているから……)
「関係ないじゃない。それよりも自分のことを考えたら?」
(自分のこと?)
「そっか、惨めだから、考えたくないんだよね? 魔法も使えない、誰かに助けてもらわないと生きていけない、無力で惨めな自分……他人をすり減らして、利用して……」
(……)
「だから、泣いている人を自分の代わりに慰めて、満足したいんだ。認めてあげなよ。惨めな自分、他人を利用する汚らわしい自分……」
(……うん、そうなのかも。その通りです)
「え?」
(きっとわたしは誰かに頼ったり、助けたくなったり……それを繰り返しています。それで怖い目にあったり、誰かを傷つけたり……本当にきりがないくらい)
「なら、わかるでしょう? じっとしていたほうが……」
(でも、それがわたしなのです。それがわたしの生き方です。良いのか悪いのか、まだわかりませんが……泣いている人がいたら勝手に身体が動いてしまう。だから……)
ヴィオラが後ろを向いて、しゃがむ。
手を伸ばすとほんのりと温かな誰かの身体に触れた。
「だから、あなたのことも見過ごせません、ルルディ様」
『……ぐす……ヴィオラ、どうして……?』
「わたしの中で泣いていた人……あなただったのですね」
ルルディに触れていると少しずつ彼女の輪郭が見えてくる。
彼女の暗い瞳からはしずくがとめどなく流れている。
「あなたが見せてくださった幸せな夢の中は、本当に心地が良くて、あなたの愛情を感じました、ペロージア様やルコウ様、リリィお母さまにレウス様……そして、アリィ様への……あなたはアリィ様を殺すだなんて望んでいない。わたしはそう感じます」
『でもっ、わたし……わたしっ、あの子のことを赦すことができない! レウスさんを奪って無茶苦茶にしたあの子を! でも……愛しているの……あれだけ酷いことをしたというのに、愛してもいるの……大好きなの……こんなの変よ……』
泣きじゃくるルルディをヴィオラが優しくだが、きつくしっかりと抱きしめた。
「全く変じゃありません。憎い気持ちも愛する気持ちも、両立することだってありますよ。だから、ルルディ様はアリィ様を赦さなくてもいいし、愛してもいいのです」
『なにそれ……いいのかな、そんなこと……』
「いいですよ。だって、あなたの心はあなただけのものです。誰かに押し付けらるものではありませんし、心の中くらい好きにしましょう。えと、自分のことで話すのもなんですが、わたし、お父さまのこと憎いという気持ちもありますが、やっぱり愛してもいるのです……先駆者はここにいますので、怖がらなくて大丈夫ですよ」
『………………本当に、あなたって変わった人……憎しみも愛も両立する、か……でも、もしあの子がまた過ちを犯してしまったら? あの子はきっとあなたの魂を……』
「その時は、その時です。きっちりお断りします。何十回でも何百回でもどんとこいです」
『………………ふ、ふふ………そっか、あなたの恋人の言う通り、あなたは強い人だったのね』
泣き止んだルルディは、そっとヴィオラから離れた。
彼女は少しだけ微笑んで、ヴィオラの手を握っていた。
『………ありがとう、ヴィオラ』
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「ヴィオラ! ヴィオラ、目を覚ましてくれ……」
「ルル、ルルディ!」
ぐったりと倒れるヴィオラの身体をシオンが支え必死に呼びかける。
すると、ふとヴィオラの胸から小さな光が浮き出て、それはふわふわと飛んでいく。
アリィがその光を視線で追っていく。
「ルル、なの……?」
光はかつてのルルディの姿となった。
光でできた身体でも、瞳が黒く濁っているのがわかる。
アリィはルルディを見つめて、罪の意識と悲しみで涙があふれてしまった。
「ルルディ……あたし……ごめん、本当にごめんなさい、あなたの全部めちゃくちゃにして、壊して、ごめんなさい……」
『………………赦さない、だから、これからも、苦しんで…………』
アリィはルルディの言葉を重たく受け止めて、顔を俯く。
しかし、頬に温かな感触がして顔を上げると、いつの日か見たきれいな瞳のルルディが優しく微笑んでいた。
『…………これからも、苦しんで、悲しんで、怒って、たくさん笑って、たくさん幸せになって、精一杯生きて……アリィ』
「ルル……」
『大好きよ……ばいばい……大切なわたしのアリィ』
ルルディはアリィからそっと離れる。
まだ大量の水蒸気で霧に包まれたように視界の悪い中、霧と涙でルルディの身体がぼやけていく。
「…………ばいばい……世界で一番大切なあたしのルルディ」
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ルルディはこれから独りで消滅する運命を受け入れて、どこを目指すわけでもなく歩いていた。
『わたし、これから消滅して……独りで……』
『……ル!』
『大丈夫、怖くない。覚悟していたから……』
『ルル! 探したぞ!』
『え……?』
いつの間にか、レウスが隣に立っていて、ルルディを見つけるとがっちりと腰を掴んで持ち上げ、ぐるぐると回った。
『あははは! やっと会えた! もう、ずいぶんと探したぞ!』
『レウス、さん? 本当にレウスさん?』
『うむ、僕だぞ! うむうむ、そうだ、僕はレウスだ! すっかり忘れていた……』
『あ、レウスさん、うああああん、レウスさん……』
『そんな泣くな泣くな……いや、泣くか、寂しい思いをさせてしまったな』
『レウスさん……もう、会えないって……うあああん!』
『大丈夫、これからは一緒だ、離したりはしないからな』
『はい、はいっ!』
光るきれいな人影が少しずつ薄れていく。
『レウスさんずっとあなたに伝えたかったことがあるんです』
『ん? なんだ?』
『わたしの本当の名前……ルルディというのです』
『そうか、ルルディ……うむ、可愛い君にぴったりの名だ』
二人分のきれいな光は、霧が晴れるとともに姿が消えてしまった。




