119.決戦前
シオンたちが妖精界に出ると、前に出た草原のようだったのだが、前と違うのは大きな魔道具の装置が設置されているということだった。
地面には金属でできた配線が埋められていて、それが中央の、人がすっぽり入れるほど大きな鳥かごのような形をした牢に向かって伸びている。
この魔道具の配線の先に台座に設置された操作盤があり、ペロージアががちゃがちゃと台座の中の配線をいじっていた。
シオンたちに気づき、ペロージアは少しむすっとした顔をする。
「よくもまぁボクの前に顔をだす勇気があったな。もうヴィオラとは会えたのだから、ボクはあなたたちには用なしだろう?」
「ペロージア、別に僕たちはお前と対立するつもりはない。偶然ではあるが、お前の依頼をこなすうちにこうして彼女に会えた。だからせめて手に入れたインプンドゥルの羽くらいはくれてやる」
「くふふ、それはどうも」
「それと、お前に会いたがっている人もいるぞ」
魔道具の調整に集中していたペロージアの視線がシオンの方に向く。
シオンが横に退くとインプンドゥルの羽をもったルルディがペロージアを見つめる。
『……ペロージアお姉さま』
ペロージアはルルディに気が付くとすくっと立ち上がり、ルルディを見つめる。
しばらく沈黙が続いたが、ペロージアがゆっくりとルルディのもとへ歩き出し、そしていつの間にか走り出して勢いよくルルディを抱き締めた。
『ペロージアお姉さま……ごめんなさい、寂しい思いをさせてしまって、お姉さまとずっと一緒にいるって言ったのに……ごめんなさい』
「いい……もう、いいんだよ…………あぁ、ルル……ボクの大切な妹……」
ルルディを抱き締めるペロージアの目から涙が流れていた。
そんなペロージアの頭をルルディは優しく、愛おし気にゆっくりなでる。
少し落ち着いた頃、ペロージアはルルディから離れ、ゆっくりと身体を観察する。
「やっぱり、ルルはヴィオラの中にいたのだね……」
『はい、ずっと眠っていましたが……あの子に……魂に触れられそうになったことで目が完全に覚めました』
「そう……か……なら、身体はヴィオラに返してあげて。大丈夫、ルルの身体は別に用意してあげる。そのための研究だってしてきたんだ。今作っている魔道具はアリィを元に戻すためのものなんだ。だから、ルルとアリィとボクでまた一緒に暮らそう」
ペロージアは微笑んだが、ルルディはゆっくりと首を横に振る。
『………ペロージアお姉さま、それはできないのです。わたしの魂は擦り切れていて、ヴィオラの中にいてやっと意識が保てているくらいなのです。おそらく、ヴィオラの外に出てしまえば今度こそ消滅します……』
「…………………ボクが何とかする、あれから魂の研究を続けてきた。時間さえかければ解決法が見つかる」
『残念ながら、それほど時間は残されていません……たとえヴィオラの中にいても、あと1日ももたないと思います』
「お前、消えてしまうのか?」
二人を見守っていたシオンが寂しそうにつぶやいた。
ルルディは狼狽えている様子もなく、静かに頷いた。
『はい、わたしが消えれば、ヴィオラはわたしにこうやって身体を乗っ取られることもないですから、安心してください』
「……ヴィオラのことはもちろん大切だ。けれど、だからといってお前に消えてほしいと願っているわけではない。ルコウにとってもフランメにとってもお前は大切な人だろう?」
『もう、どうにかできることではありません……』
「ペロージア、どうにかならないのか?」
「……………………魂の研究はあの日からずっとしてきた。それでもわからないことの方が多い。時間が圧倒的に足りない……」
ペロージアは眉間に皺をよせ、額から冷や汗が伝う。
シオンたちよりもずっと長く生きて、研究を続けてきた彼女でさえ解決方法を見いだせないでいることが、この運命が決められたものであると突きつけられているようだった。
ルルディがペロージアの手を優しく持ち、持っていたインプンドゥルの羽を握らせる。
『もう、わたしは十分に生きました……だから、せめて最後にあの子のことを見送らせてください』
「……………………わかった」
ペロージアはルルディからインプンドゥルの羽を受け取ると、シオンの前に立つ。
「これで材料がそろった。本当に助かったよ、ラナンの子」
「? あと一つあるはずだが………」
「あぁ、目の前にある」
ペロージアが人差し指をシオンの頭に生える角に向かって向けるとシオンの立派な角の片方がバキリと音をたてて折れてしまった。
ペロージアがそれを魔法で引き寄せて、満足そうに微笑む。
「ぬああああああああ!? 僕の角! 角がああああ!?」
「最後は竜族の角だ。本当にありがとう」
「キサマ! よくも……よくもぉぉぉ……あ、ああ、格好悪い、魔力が変な感じ……これが生え変わるのにどれくらいかかると……絶対に許さん!!」
さすがにシオンの怒りあっという間に頂点に達し、シオンの髪は業火のごとく燃え上がりペロージアに魔法で攻撃しようとしたが、一瞬でペロージアが生み出した魔封じの鎖でぐるぐる巻きにされてしまった。
ロージーもシオンを攻撃されてすぐに剣を引き抜いてペロージアに向けるが鎖で同じくぐるぐる巻きにされてしまった。
「ぐぬぬぬぬ! ペロージア!! 絶対許さんからな!!」
「くそっこの鎖……ほどけない!」
「ラナンの子も草花族のお嬢さんも大人しくしておいて、ボクは今からとても忙しい。ルコウも邪魔する? 邪魔しないなら手伝って、アリィをおびき寄せる。ルルの時間もない」
「本当に性格の悪いやつめ……! 殿下、申し訳ございません! 必ずあやつには謝らせますから!」
ペロージアは自分のやりたいことを強行するし、ルコウは抵抗が無意味だと長年の経験から知っているので諦めてペロージアの手伝いに向かってしまった。
「ぐぬぬ、ルコウの裏切者……ペイアー、フランメ! これをとってくれ!」
「何よこれ! 力じゃ……壊れないぃ……」
「あーあ、殿下もロージーもぐるぐる巻きですね……あ、駄目だこれ、オレじゃあどうしようもできそうにないです。何重にも魔法式がかかってる……すげぇ」
「ワタシも残念ながら外せそうにないです。ペロージア様の気が済むまで待つしかないですね……」
「諦めるのが早いぞ……ぐぬぬ……」
シオンは憎々し気にペロージアを睨むが、ペロージアは魔道具の調整に集中し始めていて全くこちらのことを見すらしない。
ルルディもペロージアの手伝いに彼女の傍に寄る。
「ルル、操作盤の隣、この器に材料を入れて行って、角は砕いて」
『はい』
「あとは……」
ペロージアは自分の足までつきそうなほどの長い髪をひとつかみにして、肩の高さまでバッサリとためらいなく切ってしまった。
それを見て、ルコウもルルディも驚く。大妖精の髪には魔力が宿っており、魔力は大妖精にとっては命そのものであり、これほど一度に髪の毛を切ってしまえば痛みを伴う。
ペロージアの口から大妖精特有の金色の血が流れていて、ペロージアは服の裾で拭った。
「ペロージア! 無茶はするでないぞ……」
「これくらいは平気……それに無茶くらいはする。アリィのためなら……なんでもする」
『……ペロージアお姉さま』
「ルル、これも器に入れて」
魔道具の操作盤の台座の隣にある不思議な青く光る水で満たされた壺に、ルルディは言われた通りにペロージアの髪を入れていく。
「よし、試運転する……ムシ、来い」
ペロージアが指をくいとまげて呼びかけると、草原に並ぶ家の一つから即座にダチュラが走って来た。その後ろには様子を見に来たトトララもいる。
「はいっペロージア様! ダチュラめが参りました……なっこいつ! アリィ様を滅ぼそうとして不届き者!!」
「あれ? ヴィオラちゃんじゃーん! 元気そうでよかったぁ……ってか、殿下たちもいるじゃーん、やっほー! おほ、縛りプレイの最中?」
騒がしい二人にかまっている場合ではなく、ペロージアは「さっさとそのカゴの中に入れ、でなければ死ね」とダチュラに命令するとダチュラは「え、あの、ですが……」と口ごもるったがしぶしぶ大きな鳥かごの中に入った。
ペロージアが操作盤から魔道具を操作すると魔道具が動き始めた。
器に満たされた光る水が地面に伸びる配線をたどり、鳥かごに向かって流れていく。ダチュラの入った鳥かごが水色に光輝き、その光にダチュラが包まれる。
「ペロージア様! あの、けっこう痛いです!!」
「痛い、か……アリィの時には調節する。今は我慢しろ」
「う、うううあああああ!!」
ダチュラが頭を抱えてその場に座り込む。
彼の身体から悲痛な魂たちが抜け出て行くのが目に見えてわかる。
(ううう、うう……)
『ダチュラにいちゃん!』
(あ…………ルミエル、ライラ、サザン、カイエラ、そうだよね……君たちとお別れか)
『もう、わるいことしちゃだめよー』
『ちゃんとねてねー』
『げんきでねーばいばーい』
(うん……ばいばい……一緒にいてくれて、ありがとう……)
光が収まるとダチュラはすくりと立ち上がり、鳥かごから出てきた。
これが本当の人一人分の身体と心の重さであると魂が抜け出てから思い出した。
ペロージアがダチュラの様子を見て、うんと頷いた。
「ボクは天才だな……成功だ」
「あ、はは……さすがでございます、ペロージア様」
ダチュラは少し泣いていたが、ペロージアにはその涙の意味は知らないし興味もないようだった。
「次はアリィだ。ルルがここにいるとわかればすぐに来るだろう。ルル、アリィを呼べるか?」
『……やってみます』
「じゃが、あやつは抵抗するぞ」
「ルコウ、トト、ボクは魔道具を調節しなければならないからアリィを捕まえて」
「なんと妖精使いの荒い……」
「えぇ、おれ女の子殴るのはちょっと……」
「やるか、死ぬかだ」
「酷い、酷い脅しだ……」
トトララはがっくりと肩を落とし、ルコウは呆れたため息をつく。
ペロージアがあっと思い出し「ルコウ」と呼び掛けた。
「アリィは……リリィの魂を取り込んでいる。気をしっかりもて」
「なっ、今それを言うか……………本当に嫌なものじゃ」
「成功すれば、リリィの魂も解放される」
「……………リリィ」
ルコウは、リリィを想い名前をつぶやいた。
蝋の身体を変え、昔の少年の姿となり、蝋の剣を持ち何度か振るう。
「ここで………全て終わらせよう。穴はワシが作る。頼むぞ、ルル」
ルルディはこくりと頷いて、ルコウが作った妖精界と人の世界をつなぐ穴に小さな魔法の光をとばした。
そして、しばらく。
妖精界の空に大きな穴が開き、リリィの姿をしたアリィが妖精界に姿を現した。




