117.善悪
ヴィオラが攫われ、睡眠薬を飲まされたトトララが爆睡する部屋で、化け物たちにトトララを始末するよう命令されたお店の従業員たちはトトララをどうするべきか悩み苦しんでいた。
数か月前から現れたあの化け物たちは美しい女性の魂ばかりを狙い、この店も従業員もまた被害を受けていた。さらには、化け物たちは従業員たちを脅すようになり、時には金銭を要求され、そうして今回は誘拐の手伝いまでさせられた。
罪の意識は限界をとうに超えていたが、しかしそれを上回る死への恐怖が従業員の男性がトトララの胸にナイフを突きつけるという答えに至らせてしまった。
「すみません、トトララさん……すみません!!」
トトララに男性がナイフを大きく振りかぶり、トトララの胸めがけて振り下ろされる。
しかし、そのナイフはトトララの胸を貫く前にぴたりと止まる。
眠っているはずのトトララがたった二本の指でナイフの刃を止めた。
「ふぁ……よく寝た……ん? なに、みんなどしたの? え、嘘こんな大人数で夜這い!? おれ、全員相手にできるかぁ……」
「なっ、え、動かない……!?」
「んあ? あー……なんだ夜這いじゃなくて、殺しか……おれ、悲しいことにこういうの身体が勝手に反応しちゃうんだよねぇ、殺意がちょっぴとでもあるとねぇ」
トトララが力をくわえると、ぱきりとナイフの刃は情けなく折れてしまった。
なんてことはなくベッドから起き上がって身体をぐっと伸ばす。
頭をかきながらぼーっと虚ろな目で部屋を見渡して、ヴィオラがいないことがわかると顔が真っ青になった。
「あっ、あれぇ、ヴィオラちゃんは!?」
「あ………ごめんなさい、ごめんなさいトトちゃん……アタシらが……」
トトララは軽く従業員たちから事情を聞くとどうしたもんかー……と首をかしげて、冷や汗をかいていた。
(しまったー……そんな連中がこの町に現れてたなんて知らんよー、あのクソババアが言うに魂は大丈夫だろうけど、もし、ヴィオラちゃんに傷でもついたら……報酬どころか、おれがクソババアに殺される!!)
残念ながら従業員たちは化け物たちの行先なんて知らないので、自力で探し出すしかない。
トトララが窓から外に出ようとしたとき、ふと思い出したように振り返り、従業員たちににこっと笑いかけた。
「そうだ、この店脅してるクソ野郎ども全員おれがぶっ殺しとくから、そしたら、また遊びに来るねー」
「ト、トトちゃん……アタシたちあなたのこと……」
「あー、そういうのいいから、罪悪感がーとかあんなら、次来たときはおごりねー、それでチャラ! ま、おれがクソババアに殺されていないなら……だけど」
トトララは軽く言い放って、夜の歓楽街の空へと飛び去った。
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夜が明けようとしている頃、港町にはそこら中に化け物の残骸が散乱していた。
「ぜんっぜんヴィオラちゃんいないんですけど!! あー、もうむりぃ! あいつら口割らないし、すぐに自害するし! もー無理なんですけどぉ!」
トトララはとりあえずヴィオラの手がかりがないかと探し、暗く人気がなくなった町に現れ始めたファントムの怪物たちを見つける度に潰して回っていたのだが、一向にヴィオラの手がかりが見つからず建物の屋根の上で騒いでいた。
「ヴィオラちゃんのことは心配だけどー……ま、あの子なら何とかなる気がするな! うん、何とかなる! 報酬は惜しいが……仕方ないかぁ、諦めよ!」
トトララの辞書には責任感という言葉は書かれていないようで、すっぱりとヴィオラのことを諦めてしまい、屋根にごろんと寝転がる。
そのまま眠ってしまおうかと目をつむったが、突然黒い炎の魔法攻撃がトトララに向かって放たれ、トトララはぼーっとした意識の中でもさっと身体を翻して攻撃を避けた。
「んあっ、なになに?」
「キサマ、我が同胞らを葬ったあげく、ここでのんびり寝ているだと!? ふざけるのも大概にしろ!」
トトララに攻撃を仕掛けてきたのは、ファントムを束ねるダチュラであった。
宙に浮き、両手には怒りのこもった黒い炎が燃え上がっている。
「え? なになに? あー、もしかしてあの化け物どものオトモダチ?」
「ワタクシが彼らを作るのにどれほど時間をかけたか……あの白いバケモノといいキサマといい、人の努力をなんだと思っている!?」
「えぇ……そんなん知らんし……なんかよくわからんけど、おれのせいにしないでくれる? ってか、人を散々殺すわ、脅すわしといてさらに言いがかりつけてくるとかー、性格最悪か?」
「キサマ、人を怒らせる天才と言われたことないか……?」
「えっ、天才? 急に褒められると、おれトキメいちゃう」
「話の通じない穢れた魂め……!」
ダチュラがトトララに向けていくつもの黒い火球が放たれるが、全てトトララの持つ魔道具の指輪がはじいてしまう。
「おひょ、マジでこれ便利よなぁ!」
「な、なんたること!? これほど攻撃を与えても傷一つ負わないだと!?」
トトララが、ダチュラがひるんだ隙に、翼を大きく広げて素早くまっすぐダチュラに向かって飛び、ダチュラの首を鷲掴む。
(なんという速さ!?)
そのまま握力でダチュラの首をへし折ろうとしたその時、トトララとダチュラの身体が突然光に包まれ、港町から二人の姿が消えてしまった。
二人を包んでいた光が消えた時、トトララもダチュラも知らない場所へと移動していた。
見知らぬ草原で、ほどよい温かさと心地の良い風が吹く。
トトララはいったんなにが起こったのか把握するために、ダチュラの首から手を離した。
「あれぇ、移動した? これ君がやったの?」
「げほっげほげほ……そんなわけ、あるか……」
「ボクがお前をここに連れてきた。変なのもついてきたが……」
「げっ!!」
話しかけてきたのは大妖精のペロージアだった。
ペロージアは寝起きの様で、実に不機嫌そうな顔でトトララのことを睨みつけている。
トトララは嫌な予感しかせず、背中にじわりと嫌な汗がつたう。
「少し目を離したうちに……ヴィオラの護衛を放棄したな」
「い、い、いや、そういうわけじゃないっすよぉ! おれ睡眠薬で眠らされてぇ、起きたらヴィオラちゃんが攫われてて……ちゃんと探したんすよ! でも、攫った奴ら全然口割らなくてぇ」
「お前に期待したボクが本当に馬鹿だった……ヴィオラが無事なだけ感謝しろ」
「あ、あはは、ヴィオラちゃん無事だったんすね! あーよかった!」
「無事なのはいいが場所が最悪だ。ラナンの子と出会ってしまっている。これではアリィを助けるための魔道具の材料集めをさせているというのに、動かなくなってしまう……ラナンの子には出会わせないように注意しろと言ったよな? そのために行動範囲も教えたはずだ」
「あ…………………えっと……ちょっとどうしても行きたい店があってぇ、そこがたまたま殿下のいた町というか、なんというか……この時期にしか出回らない酒があってさぁ」
「お前の馬鹿さ加減をボクは見くびっていたようだ。本当に馬鹿でしょうもない男だ……いや、お前まさか……ボクを裏切ったのか?」
「え、えへーなんのことー?」
トトララはすっとぼけた顔をして舌をだしていて、その間抜けな顔を見るとペロージアは憎々し気にトトララを見下ろす。
「このっ、蝙蝠が……」
「おれはカラスだもんねー、いやいやぁ、おれはヴィオラちゃんの護衛を放棄する気も殿下にヴィオラちゃんを渡す気もなかったってぇ、ただちょーっと好奇心がうずいちゃっただけだよ。この広い世界、おれがほんのちょっと可能性をつくったら、あの二人は出会うのかなーって」
「お前は本当に目先の欲に忠実な馬鹿だ。今までで初めて味わうこの屈辱……仕置きが必要だな……」
ペロージアは背筋も凍るような冷たい目でトトララを睨みつけ、さすがのトトララも(ヤバい!)と思い翼を広げて逃げようとしたが、突然トトララの首に首枷が現れ、ぐっと首が締まる。
トトララは地面にたたきつけられ、引きずられた。
「お前はしばらくボクの下僕だ。全く顔が好みでないものを傍に置くボクの苦痛がわかるか?」
「じゃ、じゃあ解放して」
「黙れ……あと少しだというのに……ユニコーンの角だけでもとれたのはマシか……」
「あ、あの……」
トトララとペロージアのやり取りに引いていたダチュラがやっと口を開いた。
ペロージアはとても不機嫌なので、舌打ちをしてダチュラのことも冷たく睨みつける。
「あ、あなたどこかでお見かけしたような気がするのですが……いや、それよりも、アリィ様をお助けすると言っておりましたね。も、もしやあなたはアリィ様を崇める同士では!?」
「アリィ……様? なぜ、ボクがアリィを崇めなければならない」
「そ、それは魂を操り生死という生き物の理さえも凌駕するあのお力! 神も同然! いや、あのくそったれた女神以上です! あの方を崇めないほうがおかしい!!」
嬉々として語るダチュラにペロージアはうんざりとした表情になっていたが、一部だけ同意するところがあったために、少しだけ話す気になった。
「くふふ、『くそったれた女神』というのだけは同意してあげよう、あいつはくそだからな」
「あ、ああ! 今の世はあの偽の女神を崇める者ばかりだというのに、あなたは実にわかっていらっしゃっる!」
「だが、それ以外は違う」
「な……」
「ボクはアリィを崇めはしない。むしろ憎んでいるし、そして愛してもいる」
「な……なにを……言って……」
「ボクの目的はアリィが取り込んだすべての魂をアリィから引きはがし、弱体化させる。頼りにしていた魂なんてなくして、完全に独りぼっちにさせて、ボクに頼らざるを得なくして、ボクだけをみるようにして、ボクだけのアリィにする……恐怖でもいい、愛でもいい、なんでもいいから縛って逃げられなくしてやることだ」
ペロージアは愛憎の混じる満面の笑みを見せ、自分の欲望を隠しはしない。
痛みさえあるこの冷酷なペロージアの想いにダチュラの背筋はぞくりとした。
「そ、そんなことが可能なのですか? それに力を奪う? あの素晴らしいお力を!? そんなこと……」
神と崇めている人の力を奪う、そんなことをすれば自分の信じてきたものが壊されてしまうという恐怖を感じる。
しかし、同時にある感情がどろどろととめどなく噴き出してくるのを押さえつけられなかった。
「う、羨ましい……アリィ様をそんな、そんなふうに独り占めするだなんて、なんと甘美で心惹かれてしまうのでしょう……うら、やましい……う、ううぅ……いいなぁ……」
ダチュラは羨ましさと嫉妬で涙とよだれを垂らし始めた。ペロージアは自分のことはもちろん棚に上げて「気持ち悪い」と、心底嫌悪している目でダチュラを見下ろした。
「お、お願いします……なんでもするので、ワタクシもアリィ様のお傍にいさせてください……」
「え……いやだ、お前キモいし……」
「なんでもしますから……お、おねがします……おねがします」
ダチュラが地面に頭を何度もこすりつけてお願いしてくる姿を見ていると嫌悪感ばかり湧いてくる。
トトララは、自分自身倫理観は欠如している自負はあるのだが、さすがにダチュラよりはマシだろうと欲望むき出しのダチュラを前に呆れたため息をついて肩をすくめた。
「いっこ助言、おれがいうのもなんだけど、こいつ相当クズだぜ。化け物使って善良な人たちを脅すわ、殺すわしてたような奴だぜ? しかも見るからにヘンタイ、ヘンタイのおれが断言するね! 絶対、今殺しといたほうが世のため人のためだ」
「そ、それもすべてはアリィ様のため! 尊い犠牲だったのです!」
「うーわ、反省ゼロじゃん……」
「こ、このたわけた男の言葉など聞かないでください! アリィ様が魂を必要としないのならばもうファントムは解散いたします! 誠心誠意アリィ様のためだけに生きていきますから……!」
「……でも、お前気持ちが悪いしな」
ペロージアの判断基準が人として悪に染まっているかどうかよりも『気持ちが悪い』かどうかの方が重要そうでトトララは若干引いた。
「そこかよ、もっとあるだろう、人殺しとか性格が最悪とか……」
「こいつが魂を取り込んでいるのは魔力を見ればわかるし、何人も殺してきたのもわかる。お前と同じで血の臭いが染みついている」
「……」
「人の作った法を犯しているだとか、人を何人殺したか、どれだけ今まで悪行を働いてきたかなどボクの知ったことではない。だが、お前の言いたいことはわかる、お前からしてみればこいつは邪悪なのだろうが、ボクにとって人の善悪など大した問題ではない。人の心は揺れる。今日善人だったものが明日も同じとは限らない。逆もそうだ。ボクにとって快か不快かの方がよほど明確な判断基準になる」
「あー、そりゃあずいぶんと寛容なことで……あんたの頭がイカれてること時々忘れちまうよ。んじゃ、どうすんのさ?」
ペロージアはぼーっと空を見上げて考えながら、ゆったりと歩いてトトララを引きずり始めた。ダチュラは、おずおずとしつつもペロージアの後ろをついていく。
そして、思い出したようにあ、と口を開いた。
「お前、料理はできるか?」
「へ? は、はい……一通りは……」
「なら、それでいいや……お前はアリィを捕まえたあと、料理係にする。ボクには食事というのが理解できなかったから」
「ありがたき幸せ!!」
「じゃあ、お前も今日からボクの下僕兼実験材料だ。わかったな」
「はいっ誠心誠意努めさせていただきます!」
「マジかよ……こんなヤバいやつ近くに置くのぉ? ってか、これだとおれもこいつに関わることにならない!?」
「アリィから魂を引きはがす魔道具はぶっつけ本番になるところだったから、これで一度ためすことができる」
「うぇ……」
「ワ、ワタクシからも魂をはがすのですか……? 全て、ですか?」
「不満なら死ね」
「いっ、いえ……わかり、ました……二言はございません……」
トトララは、頭の狂った会話を聞いていると(こいつらみたいになっちゃだめだなぁ)と自分を戒めた。




