111.全てはあなたのために
どこかの国のどこかの町、建物が並び、その間は暗く入り組んだ道となっている。その陰鬱とした裏路地に似つかわしくない美しい女性が苦痛の表情を浮かべて屈みこんでいる。
(くっそ………ペロージアと会ってからリリィの魂が暴れやがる。おとなしくしろ! なにが不満だっていうんだ!? ルルの魂が手に入れば、お前だって大好きなルルとずっと一緒にいられるだろう!)
「うっ……」
リリィの姿をしていたアリィだったが、姿が崩れてアリィの身体があらわになる。アリィは身体がちぎられるような痛みに耐え切れず、壁に身体をもたげて座り込んだ。
「アリィ様! お探ししておりました! ずっと、ずっと!!」
建物の影の暗闇から一人の蟲族の男が現れた。
彼の名はダチュラ、かつてアリィの力に心酔し仕えていたが、女神の力を使うルルディによってこの世界から消されたはずだった。
アリィがダチュラを見るが、満身創痍の状態でうめき声しか出てこない。
ダチュラはすぐにアリィに駆け寄り、心配そうに見つめる。
「あぁ、なんとおいたわしい。魂があなた様の中で暴れているのですね……さぁ、こちらを魂は魂によって押さえつけるのです……結晶はワタクシたち『ファントム』があなた様のために集めました。結晶になったばかりの魂であれば、すぐあなた様になじむでしょう」
ダチュラは布袋から緑色の結晶の塊を取り出した。
そして、それをぐっとアリィの胸に押し付ける。
アリィは痛みを感じて汗を流しているが、ダチュラは心配そうにしつつそれでも結晶を押し付け続けると、魂の結晶はアリィの身体に沈み込んでいく。
「さぁ、もう少しです」
「うっ……うぅ……やめろっ!!」
魂の結晶が沈み切る前にアリィが暴れて、その衝撃で結晶は地面に落ちて砕け散ってしまった。
囚われた魂は逃げ出してしまい、もう結晶は使い物にならない。
「あぁ! せっかく集めましたのに……」
「は……………………お前……誰だ?」
「……あ、き、記憶が混乱されておりますのですね。ダチュラです。あなた様の忠実なる僕にございます。あの偽の女神によって離れ離れになってからというものずっとあなた様を探しておりました……そして、やっと……やっと、お会いすることができました」
「ダチュラ……あぁ……あのキモいやつ……………気やすく触るな」
ダチュラは結晶をアリィに取り込ませるためにアリィの身体を支えていたのだが、アリィに鬱陶しそうに手を払われた。
「あ、あぁ……申し訳ございません」
「…………なっ!?」
アリィの土のような顔色がこわばる。
「ど、どうされたのですか?」
「……あたしの茨を通った奴がいる? くそっ! あのババアか!? あいつ、もとからあたしがルルから離れるのを狙って……! 許さない……あたしからルルを奪うなんて!」
ダチュラの声など聞こえておらず、アリィはペロージアへの憎悪とヴィオラが奪われたことに対する焦りから頭をがしがしとかいた。
アリィが立ち上がりその場を去ろうとする後ろをダチュラがついてこようとしたので、アリィがぎろりと睨みつける。
「ついてくるな」
「ワ、ワタクシはあなた様のお役に立てます! あの偽の女神に追放され霧の海を漂う間、ずっとあなた様の魂を操る力を考えておりました。そのおかげでこうしてワタクシも魂を操る力を手に入れ、魂を集めることができるようになりました! 手足となる者も作り出せますし、魔力も以前と比にならないほどです! どうか、あなた様のお傍に……」
「うるさい……お前はもう必要ない」
アリィは影に姿をくらませ、消えてしまった。
アリィに冷たくあしらわれたダチュラは呆然として、ぴくりとも身体が動かなかった。
「必要……ない?」
死を突きつけられたかのように、ダチュラの脳裏に今まで記憶が走馬灯のようによみがえった。
彼はもともと女神を信仰する敬虔な神父であった。はるか昔、争いごとの絶えない世の中で、親を失った子供たちを教会で育て、せめて少しでも彼らが生きやすくなれば、と文字を教え、女神の教えを説き、女神に生を与えられたことを感謝し、祈り、正しく生きていた。
しかし、ある夜、そんな日々はいとも簡単に崩れ去る。
辺鄙なところにあった教会であるというのに、襲う村もなくなった賊がわずかな食料を奪うためか、ただその残虐な欲を満たすためか、なんの前触れもなく現れた。
子供たちはひとりひとり、目の前で無残に、見せつけるように殺された。
一体あの子たちが何をしたというのだろう?あの子たちはただ哀れであったというのに、親から受けるはずの愛情を失った子供たちは、今度は未来さえも奪われた。
そして、最後には自分もいたぶられて殺される。
切れ味の悪い斧は大嫌いだ。足を切り落とすのに何度も振り下ろされる。
それを二本分。本当に苦痛という言葉では表すことができない痛みだった。
薄れゆく意識のなか、最後にこみあげてきたのは深い恨みと憎しみの感情だった。
(どうしてっ……どうして女神はワタクシたちにこのような試練をお与えになったのですか?)
(試練……いや、違う。これは……単なる理不尽だ……あの子たちがいったい何をした? あの子たちはただ、毎日を必死に生きていただけだ……なのに……どうして……)
(女神など……信じたところで……女神はワタクシを助けてなどくれなかった……あの子たちを助けてなどくれなかった!!)
強い強い恨みを抱き、きっと死んだあとは女神を殺してやろうとさえ考えていた。
意識を手放す寸前、何かの叫び声が聞こえてくる。
叫び声は賊たちの悲痛な断末魔のようで、なんて心地の良いことだろうと思った。
ダチュラは突然意識を取り戻した。
女神のもとへとたどり着いたのかと思ったが、血肉で濡れている周囲からここがまだ現実であると思い知らされた。
痛みで気が狂いそうだったのに、今は痛みなど感じず、むしろ身体が軽い。
視線を落とすと、切り落とされたはずの両足がきれいにもとに戻っている。
「なにが……起こっているんだ?」
「ルミエル、ライラ、サザン、カイエラ……」
「……子供たちの、名前?」
女性の声がして、振り返る。
ボロボロの教会で修理できていない屋根から、わずかな光が差し込みその人を照らしていた。
彼女の周りには小さな光が飛び回っていて、何故だか草原で追いかけっこをして遊んでいた子供たちを思い出す。
「お前……ダチュラというのか」
「ど、どうして、ワタクシの名前を?」
「この子たちが教えてくれた。お前を兄のように慕っていることも……苦しみをあの賊たちから与えられたことも……だから、全部殺しておいた」
彼女が光をそっと握ると光は緑色の結晶と変わった。
女性はダチュラに近づくとその結晶を差し出す。
結晶を手に持つと子供たちの声がどうしてか聞こえてきて、心臓のあたりがほんのりと温かくなった。
涙がいくつも落ちて、結晶をぬらす。
「これは魂の結晶、この子たちはお前とまだいたいそうだ。大事に持っておけ」
「あ、あなた様は……」
「あたしは、アリィ。お前、魔法は使えるか?」
「は、はい」
「あたしはお前の命を救った。だから、その命あたしのために使え」
「は、はい!」
彼女のすべてが神秘的で、ダチュラは一瞬で心を奪われた。
(あの日から、ワタクシの神はあなた様ただ一人なのです。ですのに、あなた様も突き放すのですか? いいや、そんなことは許さない。あなた様はワタクシの……ワタクシだけの神でいていただきたいのです。大丈夫、きっと……もっとあなた様のお役に立てると証明すればよいのです……あなた様に……もっと……魂を……)




