112.町にはびこる邪悪
(トトララ様………)
「ん? どしたのヴィオラちゃん? こういう体験はハジメテ?」
(…………………)
「んな目で見ないでよ、ゾクゾクしちゃうから」
ヴィオラを救い出したトトララは何時間も飛び続け、日が落ちたころ、ある港町にたどり着いた。
人のいる場所にたどり着いてほっとしたのもつかの間、ヴィオラは状況を説明しようとしたし、トトララにも状況説明を求めたのだが、彼は手のひらに書く文字を全く読み取ってくれない。
また、トトララはヴィオラとの意思疎通にはすぐに飽きて「ちょっと休憩! あのババアから軍資金は調達してるからね、いーっぱい遊べるぜぇ……いひひ、今まで高くて手が出せなかったあの酒! 飲むぞぉ」とにこにことしてヴィオラの手を引っ張りこの町の歓楽街に来てしまった。
トトララがヴィオラを連れてきたのはきれいなお姉さんたちとお酒を飲むお店で、ヴィオラは酒と女性に溺れているトトララをゲンメツしたと言いたげな目でジトりと睨んでいる。
「あら~トトちゃんが女の子を連れてくるだなんて、しかも、かっわいい! ついに本命ができたの?」
「ハッ、んなワケねぇだろう? 今日はこの子をお守りを頼まれたから連れてるだけ」
「えぇ~お守りなのにこんなとこ連れてきちゃうんだぁ。わる~い」
「悪い男の方がそそるだろう?」
トトララは両手に花の状態で大いに楽しんでいて、ヴィオラの話をまったく聞くつもりはないようだ。
ヴィオラはトトララに聞きたいことはたくさんあるものの、今の状態では聞き出せそうになく、いったん諦める。
「何ちゃんっていうの?」
「ホント、可愛いわね。これ飲む?」
きれいなお姉さんたちの方がヴィオラのことを気にかけてくれて、というかヴィオラが小さいためか子ども扱いされて、お菓子や果物のジュースをくれた。
ヴィオラが身振り手振りや手文字を駆使して意思疎通をはかろうとすると、トトララよりよほど真剣に取り合ってくれて、ヴィオラの話を聞いてくれる。
「あら、ヴィオラちゃんっていうのね。ここ? ここは港町リマニよ……あら、ソワレ王国じゃないわ、ここはサブルム王国……ヴィオラちゃん、ソワレ王国から来たの? 遠いところから来たのね」
お姉さんから情報を聞いてヴィオラは愕然とした。
まさか、シオンたちといたソワレ王国ですらなく、隣の隣の国であるサブルム王国に自分はいるようだ。
(ど、どうしてそんな遠くに……お母さまは魔法が使えると言っていた。もしかして、この移動も魔法? でも、どうして?)
ヴィオラの瞳が不安そうに揺れているのをお姉さんたちが心配そうに顔を覗き込む。
「ヴィオラちゃん、顔色が酷いわ。大丈夫?」
ヴィオラは安心させるように微笑んで、大丈夫です、とお姉さんの手のひらに文字を書いた。
落ち着くために少し外の空気を吸おうと思ったがトトララはお酒で潰れていたので、お姉さんに外に出ています、とだけ伝えてお店をでた。
外に出ると港町ならではの潮の香りを含んだ湿度のある風がヴィオラの髪を揺らした。
知らない町で独りぼっちであるとこれほど寂しいものなのかと痛感する。
(こんな遠いところまできていただなんて……お母さまとははぐれてしまったし……トトララ様は……お話をきいてくれないし……でも、たしかわたしを『助けに来た』と言っていたけれど……たすける? 確かにあの場所は異様だった。あの場所から助けるために来てくださった、ということだよね……? わたし、どうしてあの場所に?)
(わたしこれからどうしよう? 皆さまの魔法を解く方法を見つけないといけないのに…………あっ! そうだ、ペロージア様! きっと、ペロージア様なら、何か解く方法を知っているんじゃ……あ、でもそうしたら結局トトララ様にペロージア様がどこにいるかを聞かないと……)
『嫌な気配が近いわ……』
(また、あの声? でも、これわたしの声……?)
ヴィオラの背筋がぞわりとし、ふと建物と建物の間に視線を向ける。
その陰には見たことがないほどおぞましい、人の形をした化け物が佇んでいるのが見えた。
真っ黒な眼球はヴィオラを捉えており、裂けた口は不気味に弧を描いている。
ヴィオラは急いで踵を返し、お店に入る。
自分の見たものが本当であると信じたくないほど、恐ろしいものを見てしまった。
しかし、自分の心臓は現実としてずっと警鐘のように激しくなっている。
(あ、あれはなに? と、とにかく、トトララ様に相談……できるかな……?)
トトララのいた席に戻るが、トトララは相変わらず酒に潰れていて、大きないびきをかいて眠り始めてしまっていた。何度か揺らしてみるが、どうにも起きそうにない。
(深く眠っている。無理もないよね……わたしを何時間もかけて運んでくださったのだもの……冷静に、落ち着いて……見間違いかもしれないから……とりあえず、人のいるところに留まろう……)
外の空気を吸いに行ったはずのヴィオラが血相を変えて戻って来たので、お姉さんたちが心配してくれた。
「ヴィオラちゃん、トトちゃんも眠っちゃったことだし、よかったらお店の2階で休む?……あらあらいいのよ、トトちゃんがこうなるのはいつものことだし、今日は奮発してもらっちゃったし、あなたも休んだ方がいいわ」
お店の人の厚意で二階にある一部屋で休ませてもらうことになった。
お店の男性がトトララをベッドまで運んでくれて、ヴィオラも同じ部屋で椅子に座って休む。
あれだけ深く眠っていたというのに、疲れがたまっていたのだろう瞼は重たくなっていく。
(急にいろんなことがありすぎて、わたしも疲れた……のかな……明日、トトララ様が起きたら今度こそちゃんとお話して……)
『ヴィオラ!』
謎の声に起こされてハッと意識が戻る。
暗い部屋に明らかにトトララ以外の人影が二つ立っていて、ヴィオラを取り囲んでいた。
そして、その人影は先ほど見た怪物と瓜二つだった。
(っ!?)
ヴィオラは叫び声をあげることができず、立ち上がって逃げ出そうにも化け物がすでに取り囲んでいて逃げ場がない。
「これはスバラシイ魂……」
「あの方モお喜びにナル……」
化け物たちがヴィオラに触れようと手を伸ばす。
しかし、ばちりと大きな音をたてて化け物の手ははじかれ、その手はひどくただれて溶けてしまった。
「アガ……グア……」
(今のうちに! トトララ様!!)
ベッドでのんきに寝ているトトララを揺するが、いくらゆすっても起きる気配がない。優しく起こすことなどはすぐに諦めて、トトララの頬を思い切り何度か叩いたがそれでも起きる気配がない。
(こ、こんなに揺すっているのに起きない!?)
「ヴィオラちゃん……」
声に呼ばれて振り返るとお店のお姉さんたちだった。
暗い部屋でもわかるほど顔色が悪い。
(お姉さんたち!? 化け物がいてここは危険です!)
「ごめん……ごめんね、ヴィオラちゃん……トトちゃんとあなたに睡眠薬を飲ませたの……あなたにはあまり効かなかったのかしら……怖い思いさせてごめんなさい」
(ど、どうして……?)
「こうでもしないと、お店の女の子たち……こいつらに殺されちゃうから……ごめん、ごめんなさい。お願いだからおとなしくして……」
(そ、んな……)
「お前たち……このムスメを袋に詰めろ……何かの術がかかっているが、この極上の魂を逃すテはナイ。主君に直接お渡ししシヨウ」
化け物に命令されたお店のお姉さんたちに、ヴィオラは両腕と両足を掴まれて縄で縛られる。
声が出ないからか、口にさるぐつわまでされなかったのはお姉さんたちのせめてもの情けだろうか。
それでも、身動きが取れなくなり、ヴィオラがすっぽり入ってしまう布袋に抵抗虚しく入れられて化け物の一人に担がれ運び出された。
「その穢れた魂は必要ナイ、処分しておけ」
「しょ、処分って……」
「いい機会だ、我々に忠誠を見セロ。明日来るまでにそいつの首を用意しておケ。そうでなければ、お前たちの誰かが代わりになるだけダ」
お姉さんたちは怯えて悲鳴を上げていた。
彼女たちの悲鳴に満足そうな笑みを浮かべ、化け物たちは夜の闇に消えた。




