109.ファントム
「いや~カメリアちゃんが立ち上がったときすごくその……背が高いなーって思ったけれど、うん、その背が高い女性も素敵だね! あれ……二人ともなにか運動とかしてる? なんだが触り心地が……」
「ア、アハハ! 実はそうなのあたしたち馬術をちょっとだけ……運動する女の人は嫌い?」
「いいやまさか! むしろ大好物」
「きゃあ! あたしたちトルエノさんに食べられちゃうの?」
「あはは、ある意味はそうかもね……」
トルエノに大人な宿に連れてこられたシオン(偽名:カメリア)とロージーはトルエノに腰に手を回され、触れられるのに耐えながらなんとか個室まで堪えた。
シオンは先ほどからベタベタ触られることに実に不快になっているようで、囮ということも忘れて先ほどから無表情になり怒りが爆発する一歩手前なのだが、ロージーがなんとか取り持ってきた。
個室に三人が入り、ロージーが静かに内側から鍵をかける。
「フフフフ、こんな美女に、しかも二人もお相手してもらえるとは光栄だよ。先にお風呂に入るかい? あ、それとも一緒になんて……」
「その前に……一つ聞いてもいい? トルエノさん」
「ん? なんだいロージーちゃん?」
「インプンドゥルっていう妖精って知ってる?」
トルエノが明らかにぎくりとして身体がこわばった。
「ハ、ハハハハ、し、しらないなァ、何だいそれは?」
「夜な夜な女性を誘惑して、血を吸う妖精ですって」
「そそそ、そりゃあおっかないねぇ……ハハ……あ、あのーちょっとボクぅ急用を思い出しちゃって……その、申し訳ないけれど、ここで失礼させてもらおうかなぁ、って」
「あらぁ、こんな美人を置いていなくなるだなんて、トルエノさん不幸になっちゃいますわよ」
トルエノが出入り口から逃げるのは無理と踏んで窓から逃げ出そうとしたが、素早くシオンが捕まえ、手を後ろにして拘束する。
「え、おわ!? ち、力強くない!?」
「それはそうだ。僕は男だからな」
「わぁー!? 声野太い!! ボクってば、男にナンパしてしまったのか……ってことはロージーちゃんも!?」
「あたしは女よ!……それでやっぱりあなたがインプンドゥルなのね?」
「う、は、はい……お、お願いです、殺さないでください。ボクは良い妖精ですぅ……」
「別にあたしたち殺人鬼じゃないし、むやみやたらに暴力をふるうわけじゃない。でも、あなたが人を害しているなら話は別。最近の干からびた変死体ってあんたの仕業? しらばっくれて逃げ出そうとするなんて、なにか後ろめたいことでもあるのかしら?」
「へんしたい? あっ、噂のやつ………………違う違うちがう!! アレはボクじゃない!! ボクはたしかに血をもらうけれど、それはほんのちょっぴり! それで誰かを死に追いやるなんてとんでもない!」
トルエノの必死さにシオンもロージーも不思議そうに顔を見合わせた。
その時、内側から鍵をかけたはずの扉が何者かに開かれた。
部屋に入ってきたのは酒場にいた時に注意喚起で話しかけてきた警備隊員の男性二人であった。
明らかに異様な存在である彼らにシオンもロージーも身構える。
(内鍵は確かにかけたはず。それに警備隊員がどうしてここに)
「お楽しみのところを邪魔してしまったようですな。でも、こちらも仕事でねぇ……」
「あなたたち、ノックもなしに入って来るなんて……さすがに礼儀がなっていないんじゃない? そもそも、入ってくることもどうかと思うのだけれど?」
「け、警備隊員さん! ボクはこいつらに金を巻き上げられそうになってんだ! 一人は男だし!」
(こいつっ!)
トルエノがでっち上げで警備隊員に助けてもらおうとするが警備隊員たちは不気味な笑みを浮かべているだけで助けようともしない。
その異様さを感じとり、シオンは困惑するトルエノを背に隠し、ロージーとともに警備隊員たちに向かい合う。
「お前たち、ただの警備隊員ではないだろう?」
「くく……ククク……」
人の姿であったはずの男たちの身体が黒くくすんで筋肉が盛り上がり膨れ上がる。瞳は真っ黒に塗りつぶされ、裂けた口からは鋭い牙が生え、おぞましい唸り声が漏れる。
明らかに警備隊員だった二人は、人ではない化け物へと変貌を遂げた。
「ロージー、決して油断するな。自身の命を優先に」
「はっ」
「えっ、えっ、あの人たち警備隊員じゃないの!? ヤバそうなやつらじゃないか!?」
「トルエノさん、怪我したくなければあなたは隠れていて」
化け物がそれぞれシオンとロージーに襲い掛かり、つかみかかろうとする。
しかし、シオンに触れようとした化け物の身体に突然炎がつき、燃え上がる。
「ちょうどいい、いろいろとむしゃくしゃしていたんだ。薪木代わりにしてやる」
化け物が炎に焼かれておどろおどろしくも悲痛な叫び声をあげているなか、シオンが冷ややかな笑みを浮かべて魔法の炎を操る。
焼かれた化け物はのたうち暴れた後、全身にやけどを負って動かなくなった。
ロージーは化け物に掴みかかられたところを素早く腰を落として避けて、両腕を掴み、手首からだした茨のツタを化け物の腕にからみつけて固定する。
「うらあああああ!!」
化け物の力は強かったが、ロージーは化け物に足払いして体制を崩させるとともに床にたたきつけた。
そして、すばやく全身を茨で拘束した。
「もしかして……最近の変死体の犯人ってあんたたち?」
「ふ、フフフ……すべては主君のたメ」
「主君?」
「魂を捧げよ……」
「っロージー!!」
シオンが叫んだが数秒遅く、うつむせになっていた化け物の手が暗くなり影に溶け、ロージーに忍び寄っていた。
黒い影の腕はロージーの背後に現れ、背中からロージーの心臓を貫いた。
「うぐっ」
シオンがすばやくその腕を掴んで魔法の炎で燃やす。
魔法の炎はロージーまで燃え広がっているが化け物の腕だけを燃やし尽くした。
「ロージー!! しっかりしろ!」
「だ、いじょうぶです……っ」
ロージーは顔色が真っ青になりぐったりとしているが、不思議なことに貫かれたはずの身体に怪我は見当たらない。
「こいつら……全身やけどだけで済むと思うなよ……!! よくもっ姉さんを!!」
シオンが憎悪を込めて目を見開き化け物を睨むが、化け物たちは不気味な笑みを浮かべる。
「ククク……っ失敗は死、あるノみ……ファントム万歳!!」
化け物たちは叫んだ瞬間、身体がドロドロの闇のようになり、溶けて消えてしまった。
なにが起きたのかはわからないが今はロージーのことが優先だった。
すぐに近くにいるだろうペイアーを呼ぼうと店の外にでようとしたが、その前に部屋の窓からペイアーが押し入って来た。
「や、やっと開いた! 殿下っ、ロージー!!」
「ペイアー! ロージーが敵にやられた」
「……!?」
ペイアーの顔から血がひいたのがわかるほど顔が真っ青になり、ロージーに慌てて駆け寄る。
ロージーを横にして彼女の状態を確かめる。
「なんだこれ……魔力回路が傷ついてちぎれてるところもある……何があったんですか? あそこに落ちてるのって……さっきの警備隊員の服ですよね?」
「あいつら、最近の変死体事件の犯人のようだ。『魂を捧げよ』といってロージーの背中から心臓辺りを腕で貫かれて攻撃された」
「魂……」
疑問は残るものの、ペイアーは治療に専念する。
幸い傷は酷い状態ではなく、しばらくペイアーが治癒魔法をかけると顔色の悪かったロージーにバラ色が戻る。
「……うっ、殿下? ペイアー?」
「治療したばかりだから起き上がるならゆっくり……くそ、枯れた頭のバラは切るな。枯れた花を治そうと魔力が集中すると頭痛の原因になる」
「え、えぇ……おねがい……」
ペイアーに支えられて身体を起こす。
ペイアーは抱えていた鞄から草花族の花を切り取る専用のハサミで無駄に切ってしまわないよう、慎重にバラをいくつか切り落とした。
「殿下、申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました……」
「いいや、とにかく今は休め」
「………はい」
ペイアーがロージーを治療している間にルコウとフランメも窓から部屋に入ってきた。フランメは震えて縮こまっているインプンドゥルのトルエノを見張り、ルコウは闇の泥となって溶けてしまった化け物たちの残された服を見て思案していた。
「ファントム………確かにこやつらはそう言ったのですな、殿下」
「あぁ……何か知っているのか?」
「かなり昔の話です。ワタクシが身体を失くし、やっとの思いで蝋に身体を定着させたころ、各地で『ファントム』といううさん臭い連中が事件を起こしていたのです。不思議なことに奴らはアリィが使っていた魂の結晶を使用し、呪術を使用しておりました……」
「呪術というのは、魂の結晶の力を使うことか?」
「はい、魔法は己の魔力を源に使用する力ですが、呪術というのは他者の魂を捕らえた魂の結晶を消費して使う……罪深く、愚かな術です……」
白い蝋の猫の姿のルコウは、表情が固くなり、声色が沈んでいく。
ルコウの知らぬところで弟子のアリィが使っていた術が広がっていたことにさえ罪を感じているのだろう、とシオンはふと考えた。
「ファントムは生きている者たちから魂を奪い、使用する外道な連中でして……当時ワタクシは、あまりにも腹がたってしまいまして」
「うむ」
「当時のファントムと名乗る連中を……その……潰して回っていたのですが……まだ、残党がいるとは」
「つ、潰し………? そうか……やつらの目的はなんなのだ? なぜ、人を襲い、魂を狙う?」
「ワタクシもそれが気になりまして、何度か生きた状態で捕縛したのですが……皆、ことごとく目的を話せないように術がかけられておりました。それを解呪する前に自害してしまうのです……このように遺体も残らぬよう……」
ルコウはおじいさんの姿に戻って、警備隊員の衣服をあさり、ポケットの中から小さな布袋を見つけ出した。
布袋の中身を確認すると小さな緑色の結晶が入っていた。
「かわいそうに……」
布袋ごとルコウがくしゃりと結晶を押しつぶした。
すると結晶にされた哀れな魂たちの悲痛な声が聞こえた。
「結晶にされた魂が解放されたのか……?」
「はい、結晶は大きな力を与えますがとても脆い。結晶にされた魂に生きているワタクシたちができることはこれくらいなのです……さぁ、そろそろ宿に戻りましょう。人が来てしまってはいいわけが面倒ですからのぉ」
「そうだな……トルエノ殿、あなたにも来てもらおう」
目の前で非現実的な光景を前にしたトルエノは力をすっかり失くしており、こくりと静かに頷いた。
シオンたちが大人な宿でファントムとの戦いを終えたころ。
宿のすぐ前の通りを淡い紫色の髪をもつ少女が走っていたことをまだ彼らは知らない。




