105.人をはかるもの
シオンがペロージアの頼みごとを承諾すると、一行はペロージアの魔法で見知らぬ場所に飛ばされてしまっていた。
静穏な深い森の中で、空気はひんやりと冷たく清々しい。
ルコウが森の上空から様子を見ると言うので、ロージーも手首からツタを伸ばし、木に絡ませて器用に木を登る。
しばらくして二人が戻ってくると、ロージーは複雑そうな顔をしていて、ルコウは呆れたように頭をかいていた。
「周りの山々と遠くに海が見えましたから、おそらく、ここは国境のフェボルの森かと……」
「王都からかなり遠くに飛ばされたな……」
フランメがジトりとした目でシオンを見ていて、その視線に気づいたシオンがぎくりとして振り返る。
「誘拐犯の命を見逃す? ペロージア様の頼みごとをする? 殿下、妖精との交渉は慎重に行ってください。今回国内に飛ばされたというだけでも奇跡ですよ。国外でしたら城の者と連絡が取れなくなるところでした」
「う、す、すまぬ……皆まで巻き込んでしまって」
「巻き込んだことはいいのです。それよりもあなた様の安全が……殿下、その手に持っている紙はなんですか?」
「紙?」
ふと、フランメに言われて手元を見ると、いつの間にか金色の紙を握っていた。
紙を広げると何も書かれていなかった紙に、インクが落とされたようにじわりと文字が浮かび上がる。
『ユニコーンの角をとってきて』
「どうやらこれがペロージアの頼みごとのようだ」
「これだけで済めばよいですが」
ルコウもシオンが持つ金色の紙を覗き込むと大きくため息をついた。
「あやつめ、殿下に素材集めをさせる気か……」
「素材? なんのために?」
「それを聞く前に殿下がペロージア様の頼みごとを承諾するのがいけないのです」
「ぐぬぬ……返す言葉もない……」
「これ、やめんかフランメ。ヴィオラ様を見つけるにはペロージアの言うことを聞くのが一番早い。それに、あやつのあの様子……ヴィオラ様の命をたてにして言うことを聞かせようと考えていてもおかしくはない……あまりあやつをワシらの物差しで測るべきではないからのぉ」
「…………はぁ、わかりました」
フランメはため息をついて、王都の城の人と連絡をとるために魔法のハトを何匹か飛ばし始めた。
フランメは無表情であったが、少しだけ暗い気持ちに心が傾いていることに本人さえ気づいていなかった。
「殿下、これはペロージアが魔道具を作るための素材集めをしてほしい、という意味でございます。ワタクシも若かりし頃やらされたものです。今回はユニコーンの角ですね……彼らは知能が高く、会話も可能ですが、とても獰猛な魔物でもあります」
「ユニコーンか……」
シオンの持つ金色の紙を覗き込んでいたロージーが決意をあらため、腰に携える剣の鞘を握る。
「そのユニコーンとやらの角をもぎ取ってこればよろしいのですね。急にこんな状況になったことはまだ正直頭が追いつきませんが、ヴィオラ様のためならばあたしはなんだっていたしますわ」
戦闘準備万端なロージーの隣にひょっこりとペイアーが顔をだし、にへらと笑った。
「ユニコーンかぁ、じゃあ、オレはお留守番で! でもオレはか弱いから魔物に襲われたら一発でやられる、ってことでロージーはオレの護衛な」
「えっ、なんで!? 勝手に決めないでよ!?」
「うむ、それでいいだろう。僕とフランメ……ルコウは、行けるか?」
「どう、でしょう……念のため、お二人からは離れてついてまいります」
「えっ、殿下まで……」
「何かあれば魔法の鳥で連絡する」
ペイアーはてきとうな岩の上に座り込んでしまった。
ロージーがシオンたち一行とペイアーを交互に見てどうしようかと悩んでいたが、確かにペイアーは戦闘ができないし、シオンからの命令でもあるので大人しく留守番することにした。
「ほんとなんで勝手に決めるわけ? 殿下がお怪我でもしたらどうするのよ? そのためにあんたがいるでしょう?」
「オレが行った方が、殿下が怪我する確率が高まるからだよ」
「どういう意味?」
「ユニコーンって特殊な習性があってさ、性交渉の経験がある奴をみると襲い掛かってくるんだって、なんでかは解明されてないけど」
「えぇ!? な、なにその習性……」
「だから、オレはむしろ行っちゃっダメなわけ。オレみたいな欲まみれの人が近づいたらただじゃすまなそうだし」
「…………それだけじゃないでしょ……あたしのことも気遣って……はぁ、だから殿下も……」
ロージーは力が抜けて、ペイアーの隣に座り込んだ。
「まぁ、あれは、弱っているところにオレみたいな悪い男がつけこんだだけだから」
「………あんたとしたこと勝手に黒歴史みたいにしないでよ。あたし、後悔なんてしてないから」
「…………………………へ?」
「……あぁっ! もう駄目だ! じっとしてるの性に合わない!」
ロージーがぐっと力を込めて立ち上がり、おもむろに剣の素振りをし始めた。
「身体動かさないとなんか変なこと考えちゃう!」
「へ、変なことって?」
「ルコウ様のお話のことよ」
「え、あ、あぁ……そっちね」
「ヴィオラ様がそのルルディっていう妖精の生まれ変わりで、魂を受け継いでいるだとか、そのせいで魂が狙われているだとか、わけわかんないことばっかり!」
ロージーは、悩みを振り払おうとしているのか、剣をふるう手に力が入る。
ペイアーは何を考えているのかわからないが、ぼーっとロージーを眺めていた。
「でも、なによりムカつくのがそんなわけわかんない過去にヴィオラ様とシオンを巻き込まないでよってこと!! ああ! 絶対誘拐犯に会ったらボコボコにしてやる!」
「あはは、なんか安心したよ。元気が戻ってきたじゃん」
「イジイジするのはあたしの性に合わないだけよ。それに本当にムカつくし! ヴィオラ様にすごく怖い思いをさせて……眠らされていると言っていたけれど、今だってお一人で辛い状況に耐えて……………………うあああもうっ落とし前つけてやる!!」
ロージーはいら立ちに耐え切れなくなり、そこらの岩を殴りつけた。
岩はみしりと音をたててひびが入り、ペイアーは「ひぇ……」と声を漏らした。
「なんか、お前よりシオンの方がよほど冷静だよ……」
「ふぅ……確かに理性を失くしかけた時はどうしようかと思ったけれど、静かよね。シオンもヴィオラ様の居場所を教えてもうためとはいえ、誘拐犯の命を見逃す、だなんて意外だったわ……」
「たぶん、お前みたいにボコボコにしてやるくらいは考えてそうだけど……あはは……あ、あれもしかして、命はとらない程度にボコボコにしてやるって意味か……? あはは、いやまさか……ね」
二人が話していると、突然地鳴りが足元に響いてきた。
何事かとあたりを見回すと、遠くからシオンたちの姿とその後ろにはねじれた角を額に生やした真っ白な馬のような生き物、ユニコーンたちがシオンたちの後を走っている。後を走っているというより追いかけているというのが正しいだろう。シオンはフランメを小脇に抱えて必死に走っているし、ユニコーンたちは狂暴な目つきで息を荒くしている。
「げっ!? なんで殿下たち追いかけられているの!?」
鬼の形相でシオンを追いかけていたユニコーンの群れの一匹、しかも一番大きな個体がロージーとペイアーに気づいたようで、方向転換をしてこちらに向かってきた。
「うわっこっちに気が付いた! いくら何でもありゃヤバすぎる! 逃げるぞロージー!」
「……いいえ、ここで迎え撃つ。あんたは隠れてて!」
「はぁ!? 馬鹿言うな!!」
ロージーを角で突き刺そうとユニコーンが突進してきたのだが、ペイアーがロージーに体当たりをしてユニコーンの攻撃からそらした。
「ちょっと危ないじゃない!」
「こっちのセリフだ! さっさと逃げるぞ!」
「ダメよ! ヴィオラ様をお救いするには必要だもの!」
『イチャコライチャコラ……』
「「え?」」
『イチャコラシオッテ! セッシャモ、ツガイガホシイノニイイイ!!』
ユニコーンがだばだばと涙を流して、角を振り回して叫び始めた。
知能があり、話せるとは聞いていたが想定とは違いすぎて、ロージーもペイアーも反応に困った。
「も、もしかしてユニコーンが、その……経験がある人に対して攻撃的になるのって番が見つかっていないから……!?」
「いやいや、これは習性というよりこいつの性格じゃね……?」
『ウ、ウルサイ! フゴフゴ……!!?? ムシゾクノオマエ! イッタイナンニンノツガイガイルノダ!? フジョウ! ナンタルフジョウ!!』
「フジョウ……ですって?」
『ナ、メ、メス……カスカニ、ソコノムシゾクノニオイガスル……アッ! ヤッタンダ! コイツラヤッタンダアアア!!』
「……あんた、どうやら言っていいことと悪いことがわからないようね。ペイアー、こいつをわからせてやるから、大人しくそこで守られてなさい!」
「おいっロージー!」
ユニコーンはあらぶりながらロージーに向かって突進してきたが、ロージーもまっすぐユニコーンに向かってつっこんでいく。
ロージーはユニコーンの角の突き刺し攻撃を手で受け流し、太い首に腕と手首から伸びるツタを巻き付けて、力の限り地面に向かってたたきつけた。
「うらあああああああ!!!」
巨体であったユニコーンもロージーの力技でねじ伏せられ、地面にうなだれる。
こうなるとは考えていなかったのだろうユニコーンは状況が理解できず、見下ろすロージーを震えて見上げていた。
ロージーがユニコーンの鬣をがしりと掴んで頭を持ち上げて耳元でささやく。
「人をそういった経験の有無ではかってんじゃないわよ。あんたにペイアーの何がわかるの? ん?」
『ハ、ハヒ……ワカリマセン』
「そうよねぇ、じゃあまずペイアーに謝って『フジョウ扱いしてごめんなさい』って」
『ウ、ウウウウゥ……』
ユニコーンはプライドが邪魔をしているのか、ぎりぎりと歯ぎしりをして謝罪をするのを拒んでいる。
ロージーの目つきが鋭くなり「まだ痛い目見ないとわからないようね」と言ってもう一度攻撃をくわえようとしたところをペイアーが止めた。
「はいはい、もういいじゃんか。別にオレたちはあんたたちと喧嘩しに来たわけじゃないんだよ。ほら、ロージーも放してやりなよ。ユニコーン君、傷を治すから見せてみ」
「チッ……」
ロージーはまだ不満そうではあったが、大人しくユニコーンの鬣から手を離した。
ペイアーがユニコーンの傷の様子を見て、治癒魔法をかけ始めた。
ユニコーンは、彼の言う『フジョウな者』に触られることに抵抗を示したがロージーに睨まれると震えて大人しくなった。
「ほい、治療おしまい。君、頑丈だね。ロージーの攻撃でこれだけですむなんて」
『クッ……フジョウノモノニタスケラレルトハ……チクショウ』
「あんたまだ言うか! ペイアーはやり方は本当にどうかと思うけれどっ、ヤバい女を殿下の身代わりになって引き受けてるのよ! そのせいで刺されたことだって……」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って……ロージー、気づいて……えっといや」
「あ………………………ごめん、今のなし」
ロージーが明らかにしまったという顔をして、ペイアーから顔をそむけた。
ペイアーは顔が赤くなり頭から生える触覚がへにょりと垂れさがり、口元を手で覆い隠す。
「えー……気づいてたのー……」
「そりゃあ、あんたの相手する女はみんな殿下を好きな奴ばっかりじゃない……しかも、ちょっと思想が過激な連中……」
「……いや、もうやめて……恥ずかしさがヤバい……」
「でも、もうヴィオラ様がいるんだから……」
『エエイ! イチャコラスルナー! セッシャヲコレイジョウ、ミジメニスルナァ』
ユニコーンがどたどたと立ち上がり、またおいおいと泣き喚き始め、ロージーもペイアーもハッとして我に返った。
『アニジャー!』
『ブジデゴザルカ!?』
『ナ、コノモノカナリフジョウ!』
シオンたちを追いかけていた残りの3匹のユニコーンがこちらに駆け寄ってきた。
しかし、アニジャほど身の程知らずではないようで、ロージーが「あんたたちもこいつみたいにしてほしいの?」と睨むと『ヒ、ヒイイィ!』と身を縮こませて震えあがってしまった。
ユニコーンたちに追いかけられていたシオンたちも戻ってきて、シオンは小脇に抱えていたフランメをおいしょと地面に下ろす。
「まったく……フランメが彼らを怒らせるようなことを言うのがよくないのだぞ!」
「ちょっとフランメ、何言ったのよ……」
「彼らの言動があまりにも非社交的だったので、番が見つからないのはそういった言動も一つの要因では、とお伝えしました。ですが、殿下も馬鹿正直に自分の番のために角が欲しいなどとおっしゃったのが火に油を注いだのですよ」
「だが、その通りなのだ……」
「はぁ……フランメが悪い……」
ロージーが深いため息をつく。
ユニコーンたちをロージーが見ると、かなりトラウマになってしまったようで、アニジャたちはその視線だけで震えあがっている。
「殿下から聞いたでしょうけれど、あなたたちの角が必要なの……お願いします」
『フ、フン! ダレガフジョウデ、ボウリョクテキナヤツニキョウリョクスルカ!』
「お願いしてもだめなら折るか」
『ヒィ!!』
「はいはい、ちょい待ち!」
ペイアーがロージーの前に立ってロージーをいさめた。
「なんで止めるのよ。あんたさっきから貶されてんのよ。それに、角はヴィオラ様をお助けするのに必要だし」
「せっかく落ち着いて話せるようになったんだから、平和的にいこうぜ」
『フ、フジョウナモノ……』
アニジャたちのペイアーに向ける視線が親しみに変わり、ペイアーに縋りついて後ろに隠れ始めた。
ロージーは納得できないようで、まだ鋭くアニジャたちを睨んでいる。
『フジョウナノハムカツクガ、オマエイイヤツダナ』
「そりゃあどうも。それで、本当にオレたち君たちの角が必要で困っているんだ……1本分けてもらえないかな」
『セッシャタチノツノ、メスニキュウアイスルトキニツカウ……ダカラワタセヌ!………………セッシャタチノツノハリッパデアルノニ、サイキンノムスメタチハ……キョウミナイミタイダガ……』
「へぇ~、君たちの角ってそういう役割なんだ。蟲族でいう翅みたいな感じかぁ……でも、効果がないってことは流行りが変わったんじゃない?」
『カワッタ?』
「角ではなく、別の武器に持ち替える時期になったのだよユニコーン君たち、さぁそうとなれば特訓だ!」




