104.愛情か狂気か
シオンたちの姿が消え、ペロージアだけのはずの家で、黒い影が背後に現れた。
その影が手に握る剣の鋭く光る殺意のこもった刃がペロージアめがけて振り下ろされるが、その刃はペロージアの魔法壁に阻まれてあっけなく折れてしまった。
「やっぱり来ると思った」
ペロージアがゆったりとソファから立ち上がり振り返る。
そこにいたのはペロージアの妹のリリィの姿だった。
ペロージアは浅く息を吐き、ゆっくりと瞬きをする。
「リリィ……の魂を取り込んだのか」
「ふふっ、ふふふ、驚いた? 懐かしい姿でしょう? ペロージア姉さん」
「リリィのように振舞おうとするな。それじゃあ、今さらボクの心は揺るがない」
「あら、悲しいことをいうのね。そんなことを言っては嫌いになってしまうわ。そうよ、いっそ死んでくれたらいいのに……そしたら……そしたら、やっとあの子の魂が手に入るのに……!! あの子にかけた魔法を解きなさいよ!!」
「断る……はぁ、今までどれほどの魂を取り込んだんだ? そんなではもう自分が何者かも思い出せないだろう?」
「……何を言って……あ、あれ? 私…………ちが、私はリリィで……あれ、違う、違くて……あたし……」
リリィの皮を被った何者かは頭を抱えてふらつき始める。
「ボクはあの日からずっと『魂』について研究してきた。きっとそこにお前を変えた何かがあると考えてね。突然増えた魔力、感情の暴走………取り込みすぎた魂がお前の中で暴れ回っているのだろう?」
ペロージアは、頭を抱えて縮こまるアリィを見下ろす。
「アリィ」
名前を呼ばれるとリリィの姿はヘドロのように落ち崩れて、中からあどけない顔をした黒髪の少女が現れた。
ペロージアは少女に視線を合わせるためにしゃがむ。
少女はしばらくじっと何も話さずペロージアの瞳を見つめていたが、じわじわと表情は恨みと憎しみに侵食されていった。
「そう、そうだ……そうださっきあの王子たちに言ったこと聞いていたからな! クソババアどういうつもりだ!? あたしを殺したくない? 冗談も大概にしろ! あんたがそんなこと言うわけない! あたしは……そうだ、あたし……ルルを……殺し、て……あれ? でも、なんで……そう! 魂が欲しかったのにあんたたちが邪魔したんだ!!」
「記憶の混乱が激しいな、支離滅裂だ。お前が何と言おうと、ボクはお前を生かす」
「なんで!? だって、あんたがあたしを裏切って……あたしがあんたを裏切って? あれ、あたしが……? なんで? あたし、ルルを助けたくて……助けたかったのに……なんでルルは死んじゃったのに、あたしは生きて?」
「まったく……お前を生かす理由、わからない?」
ペロージアが、困惑する記憶で視点の定まらなかったアリィの顎を掴んで前を向かせる。
ペロージアの瞳は暗く沈んでいて、アリィは本当に久方ぶりに背筋が凍り付く。
「ボクはお前を愛しているよ、アリィ。だからボクの傍にいてもらう。何があろうと、ずっと生かし続けてボクの傍に置く。ボクはとても寂しがりなんだ」
「はぁ!? 何言って……」
「お前が嫌がろうが関係ない。お前の力なんて全て奪い去って何もできなくして、ボクなしでは生きていけなくする。くふふ、知っている?……相手を隷属させる魔法なんてのもある」
「ひっ……!」
アリィはペロージアから感じる恐怖に耐えられなくなり、ペロージアの手を払いのけて家の外に飛び出した。
アリィは恐怖で冷たくなった身体を無理やり動かしているうちに、本当に久しぶりに血が全身に通っていくのを感じた。
走って逃げた先の森で息を整える。長い間感じていなかった足を動かした後の足裏の痛みも振るえる手のしびれもはっきりと感じた。
「あれ……今まであたし、何して……あぁ、もう、ペロージアはなんで急にあんなこと……怖すぎる……まだ心臓が……どくどくする……こわ、かった……後でルルにチクってやる……あれ? でも、ルルはあたしが……ころ、して……」
アリィが遥か昔の記憶を探る。
しかし、耐えがたく受け入れがたい現実が頭痛となってアリィを苦しめて記憶を手繰るのを阻んだ。
「いっ、いた……う、お、ぇ……」
『もっと魂を……もっと力を……』
『お願い……もう、やめ……』
『一緒になろう、寂しいよ、寒い』
『たすけて……たすけて……』
頭の中で大勢の声が響く。耳をふさいでも収まらず、絶えずアリィを苦しめ続ける。
痛みに必死に耐え続けて、痛みが引いてきたころにはまた虚ろな瞳に戻ってしまった。
「あ、そうだ……ルルの魂……きっと触れば、ひとつになればこの苦しいのも全部なくなる。きっとそうだよ……」
アリィはふらふらと立ち上がると、アリィの姿がまたリリィに変わってしまった。
「あいつがルルにかけた魔法を解く気がないなら、その気にさせてやる。また全部、全部全部奪って! 引き裂いて! 殺してやる!!」
他者の皮を被り自分を見失ってしまったその人は、森の暗闇に姿を消した。




