103.傾いた天秤
再び穴を潜り抜けると、妖精界へと出た。
妖精界は穏やかな日差し、温かな空気、なだらかな風が吹いていて、心地の良い春の陽気を感じられる。
広がる草原の先には一軒の小さな家が見え、家に向かってルコウが先行して歩き、シオン、ロージー、ペイアー、そしてフランメが続く。
家の前に着くとルコウが止まり振り返る。
「殿下、ここでお待ちを……ペロージアは、その、寝起きが壊滅的に悪いので、ワタクシめが先駆けを務めます。フランメ、何かあれば殿下を無事に元の世界に返すのじゃぞ」
「承知しました、父上」
「壊滅的とはなんだ……?」
冗談だと思えるようなことをルコウが真剣に言うので、シオンもロージーもペイアーもお互いに顔を見合わせた。
ルコウが家に入ってしばらくすると。
ドカンッ!!!
何か大きな爆発音が聞こえ、家の窓からは黒い煙が流れ立ち上る。
ロージーが「ルコウ様を助けに行かないと!」と言って家に入ろうとしたが、それをフランメが制止した。
そして、それからすぐにルコウが玄関から飛び出てきた。
「殿下、お待たせしました。少し煙たいですが、ペロージアとは話せそうです」
「そ、そうか……だ、いじょうぶか?」
「はい、狭い場所ですがどうぞ」
もくもく煙る廊下を進み、ルコウに家の談話室へ案内された。
「あれから、ずっと変えていないのか……そう、か……」
ルコウは家の様子をぐるりと見渡し、ぽつりとつぶやいていたのがシオンに聞こえた。
ルコウの様子を見るに、ルコウはアリィとの戦いの後からペロージアとの交流をたっていたのだろう。今思えば、呪いをかけられたときもルコウが席を外したのを見計らってペロージアは呪いをかけに来たのだと思えた。
きょうだいであるはずの二人には、何か大きな隔たりをあるのをシオンはなんとなく感じていた。
ルコウが談話室のソファにシオンたちに座って待つように促した。
すると、先ほどまで眠っていたところをたたき起こされたために、実に不機嫌そうに眉間に皺を寄せているペロージアがゆったりと談話室に入って来た。
別荘の裏庭で会った時は余裕のある雰囲気の人だと感じたが、本当に寝起きは機嫌が悪そうで、このような一面を見ると、シオンはこの人も自分たちと変わらない人のような気がした。
「ペロージア、寝ているところをたたき起こしてしまってすまない。ヴィオラが今危機的状況なのだ、どうか協力してほしい」
「本当だ。たたき起こすものだから実に気分が悪い」
「これっペロージア! 殿下に対してなんとう口のきき方じゃ!」
「ジジ臭いルコウとは話さない」
「ぐぬぬ……」
ルコウは蝋の身体を変化させ、昔の少年の姿へと変えた。
「これで満足か!? なぜわざわざ昔の姿にこだわるのか……本当におぬしのことはさっぱりじゃ……昔から……」
「父上、きょうだい喧嘩は後になさってください。ペロージア様、ご無沙汰しております。今回お邪魔しましたのは……」
「あぁ、ヴィオラのことだね……はぁ、わかっている。ここにルコウと共にボクに会いに来たということは……ルコウは全部話したのだね……」
ペロージアはまだ不機嫌が治らないようで、空いているソファに座って、眉間をぐいぐいとつまんでほぐす。
ペイアーが隣にいるロージーにこそっと「ペロージアさんって美人だな」と耳打ちして、ロージーに「本当ね……って、こんな時にまでやめなさいよ!」と肘打ちされていた。
しかし、それはペロージアに聞こえていたようで、ペロージアの表情が柔らかくなり、満足そうに微笑んで機嫌がなおった。
「くふふっ、いいところに目をつけたな蟲族のエロガキ。ボクは『美人』だろう?」
「はい、そう思います!」
「もう馬鹿! そういうこと初対面で言わないの! も、申し訳ございません、ペロージア、様……?」
「いいよ、草花族のお嬢さん、素直な奴は嫌いではない」
「そんなことよりも僕はヴィオラのことが聞きたい。ヴィオラは無事なのか!? ヴィオラの居場所は……」
「騒ぐなラナンの子。あなたの聞きたいことはわかっているよ。まず、ヴィオラは無事だ。ボクの加護はあなたたちの予測通り居場所もわかる、ついでに彼女の状態も……深く眠らされているようだが怪我もないよ」
「本当か!?……はぁ……よかった……それで、ヴィオラはどこにいるのだ!?」
シオンはやっと少しだけ肩の力が抜けたようで、ソファに身体を沈めた。
しかし、またすぐに焦燥感が身体に現れて、どんどんと前のめりになる。
「教えない」
ペロージアは、ぽつりとつぶやいた。
その言葉を理解するのにシオンは時間がかかり、そしてペロージアの言葉が頭にたどりついた時にシオンの怒りが爆発しそうになった。
しかし、その前にルコウが素早くペロージアの胸倉をつかみ大きく揺さぶった。
そのあまりにもあらぶった様子にシオンも怒りが抜け、ロージーやペイアー、フランメも唖然とした。
「おぬし正気か!? ヴィオラ様があやつに魂を狙われ、かどわかされたというのに協力しないとはどういうつもりじゃ!?」
「揺れる。だって、あなたたちアリィに会ったらあの子を殺すつもりだろう?」
「……っあたりまえじゃ! 今回のことも過去のことも決して許されることのない重罪じゃ……命をもって償うことになる!」
「なら、協力しない」
「お前……まさか、まだあやつのことを……」
「ルコウだってそうでしょ……だから、昔の戦いの時、剣筋が鈍ったんだ」
「……っ!!」
ルコウは酷く動揺しているのか白い蝋の身体が形を保てず、ぐらぐらと揺れる。
ペロージアの胸倉をつかんでいた手がゆっくりと離された。
「それでも……それでも……オレたちはあいつの師だ……弟子の過ちは師であるオレたちが正してやらねぇと……」
今、シオンたちの前にいるルコウはいつも頼りにしているルコウとはべつの、過去に弟子のアリィの過ちをとめられず、罪の意識とアリィを想う気持ちと板挟みになっている知らなかった部分のルコウだ。
彼の少年の顔は悲しみと苦しみに歪んでいる。
「ボクもアリィの犯してしまった過ちを償おうと思った。だから、巻き込んでしまった竜族を今まで庇護してきた。彼らを狙うものがいれば消して、生き延びられるように……ルコウも同じこと考えたんでしょ、だから、ラナンの子に仕えている。ボクたちもきょうだいだね、長い間離れていたのに、結局同じ場所にたどり着いたのだから……」
「……」
「けれど、再びアリィが現れた……生きて、いた……ボクのルルディを奪っておきながら、また、あの子の生き写しのヴィオラを狙って現れたんだ……生きて……」
「……お前、まさかあの時アリィをわざと逃がしたのか……?」
「ボクのアリィに対する怒りと大切な人を失う悲しみを天秤にかけた時、やっぱり……アリィを失いたくない、そう思ってしまった」
「っ!! っざけるな!! お前それがどれほど……」
「許されないこと、罪深いこと、甘いこと、いろいろ言いたいことはあるだろうが、ボクはボクのしたいようにする。それを邪魔するのなら協力もしないし、容赦もしない。たとえ、ルコウでもフランメでも、ラナンの子でも」
ペロージアは本気なようで、しっかりとした口調でその場にいる全員に視線を送った。
もはや狂気ともいえるこの妖精の考え方にロージーやペイアーは引いていたのだが、シオンは静かにペロージアの話を聞いていた。
「わかった。ならば、今回の誘拐犯であろうアリィの命は見逃すことにする」
「し、しかし、殿下あやつはあなた様のご先祖らの命を奪い、さらにはヴィオラ様をかどわかし、あなた様自身も傷つけてきた相手ですぞ!」
「僕は何よりもヴィオラの安全が大事だ。だからアリィの命の保証はヴィオラが無事な間だけだ。ペロージア、それでもいいのなら協力してくれないか……頼む」
「……そうだね、ボクもアリィにヴィオラの魂を奪うようなことしてほしくないし、ボクもヴィオラは好きだから、彼女が死なないようには動く」
「感謝する」
「ただ、あなたたちに手伝ってもらいたいことがある」
「手伝い? それはヴィオラを助けるために必要なことなのか?」
「とてもね。やる? やらない?」
「……彼女を助けるために必要なことならば、返事はひとつだ。やる」
「くふふ、いいね」
ペロージアはにやりと笑う。
その笑みからは彼女に悪意があるのかどうかは読み取ることができなかったが、シオンはペロージアに悪意があろうとなかろうとヴィオラと再び会うことができれば何であろうと乗り越えるつもりであった。
「よし、あなたの覚悟はわかった。あなたたちには探し物を頼みたい」
「探し物、とは?」
「見つけてほしいものは3つ、それじゃあ行ってきて」
「行ってくるとはどこに……」
ペロージアはどこで何をするのかもシオンたちに告げることなく、指をぱちりとならすとシオンたちの姿は消えてしまった。




