102.小さな火種
ペロージアに会いに行くことにはなったが、大人数では妖精界に行くのに移動が大変であるし、大人数で押しかけてはきっと彼女は会ってすらくれないだろうということで、行く人数を絞ることになった。
剣を携え、動きやすい服に着替えたシオンとロージー、そして、医療器具を鞄に背負ったペイアーと普段通りのフランメとルコウが城の中庭に集まった。
ロージーがにこにこ顔のペイアーと無表情のフランメを見て、苦い顔をしている。
「それで、人選はこうなったと……いえ、同行を許していただけたので、文句はないのですが少し……この二人が……」
「楽し、仲良し、幼馴染組でよかったじゃんか! 楽しもうぜ、いえーい!」
「諦めてくれロージーや、ペイアーは医者として優秀であるし、殿下のことをよく知っておる。妖精界に行くのにフランメの力を借りた方が、道が安定するのじゃよ。何よりみな殿下と共に育ってきたのだからお互いのことをよくわかっておる、何かあったときその方が動きやすいのじゃ」
「わかっています……わかっていますが……あなたたちお願いだから暴走だけはしないで」
「シツレーだな! オレたちがいつ暴走するっていうんだよ。なぁ、フランメ?」
「そうですね、ワタシは必要なときに必要なことをするまでです」
ロージーは何故だか胃がきりきりしてきて、今から不安を感じた。
シオンが困った顔で少しだけ微笑み、ルコウとフランメに妖精界への道を開くように頼んだ。
ルコウが手をかざし、フランメも続いて魔力をおくると、何もなかった空間がぐにゃりとねじれて、ぽっかりと黒い穴が開いた。
「まずワタクシめが参ります。大丈夫そうでしたらお呼びします」
ルコウは穴によいしょと入り込み、その姿は穴に吸い込まれてしまった。
しばらくするとひょっこりと顔だけ戻ってきて「お気をつけてお入りください」と言ってまた穴の中に消えた。
ロージーがシオンの安全を確保するために先に入り、シオンも後に続く、ペイアーが関心しつつ入り、最後にフランメが入ると穴は跡形もなくその場から消えてしまった。
妖精界に続く道は霧がかっていて、足元が白い霧で埋もれていて本当に足が地についているのか不安になるほどだった。
先頭を歩くルコウは魔法で明かりをつくり、後続が自分を見失わないように歩幅を考えて歩いている。
その後ろをロージーが、次にシオンがそしてペイアーが歩き一番後ろにフランメがつく。
しばらく歩いていると、何故だがシオンの歩幅が小さくなり、いつの間にかフランメの隣を歩き始めていた。
「殿下、前を歩いてください」
「フランメとの話が終わったらな」
「ワタシ、とですか?」
「フランメはもしかして、ペロージアと会ったことがあるのか?」
「はい、時々家に来て母と話しますから、幼いころから可愛がってくださいました」
フランメがなんてことなくいうと、先頭のルコウが悲鳴を上げた。
「なっ、そ、そんなことワシは初耳じゃが!?」
「父がいない時を見計らっていつもいらっしゃっていましたからね」
「な、なぜミモザもお前も言ってくれぬのじゃ!?」
「母さんは父さんが過去を話してくれない腹いせです。ぼくは聞かれていませんので、聞かれていないものには答えられません」
「う、く、うううぅ……こういうところは、お前は本当に妖精じゃ!」
ルコウの白い顔がくしゃりと歪む。
親子げんかに挟まれたシオンもペイアーもロージーも何とも言えない顔をして、ルコウとフランメを交互に見る。
ルコウはまだ不満げにしていたのだが、足を止めるわけにはいかず前を歩き続け、フランメは父のことは放っておいてシオンに視線を戻す。
「それで、話は終わりですか?」
「ん、いや……ペロージアとは、どんな人だ?」
「どんな人、ですか……」
「ずっと考えていたのだ、今までどのような気持ちで過ごしてきたのだろうかと……大切な人を失くし、はるか昔から独りでいるのはどんな気持ちで……僕に呪いをかけたとき『見かけばかりを見て大切なものを見ようとしない』という様なことを言われた。もしかしたら、彼女自身がそうだったから、同じ轍を踏まないようにしてくれたのでは、と」
「……殿下、本当に変わられましたね」
「な……ぬぬ……確かに、少し前の僕だったらそこまで考えが至らなかったやも知れぬが……」
「そうですね……ワタシの知るペロージア様は……いつも母の話をゆったりと聞いて、優しく微笑む横顔が印象的で……ワタシのことも気にかけてくださって、魔法も教えてくださいました。それと……」
「それと?」
「………………それと、『罪悪感と孤独』。あの人を見ていると思い出す言葉です」
「……ペロージアもルコウのように罪に苛まれていると感じるのか?」
「今言ったことは全てワタシの主観的感想でしかありません。実際に殿下がお話しされて決められてください」
「それもそうだな」
シオンはフランメと話終わるとまた少し前を歩き始めた。
フランメはシオンと話している間も、ルコウから過去の話を聞いていた時もさして表情を変えていなかったが、内心今まで感じたことのない感情に支配されていて動揺していた。
心の中は誰かがずっと泣き叫んでいるかのように騒がしく、嵐の夜のように激しい。
(父さんが身体を失った理由を今やっと知ることになるだなんて……もし、今回の事件が起こらなければ父さんはずっと話さないつもりだった? ルルディさんを失ったことも、人間族が追放されてしまったことも、どうしてぼくと母さんを封印していたのかも、育てた人間に裏切られたことも、全部自分一人で抱え込むつもりだった?)
(ぼくにも母さんにも、誰にも言うつもりはなかったのか……)
フランメはこの感情にまだ名前を付けられずにいる。
フランメは少しだけ記憶の中に思考を浸した。
自分が幼い時、暗い部分を見せない性格の母がひっそりと夜中に誰にも知られないように泣いていた日があった。母が泣いている姿をみるのはそれが最初で最後だ。
机に向かい頭を抱え静かに、本当に静かに涙を流して「アリィ、ルルディ、リリィ……みんないなくなるだなんて……辛いじゃない……でも、一番辛いのはペロージアかしら……」と呟いていた。
当時はわからなかったが、母はおそらくペロージアから母と自分が封印されている間の出来事を聞いたのだろう。
(もし、過去のことが起こらなかったら父さんは今でも肉体があって……母さんも泣くこともなくて……)
幼い時、ふと思ったことがある。
なぜ自分は他の人とこれほど違うのだろうか、と。
何故、自分の父は隣に住む友達のお父さんとは違って身体が蝋でできているのか、と。
何故、他の人のように美しい翅もなければ、花が頭部に咲くこともなく、鱗もなく、耳のとがりは申し訳程度で並みの妖精ほどの魔力もないのか、と。
何故、周りには自分の母と同じ人間族がいないのだろう、と。
母と父に答えを求めたことがあった。
けれど、結局自分の納得する答えなどもらえるはずがなかった。
所詮、母は人間族で父は妖精で、自分とは違うのだから。
その重たい現実が、ゆっくりとフランメも知らないうちに彼の心を長い間押しつぶしてきた。
(違う……ぼくはもうこんなことでは悩まないと決めたじゃないか……誰がなんと言おうと、ぼくはぼくだ……母さんも父さんもそういってくれた。人間族であることも、妖精であることもどちらもあってぼくなのだと……)
(でも、もしアリィなんて奴がいなかったら? 人間族がこちらの世界に住んでいたら、ぼくはもっと自由だった?)
(隣の友達のように、温かな身体で父さんに抱きしめてもらえた?)
(他の人たちは親の種族が違えば必ず子供はどちらかに傾くのに、どうしてぼくはどちらつかずなんだ……? ヴィオラ様は同じ立場のはずと思ったのに、結局彼女は魔法のつかえない今の人間族だ。ぼくと違う……)
フランメはただ静かに歩いている。
心のうちに小さな火種が産まれていることも知らずに。




