100.そして、現在へ
(アリィの視界からはずれたら、妖精界への道を開こう……大丈夫、兄さんたちだもの、大丈夫。アリィのことよくわかって……)
リリィは走りながら、涙が流れてきた。
胸が苦しくて、辛くて、どうして幸せのままではいられなかったのかと誰かを恨みたくなる。
(どうして、こんなことになっちゃったんだろう……アリィはいい子だったのに、そうじゃなかったのかな……いいえ、そんなことなくて……)
(どうして、ルルはお母さまのこと操るみたいに……あの消えた人はどこに行ってしまったの……?)
(どうして……)
静けさに包まれる森に入り、足が止まる。
涙はとめどなく流れてしまって、いつまでたっても止まりそうになかった。
「どうしてかなぁ……どうしてなんだろう……何が悪かったのかな……」
苦しくて胸を押さえると少しだけ温かい。
ほんのりと、わずかだがルルディの気配を感じとれた。
「ルルディ……あなたなの……? 泣き言言ってごめんね……私、あの末妹が産まれた時、本当はね怖くて動けなかった……でも今度は……今度こそあなたを守るからね」
リリィは、妖精界に続く入り口を作り出し、その穴に飛び込んだ。
しかし、女神が現れたことでここら一帯の次元が歪んでしまっていたことに、リリィは気づいていなかった。
飛び込んだ先は真っ暗で、突然大量の水が喉に流れ込み、息が苦しくなる。身体には大きな抵抗を感じ、自由が利かずどちらが上でどちらが下かもわからない。
(ここはどこ!? 苦しい! にい、さん……ダメ、生きない、と……)
リリィの身体に金色の結晶が生まれ、その結晶はやがてリリィの身体全体を包み込んだ。
この結晶はリリィ特有の魔法で、こうして結晶に包み込んだ対象を封印できる。
結晶はいかなる魔法からも対象を守るが封印が解けるのは、リリィまたはリリィの双子であるルコウのみだった。
(ごめんね兄さん……こんなところで眠ることになるだなんて……兄さん、私のこと見つけられるかな……兄さん探すのそんな得意じゃないし、結局いつも私が一緒に探してたし……ペロージア姉さんと一緒なら大丈夫かな……)
(ここは暗い……寂しいところだわ……)
(……ごめんね、ルルディもいっしょだったね)
(ねむたく、なってきた……)
(だれか……わたしたちのこと、みつけてくれるかな……みつけてくれるといいね……)
リリィがたどり着き、眠りについた先は人間が飛ばされた世界の湖の中だった。
湖の中で眠るリリィをナルキが見つけ出したのは、とてもとても後のことだった。
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アリィとルコウ、そしてペロージアの戦いは3日にも及んだ。
剣豪であるルコウや妖精界いちの魔法使いであるペロージアを相手にアリィはあらかじめ用意していた魂の結晶を惜しみなく使い、対抗した。
しかし、本当は本気でアリィを殺そうと思えばルコウにもペロージアにもそれは可能だった。だが、彼らのアリィと共に過ごした記憶とアリィに対する憐れみや悲しみ、または愛情が攻撃の手を緩めさせてしまっていた。
アリィが力を使い切り、息も絶え絶えになり動けなくなったことでこの戦いは終わりが目前となった。
アリィが地面に膝をつき、大きく息をして、深い傷を負った腹を押さえる。
瀕死の状態でもルコウとペロージアを憎々し気に睨む瞳からは力が失われていない。
あれだけ怒りに囚われていたペロージアもアリィと戦い続けているうちに、まるで湖の水面のように、驚くほど心に静けさを取り戻してしまっていた。
今もアリィを静かに見下ろしている。
ルコウは、今産まれて初めてペロージアと感情が重なったとふと思った。
何も言葉を発することなく、ペロージアはアリィにとどめを刺すために杖を向けた。
しかしその時、憎しみにあふれていたアリィの表情が崩れ、あどけない以前のアリィのような表情が戻り、しずしずと涙を流す。
「ごめんなさい……ペロージア、ルコウごめんなさい……おね、がい、あたしを殺さないで……」
「……!!!」
静かになっていたペロージアの心に波が立った。
身体が硬直し、瞳は動揺でひどく揺れ動いた。
だが、それはアリィの虚言であり、すぐにアリィには憎しみが瞳に戻り、ペロージアに向かって黒い炎球の魔法を放った。
(ちっ! バカ姉貴!!)
ルコウがペロージアを突き飛ばし、炎の魔法をもろに食らった。
ルコウはそれで動きを止めることはなく、炎で焼かれながらも熱せられた剣でアリィの胴を横なぎに切りつけた。
アリィは血を吐き倒れ、身体は泥のような闇の塊になり消えてしまった。
「……ルコウ? ルコウ!!」
炎に焼かれるルコウをペロージアが助けようとするが炎の勢いは何故か止まらない。
(何かがボクの魔法を邪魔している! 魂か!?)
「ルコウしっかりしろ! ボクが助ける! だから、これ以上………」
ペロージアの願いも虚しく、ルコウの身体は黒い炎に燃やされて塵も残らなかった。
ペロージアは放心して、その場にへたり込む。
また大切な人を失った現実に頭が、心が、拒絶していた。
そのため、ペロージアはルコウの身体が消え去ったあと小さな黒い蝶が飛び去ったことに気づくことができなかった。
「ルコウもいなく、なっちゃった……あ、あぁ、リリィ……リリィを探そう」
ペロージアは残された希望に縋るため、ふらふらと立ち上がってリリィを探し始めた。
しかし、世界のどこを探してもリリィを見つけることができず、心も身体もぐったりと疲れたため、妖精界に戻って来た。
妖精界にはもうわずかな妖精たちとルコウの恋人であるミモザ、そしてそのお腹に宿る新しい命しかいない。
ただ、そのミモザもお腹の子もリリィによる特別な魔法で封印され、今は静かに金色の結晶の中で眠っている。
ルコウとリリィはあの残酷な末妹がミモザをお腹の子ともども殺そうとしたため、彼女たちを護るため封印することに決めた。現在は、封印を解くものがいなくなり、ただ静かに時を過ごすだけになってしまった。
ペロージアは何の音もしない、生き物の気配のないルコウの家で、ベッドの上で寝かされている彼女たちをぼーっと見つめていた。
「ごめんミモザ、ルコウの子……ルコウも死んでしまった……あなたの封印どうしよう……ルコウはいないのに……起きても……」
ペロージアが眠るミモザに向かってなのか、自分に向かってなのか言葉をつぶやく。
「リリィもどこかに行ってしまった……アリィも死んでしまった……ルルディも死んでしまった……」
「みんな……みんないなくなってしまった……ボクは大馬鹿者だ。力があっても何もできやしない。みんないなくなった……」
「独りぼっちだ……でも、昔よりずっと、ずっと寂しいよ……」
「ボクは寂しいよ……さみしい……う、ううぅ、うああああああああああああ!!!」
ペロージアは人生で初めて大声をあげて涙を流した。
いくら泣きじゃくっても慰めてくれる言葉も温かな手も全て失ってしまった。
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ある魂がゆらゆらと、どこに行くわけでもなく世界を漂っていた。
(僕は誰だったかな……思い出せない、何をしていたんだっけ……)
(誰か……誰か大切な人が……あぁ、そうだ大切な人がいたんだ……名前……思い出せない……とても、大事なことなのに……)
魂は必死に記憶を手繰り寄せる。
(あぁ、そうだ……彼女、とても素敵な笑顔で笑うんだ……僕は彼女の笑う顔が好きだった。笑わなくても好きだった、悩む顔も、ぼーっとした顔も全部全部好きだった)
(どうして、僕は過去のように話しているのだ……あ、そうか、僕は……もう、彼女に会えないのか……)
(泣く……だろうか……泣く顔を見るのは……とても辛い……ひとりで泣いていないだろうか……)
(僕がもっと強ければ、死ななかったのだろうか……強ければ……)
(それで、もっとずっとそばにいて、もっと彼女を愛したかった、もっと彼女に触れて、大好きだと伝えて、もっと、もっと……)
(あぁ、もう一度会えたなら……もっと大切にしたい、もっと抱きしめたい、たくさん伝えたいことだって……)
(会いたい、な……)
魂は揺らめきと共に静かに世界に溶けていった。
時が経ちしばらくすると、生き残った竜族たちに不思議なことが起こった。
それまで竜族にとって番というのは子を成すための間柄であったが、そこに確かな強い絆を互いに感じとれるようになり、番ができると魔力が増大する現象が起き始めた。
そして、なにより番ったもの同士、互いに深く愛し合うようになる。
あまりにも自然に竜族全体にその感覚が浸透し、それはやがて本能と呼ばれるようになった。
はい、これにて3章おしまいですっ!
けっこう暗いお話しでしたが、読んでくださった読者様ありがとうございます(*^^*)
本当に作者の癖いっぱいに詰め込んだお話し、読んでいただけて作者嬉しいです!




