第177話 雪と詩音の女子トーク
詩音が階段を降りる。
さっきの言葉が、まだ頭の中で反響している。
自分でも何を言ったのか、うまく整理できていない。
リビングの明かりが漏れている。
ソファでくつろぐ雪の姿が見えた。
のんびりコーヒーを飲んでいる雪と目が合った。
「あ、詩音さん」
雪がカップを置く。
「どうだった?光、元気づけられた?」
じっと顔を見て、にやっとする。
「……って、なんか顔赤いね?」
詩音が一瞬固まる。
「え、あ、えーと……ライブの動画は見せました。ええと……言いたいことも、たぶん…」
「ふーん」
雪が目を細める。
「告白できたんだ」
「するつもりは全くなかったんですが、間違って言ってしまって……」
「え、そんなことある?」
雪が身を乗り出す。
「あと、しばらく……2時間くらい?部屋にこもってたけど……どこまでしたの?」
「ど、どこまでって!な、なにもしてないですよ!」
詩音がぶんぶん首を振る。
「ベッドに座って、タブレットを見ながら話をしていただけで……」
「え?なにもしてない……?」
雪が本気で驚く。
「その状況で?よく我慢できたね……。え?手を繋ぐとか、ハグとか、ほんとになにも??」
「は、はい……」
「詩音さん、これ以上ない資産家のご令嬢だし、普段の仕事みてたらすっごいカッコいいから、イケイケだと思ってたんだけど」
「だけど……?」
雪はにやっと笑う。
「意外とヘタレなんだね」
「ぐふっ……!」
詩音はその場にへたり込み、そのままソファに沈んだ。
「だって…!お母様が過保護すぎるせいで恋愛経験ないんですもん…!」
雪は声を出して笑う。
「ははは。でもね、光は詩音さんのこと、すごい好みだと思うんだよなぁ」
詩音がぴくりと反応する。
「光に可愛いとか、美人とか言われたことない?」
初対面のカフェを思い出して、詩音の耳がまた赤くなる。
――東雲さんって素直だし、努力家っぽいし、可愛げもあるし。
ああ、あととびきり美人だしね。
「……初対面で言われましたね」
雪が目を見開く。
「やっぱりそうなんだ!!それ、すっごく珍しいと思う……!たぶん詩音さんくらいじゃないかな……」
「そ、そうなんでしょうか……」
「ていうか、嫌がらないし押し倒しちゃえばよかったのに」
「そ、そんなことできませんって!」
「ええー、そうかなぁ。光、正直積極的でとても……すごいよ」
「え!?男性の光さんから何かしてくれるとか、あるんですか!?」
雪が悪戯っぽく笑う。
「むしろ自分から上に乗って楽しそうに私を責めてきたり……」
「そ、そんな漫画みたいな世界が……」
「詩音さんもそういう漫画読むんだね」
「えっ、あ、えーっと……!」
雪がくすくす笑う。
———
ひとしきり騒いだあと。
ふっと、雪の表情が少しだけ柔らかくなった。
カップを持ち直す。
「ねぇ、詩音さん」
声の温度が、ほんの少し下がる。
「光ね、なんだか私のことは守ろうとしちゃうんだよね」
詩音が顔を上げる。
「守ろうと……?」
「うん。私が平気でも、“俺がやるから”って背負っちゃう」
小さく笑う。
「私のことは守る対象みたい」
一拍。
「だからさ、光のことを近くで守ってくれる人がいたらいいなって、ずっと思ってた」
詩音の喉がわずかに動く。
雪はまっすぐ見る。
「私は隣にいる。でも、光の外側までは全部は届かない」
少し照れたように笑う。
「詩音さんなら、そこに立てると思った」
くるっと笑う。
「私はただ、こう思っただけ」
ほんの少しだけ視線を逸らして、
「……三人のほうが、面白そうじゃない?って」
その言葉だけは、詩音の胸に妙に残った。
詩音は小さく息を吸う。
「……そんな、大それたこと」
「大それてないよ」
そして、急にいつもの顔に戻る。
「だから押し倒せって言ってるの」
「話が急に雑になりますね!?」
空気が一気に軽くなる。
雪は笑いながら立ち上がる。
「あ、そうだ。もしもの話なんだけど、光がね……」
———
その後。
恋愛の駆け引きから、光の好みの傾向、タイミングの作り方、雪がこっそり教える“光の取扱説明”まで。
真剣な話と、どうでもいい話と、少し危うい話が入り混じりながら、二人の声は夜遅くまで途切れることがなかった。
笑い声が、静かな家にぽつぽつと弾ける。
気づけば、時計はとっくに日付を跨いでいる。
詩音はカップの底を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……でも、今日の光さん、少しだけ目が戻っていました」
雪の肩から、一気に力が抜ける。
「正直、めっちゃ安心したぁ」
その声は、さっきまでの茶化す調子とは少し違っていた。
「ここ数日ね、ちょっとだけ怖かったんだよ」
詩音は黙って聞く。
「あんなぐるぐる考えて黙る光、あんまり見たことなかったからさ」
小さく笑う。
「光ってさ、だいたい大して考えもせずに”やる”って決めて進んじゃう方だから」
一拍。
「でも今回は、止まってた」
詩音は小さく息を吸う。
「だからさ」
雪が顔を上げる。
「今日、目が戻ってたならもう大丈夫かな」
やわらかく笑う。
「ちゃんと、詩音さんの前で戻ったんだね」
詩音の耳が、またじわっと赤くなる。
光の火種を守ると決めたその瞬間、
詩音の胸にも、小さな火が灯っていた。




