第176話 光と詩音(後編)
タブレットで動画を流したまま、光と詩音の二人は話していた。
「世間の声は放っておけばいいです。そちらの対応は、私が全部引き受けます」
光が横を見る。
距離が近い。
「いいの?俺が何か言うたびにさ、“革命家だ”とか“男性の希望だ”とか、“常識を壊す象徴”みたいに勝手に担がれるよ」
少しだけ苦笑する。
「俺がちょっと思いつきで喋っただけでも、“歴史的発言”とか言われるし。“男性代表の声明”みたいに扱われる」
「でもそれは、光さんがここまで積み上げた結果です。“期待”が可視化された状態に過ぎません」
詩音は静かに答える。
「象徴にされるのは、影響力が可視化されたということです。
でも、“象徴であること”と、“責任を一人で背負うこと”は別です」
少し前に体を傾ける。
「光さんは、もう“個人”として見られない瞬間があります。
でも私は、ちゃんと一人の人間として見ています」
視線を逸らさない。
「光さんは“やりたいこと”だけを考えてください。
どう意味づけられるか、その翻訳と制御は私がやります」
「……そんなの、できる?」
光は少し視線を落とす。
「あと、もし俺が間違ったら?」
詩音は一瞬きょとんとしてから、小さく笑った。
「そのときは私も一緒に間違えてますね」
軽い口調。
でも、目は逃げない。
「決して、一人で間違えさせません」
光が息を吐く。
「……ずるいな、それ」
そして、少しだけ柔らかく。
「それに私は、光さんがびっくりするようなことを言うところが好きなんです。
たぶんチーム光の中で私だけだと思うんですけど、音楽が最初にきてないんです。
“男性が前に出ることもある”
“女性が支えることもある”
“その二つは対等でいられる”
カフェで光さんが当たり前のようにそう言ったあの瞬間に、もう惹かれていました」
光がきょとんとする。
「私が衝撃を受けたのは、その価値観です。
歪で、それでいて世界を前に進める考え方。
私はそれを守り、広めたい。
光さんは自由にやる。それを支えるのが私の役目です」
静寂。
「……あれ?詩音さんって俺のこと好きだったの?」
詩音が止まる。
耳まで赤くなる。
「ち、違います、いや、違くはないんですが今の主題はそこではなくて」
立ち上がる。
タブレットを慌てて回収する。
「とにかく!やりたいことのタネを探してください!私は外側を整えますから!」
ドアノブに手をかけ、一瞬だけ振り返る。
「光さんは、一人じゃありませんから」
そして出ていった。
バタン。
静寂。
光は壁にもたれたまま、天井を見上げる。
小さく笑う。
「……やりたいことのタネ、ね」
目が、ほんの少しだけ光る。
光はまた、タブレットで他の動画を再生し始めた。
いまだ完全復活ではない。
でも、確実に火は燃え始めていた。




