第165話 選考後のチーム光と、裏選考Day Extra
オーディションの応募者が会場から帰ったあと、
チーム光の面々だけが、少しのあいだ残っていた。
各自の楽器は、すでに片付けられている。
ギターケースも、ベースも、キーボードも、もうない。
残っているのは、
会場備え付けのグランドピアノと、ドラムセットだけだった。
さっきまで音が鳴っていたはずの場所が、
急に広く、静かに感じられる。
全員、疲れている。
だが、その疲労の奥に、妙な高揚がまだ残っていた。
雪が、ぽつりと口を開いた。
「……ちゃんと、残るべき人が残った気がする」
感想というより、確認に近い。
最後まで残った顔ぶれを、頭の中でなぞる。
詩音が、人数を思い返すように言った。
「DAY3の開始が、13人でしたよね」
少し間を置いてから、続ける。
「終わってみたら……7人くらい。
数としても、音としても、
あれ以上は、正直、無理だったと思います」
顔を上げる。
「途中で落ちた人たちも、
能力が足りなかったわけじゃない。
ただ……思想や音楽への向き合い方の相性。」
誰も否定しなかった。
光は、ピアノの前に座ったままだった。
鍵盤には触れていない。
少し前まで、
会場の端をぐるっと歩き回っていたせいか、
肩から力が抜けている。
「正直さ」
ぽつりと、光が言った。
「選考って言われてたけど、
みんなが何を考えてるか、
最初はあんまり分からなかったんだよね」
誰も口を挟まない。
光は、少し考えてから続ける。
「でも……
ここまできたら、
一緒に“進める”人は分かった気がする」
マリ姐が、一歩前に出る。
「DAY1、“音で遊べるか”」
指を一本、立てる。
「DAY2は、“光と遥について来れるか”」
もう一本。
「DAY3は――」
少し、間を置いた。
「主役の席を空けたまま、
音楽を進められるかどうか」
自然と、全員の視線が集まる。
「正直、
思っていたより、ずっと良い選考だったと思う」
一拍。
「でもこれで、“完成したバンド”ができたとは思ってない。
――ここからよ」
マリ姐は、はっきりと言った。
「選考は終わり。
でも、実戦はこれから」
誰も口を挟まない。
「ライブハウスみたいな、
整ってる場所は使わないわ」
光が、少し首を傾げる。
「じゃあ、どこでやるの?」
マリ姐は、当然のように答えた。
「イベントよ。
まずは、商業施設のステージ」
指を一本立てる。
「タイムテーブルは詰まってる。
音響も最低限。
お客さんは、音楽を聴くつもりで来てない」
さらに、もう一本。
「次は、地方の小さなイベント。
お祭りとか、マルシェとか、
“たまたま耳に入った音”で立ち止まるかどうかの場所」
詩音が、理解したように頷く。
「……シークレットゲスト枠、ですね」
マリ姐は笑った。
「そう。主催とは話をつけるけど、
お客さんには伏せる」
一拍。
「光が出てきた瞬間、
人が集まるのは当たり前」
光を見る。
「だから見るのは、そこじゃない」
視線を戻す。
「光がまだ何もしてない時間、
光が全部やらない時間
それでも、音楽として成立させられるか」
雪が、小さく息を呑む。
「……光くんが“戻る場所”を、
ちゃんと残せてるか、ですね」
マリ姐は頷いた。
「そう。
上手くやりすぎてもダメ。
光に丸投げしてもダメ」
肩をすくめる。
「主役を消さずに、
それでも主役を待てるかどうか」
光は、楽しそうに笑った。
「なるほどね」
ピアノの椅子にもたれ、天井を見る。
「それ、
結構むずかしそう」
遥は、黙ったまま聞いていた。
だが、その視線はすでに、
音の組み立てを追い始めている。
――光が何もしない数秒。
――光が戻ってくる一音。
その“間”を、どう作るか。
マリ姐が、最後に念を押す。
「これは、落とすための時間じゃないわ」
視線を一巡させる。
「現場で、磨く。
それでも合わない人がいたら――」
一拍。
「それは、選考じゃなくて結果」
詩音が、静かに呟いた。
「……Day Extra、ですね」
マリ姐は頷いた。
「あとは実践よ」
その言葉で、
オーディションというフェーズは、完全に終わった。
そして、
“光バンド”は、
主役の席を空けたまま音楽を続けられるか、
という試練の中へ、放り込まれていくことになる。




