第164話 オーディションDay3 “光の音楽を、光不在で維持できるか”
DAY2を終えた時点で、
会場に残っていたのは30人ほどだった。
そして、DAY3の朝。
同じ場所に集まった人数は、12人か13人。
誰も、その数字を口にしない。
ただ、明らかに空間が広くなっていた。
【配信コメント】
《また減ってる…》
《DAY2→3でまた一気に来たな》
《ここからは“残った人”感ある》
配置はDAY2とほぼ同じだった。
光はピアノの前、遥は全体を見渡せる位置。
音が始まる。
光のフレーズに、
遥の短い指示が重なる。
音量、呼吸、間。
全員が、ほとんど迷わず反応する。
――維持は、できていた。
光の音楽を、
遥の翻訳を通して、
そのまま保ち続けられている。
さすがはDAY2の生き残りだった。
雪が、小さく頷く。
「……ちゃんと、ついて来れてるね」
詩音も静かに言う。
「ええ。
“光さん+遥さん”の形は、崩れていません」
⸻
しばらくして。
光が、ふっと音楽から離れた。
ピアノの前には、もういない。
鍵盤にも、マイクにも、触れていない。
音楽から、完全に手を放す。
客席を想定して、
会場の端をぐるっと回るように、
人の間を歩いていく。
“光がいない時間”だけが、
はっきりと作られた。
それでも、音楽は続く。
最初のうちは。
誰かが間を埋め、
誰かが音量を下げ、
全体は、まだ崩れない。
だが――
その空白を、
「崩さないようにしよう」とする意志が、
少しずつ前に出てきた。
エレキギターの音。
はっきりした歪み。
輪郭のあるリフ。
埋めるための音。
支えるために、前へ出た音だった。
本来なら、遥はここで止めていた。
だが今日は、あえて止めない。
それが、DAY3だった。
⸻
悪くない。
むしろ、整っている。
数人が自然とそちらを見る。
ベースが寄り、ドラムが合わせる。
音楽が、一つの方向へ固まり始めた。
遥は、止めない。
【配信コメント】
《あ、引っ張り始めた》
《遥さん止めないの?》
《これがDAY3か…》
ギターは、もう一段だけ踏み込む。
歪みを少し足し、
フレーズを整理し、
全体を“保とう”とする。
(この流れを、崩したくない)
(今さら、引けない)
その音を、
光は会場の端から眺めていた。
一周して、
たまたまピアノの前に戻ってくる。
意図的ではない。
合図でもない。
ただ、そこに戻っただけだ。
光は座り、
軽く鍵盤に触れる。
⸻
一音。
—— “こっちが良くない?”
光の問いかける一音だけで、
空気が明らかに変わった。
ギターの人が、はっとする。
皆の視線が一瞬だけ、鍵盤に吸い寄せられる。
ギターは、フレーズを足した。
歪みを少し増やし、
自分が作った流れを、保とうとする。
光は、首を傾げる。
そして、
その流れよりも、
二段階、三段階、先の音を返す。
—— “じゃあこっちに行こうよ”
より滑らかで、
より広がりがあって、
より“気持ちいい”響き。
ギターの指が、わずかに遅れる。
(……今の、何だ)
慌てて追いかける。
フレーズを増やす。
だが、
次の瞬間、
光はもう別の場所にいる。
—— “こっちはどう?”
そう問いかけるような音。
否定ではない。
ただの提案。
ギターの人の額に、汗が滲む。
(待ってくれ、次はどこだ)
視線が、
遥に向かい、
もう一度、自分の持つギターに戻る。
指が、迷いながらもなんとか音を出す。
光が、もう一度返す。
今度は、
さらに自然で、
さらに無理のない形。
—— “それより、こっちの方が良くない?”
穏やかで、責める色はどこにもない。
だが、
音楽的には、完全に上書きだった。
指が走ろうとして、
一瞬、止まる。
次のフレーズが、出てこない。
音が、抜け落ちる。
周囲が、気づく。
ベースが音量を下げ、
ドラムが叩くのをやめる。
誰も、助けに入れない。
【配信コメント】
《顔色やばい…》
《見ててつらい》
《悪気ゼロなのが一番キツい》
《音楽で圧殺されてる》
ギターの音が、完全に止まった。
手は、まだ弦の上にある。
だが、動かない。
光は、構わず弾き続ける。
責めない。
振り返らない。
ただ、
そのまま音楽を前に運び、
曲を、最後まで完成させる。
終止。
余韻。
光が、小さく言った。
「あんまり……
返ってきてなかったな」
責める調子ではない。
ただ、少しだけ、寂しそうだった。
一緒に上がっていきたかった。
だが、距離が、ありすぎた。
⸻
雪が、ぽつりと漏らす。
「……ルナリアさんのバンドなら、
もっと自然に返してくれたのに、
みたいな顔してる」
詩音が、静かに続ける。
「……あれは、
全員が世界のトップで、
ルナリアさんの曲で、ルナリアさんが整えている舞台ですから…」
マリ姐が疲れたように小声で言う。
「……ライブでこれが起きたら…ちょっとヒリヒリしすぎよね」
真白が続ける。
「そうですね...光様のライブに求めている“楽しさ”とはだいぶ違いました」
⸻
光は、何も言わない。
ただ、少しだけ、肩の力が落ちていた。
遥が、前に出る。
「DAY3で見ていたのは、
“誰が引っ張れるか”じゃありません」
視線が集まる。
「光くんが前を離れている間、
主役の場所を、ちゃんと空けておけるか」
一拍。
「でも、
音楽は止めない。
崩さない。
ちゃんと前には進める」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「主役の席を残したまま、
音楽を維持できるか」
静かに、言い切る。
「それができない人は、
ここまでです」
【配信コメント】
《あー…》
《空けとく、ってそういうことか》
《主役の席を取るなって話か》
《DAY3、めっちゃ分かりやすい》
光は、少し考えてから頷いた。
⸻
この日、
少なくとも一つ、
確かめられたことがある。
光の音楽は、
代わりがきくものではない。
そして、
同じ景色を、
同じ速度で見られる人間は――
想像していたよりも、
ずっと少なかった。




