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第160話 オーディションDay1 “音で遊べるか” (後半)

 人が、動き出した。


 ケースを閉じる音。

 水のボトルを掴む音。

 椅子が床を擦る音。


 誰も声を出さないまま、

 それぞれが自分なりの判断で、立ち上がっていく。


 ――休憩だ。


 そう頭では分かっているのに、

 足がすぐに動く人と、

 どうしても止まってしまう人がいた。


 それでも、中央のグランドピアノだけは止まらなかった。


 光は、

 さっきまでの密度を少しだけ落としたタッチで、

 まるで独り言の続きを弾くように、鍵盤を鳴らしている。


 もう課題曲でも、選考用の音でもない。


 ただ、なんとなく "今、ここにある音"を弾いている。


 光は、弾いたまま言った。


「ね、みんなは本当に休憩でいいよー。

 俺、ただなんとなく弾いてるだけだから」


 あまりにも自然な声だった。


 それがかえって、

 判断を難しくする。


 立ち上がりかけたまま、止まる人。

 スマホを取り出したが、画面を見ていない人。

 出口の方を見てから、ピアノに視線を戻す人。


 その中で。


 ピアノのすぐ近くまで、

 一歩、また一歩と近づいてくる影があった。


 さっき "オーディション"という即興作曲を振られて、

 固まってしまったキーボードの参加者だ。


 光は、すぐに気づく。


 視線だけを向けて、

 鍵盤は一切見ずに声をかけた。


「あ、さっきのキーボードの人だよね」


 ピアノは止まらない。


「休憩してきていいよ?」


 一瞬、言葉に詰まってから、

 その人は正直に言った。


「……ここで見てても、いいですか?」


「いいよ」


 間髪入れずに返す。


 むしろ、少しだけ嬉しそうに続けた。


「っていうか、一緒に弾く?」


 一瞬、時間が止まった。


 心臓が一拍、遅れて跳ねる。


「え……いいんですか!?」


「うん。なんでも合わせるよ」


 少し考えてから、光は付け足す。


「せっかくだから、

 俺の曲じゃない方がいいかな」


 キーボードの参加者は、

 一度だけ深く息を吸ってから答えた。


「……My Favorite Somethings が好きで。

 たぶん、ここにいる人たちなら、

 みんな知ってると思います」


「あー、いいね」


 光は楽しそうに笑う。


 次の瞬間、光のピアノから最初のコードが鳴った。


 軽やかで、少し懐かしい響き。

 耳に残る、あの進行。


 キーボードが、恐る恐る重なる。


 今度は、止まらない。


 光は主導しない。

 引っ張らない。

 ただ、同じ景色を横で見ている。


 なぜなら今ここは "ただの遊び" だから。


 数小節も経たないうちに、

 ドラムが、空気を読んで入った。


 ベースが、下から音を支える。


 気づけば、

 ギターが二人。

 サックスが一人。

 後ろで、自然にコーラスが乗っている。


 誰も呼んでいない。

 誰も許可を取っていない。


 光は、笑い声を混ぜた。


「ははは。

 なんか、いっぱいの人になってきたねぇ」


 そして、

 ごく自然に、無茶を投げる。


「はい!

 そこのサックスの人、ソロ!」


 迷いは一瞬だけ。


 次の瞬間、音が前に出た。


 正確さよりも、

 勢いよりも、

 「今、ここにいる」音。


 光は満足そうに頷く。


「いいねー」


 すぐに、次。


「次、

 ギターソロで遊ぶよーーー。

 それっ!」


 音が、切れ目なく繋がる。


 さらに。


「1コーラスごとに、

 1個上に転調ね。

 3回いこー!」


 誰も止めない。

 誰も文句を言わない。


 ついて来れる人だけが、

 笑って、少し無茶をしながらついて来ている。


「はい、次は――」


 光の声が、少しだけ落ちる。


「超静かに。

 キラキラな感じでいこ〜」


 音量が、一気に下がる。


 強く弾ける人ほど、ここで戸惑う。


 小さな音を信じられる人だけが、

 残る。


 光が、ふと思い出したように言った。


「あ、そうだ」


 ドラムを見る。


「ドラムの人、

 もう一回バトルしよ!」


 今度は、

 さっきよりも軽い。

 完全に、遊びの延長だ。


 ピアノとドラムが、

 笑いながら殴り合う。


 周囲の音は、もう止まらない。


 入れる人が、入る。

 抜ける人は、抜ける。


 誰も、強制されていない。


【配信コメント】

《休憩とは》

《ここが本番じゃね?》

《残ってる人、明らかに顔違う》

《楽しそうな人だけ生きてる》


 そのとき。


 光の耳に、マリ姐からインカムが入る。


『光。外から戻ってきた人も、

 入れるように促してみて』


 光は鍵盤を弾いたまま言った。


「えーっと……

 戻ってきた人の中でも、

 入りたい人いたら、

 なんとなく入ってきてー」


 命令じゃない。

 誘導でもない。


 ただ、

 音は、ずっと鳴っている。


 そして。


 その音の中に入れる人が、

 自然と集まり始めていた。

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