本当は、人がまだ怖い...
(土下座)
「兄、またあの鳥が来た」
アデルに挨拶をした日から2日が過ぎた。外で洗濯物を干していたグレイスに呼ばれ、ヨシュカが窓から顔を出すと、羽音とともに大きな鳥が窓のそばに降りてきた。グレイスは特に気にすることもなく洗濯物を干し続けている。
「グレイスー、多分脚に手紙あるから取ってー」
窓からじゃ地面まで手を伸ばせないことに気付いたヨシュカが、窓から身を乗り出したまま言った。最後のバスタオルが風で飛ばないようとめてから鳥の足にくくられている手紙を取ってヨシュカに渡す。
「ん、ありがとー」
ヨシュカがふむふむと手紙を読んでいる間、グレイスはしゃがんで鳥をじっと見つめていた。グレイスは鳥と単に読んでいるが、アデルの使い魔であるそれはかなりでかく、しゃがんだグレイスとちょうど同じくらいの位置に頭がある。ひたすらに見てくるグレイスに居心地が悪いのか、しきりに羽根を揺すっている。
不意に頭に感じた重さに顔を上げると、ヨシュカが笑顔で、
「とうとう明後日から学校だってさ。明日は引越しだよ」
と言った。さらさらと髪を梳く指先に、少しくすぐったそうにしながら、グレイスは頷いた。
翌朝、大した準備も必要ない二人は必要最低限のもののみを空間魔法にしまうと、家全体を強力な結界で囲み、侵入、攻撃はおろか、認知すら出来ないようにした。家畜たちについては、もともと放牧のようなものだったので放置である。一応定期的に見に来るつもりではあるらしい。
「それじゃあ行こうか」
コクリと頷いたグレイスと共にヨシュカは森の出口へと歩き出した。
いつもと同様に、何事もなく森を抜けた二人は学園へと向かう馬車に揺られていた。グレイスはどちらかというまでも無く無口である。しかし、今日は心なしかいつもより口数が少ない。
それまで黙っていたヨシュカが、おもむろにグレイスの顔を覗き込んだ。そして、ぱちぱちとまばたきをするグレイスに微笑み掛けた。
「グレイス、何も緊張する必要なんてないんだよ?君に何があろうと僕が君の味方であることは変わり得ないし、何より君は僕の自慢の弟だ。赤の他人に引け目を感じるべきことなんて何もないことは誰よりも僕が知っている。何も抵抗できない無力な子供はもういないんだ」
穏やかなヨシュカの声は、何よりもよくグレイスの心に馴染んだ。無意識のうちに強ばっていた心も身体も自然と力が抜ける。
「兄...」
「さぁグレイス、少し眠るといいよ。学園まではまだ時間がある。昨日はあまり眠れてないでしょ?」
微かに隈が出来ている目元を親指でそっと撫でながらヨシュカが言った。グレイスは、少しひんやりしているヨシュカの指先に頬を押し付けると、瞼を閉じた。
読了ありがとうございます。