2-5
砂糖がたりない
うららかな昼下がりの午後。
帝都にある学園のとある一角。
その日の授業もひと段落つき、生徒達は各々が課外活動や騎士となるための特訓を行っていた。
かと思いきや図書館で、教室で、自習を行っている生徒達もいる。
そして、遠くの活動的なにぎやかさとは対照的に、校舎と木々に囲まれた物静かなその広場には白いベンチがあった。午後の歓談や読書にちょうどいいだろう。
実際そのような静かさを好む生徒達が主な利用者ではあるのだが、人通りも少ないことから別の、とある目的のために使われることも多い。
本日もベンチに座る女生徒が一人。みたところその『とある目的』のために座っている様子にみえる。
学園の制服をきっちりと着こなしきれいな姿勢で座って本を読んでいるが、人をまっているのだろう。ときおり顔を上げては戻してと繰り返している。
襟元のマークから貴族科の少女であることが伺える。
静かに風が吹き、草木が立てる音が鳴る。さすがに季節のこともあってやや寒そうだ。
どれほどの時間がたったのだろうか。
少女が手元の本を四、五回ほどめくった辺りでその静寂な空間に草を踏む音がした。
侵入してきたのは男子生徒。ズボンも上着もややよれていてだらしが無いといえるかもしれない。
ただその体つきと二メルテちかい身長からくる威圧感を緩和することに役立ってはいた。
襟元のマークは平民科を示している。
これが貴族科同士もしくは平民科同士であればよくみる光景だったろう。
学園は勉学の場であると同時に、将来の相手を探すところでもあったのだから。
お互い思いを伝え合って、卒業後の未来は薔薇色に染まることが間違いない。
だが、違う科であるということは困難な道のりを指し示していた。
価値観の違い。立場の違い。互いの両親の説得。自分達をとりまく周囲の説得。さまざまな障害が待ち受けている。
まったくない光景ではない。
ただ愛の力だけで乗り越えていくにはいささか難易度が高すぎた。
そしてその前に、思いを伝えるという最初の試練がまだあったのだ。
この光景を影から見守っている少女の友人達二名は、固唾をのんで両手を握りしめ、少女を応援している。
がんばれと。
少年が少女の前で足を止め、少女が少年に気付いて本を閉じ、顔を上げる。その表情は離れていてよくわからない。ただ、少年が少女の隣に座り、何かを話し始めたということは、少なくとも悪い雰囲気ではなさそうだ。
少女の友人達二名は、固唾をのんで両手を握りしめ、少女を応援している。
……と思われていることを知ってか知らずか
「で、話って?」
甘い空気を出すわけでもなく、少年=ジョイは尋ねる。
「あ、うんと、そのね……」
やや歯切れの悪い答えを返す少女=カルラ。
結局この二人はどこぞの友人二人が期待するような甘い空気をだしたことがこれまで無かった。おそらくこれからもないだろう。
「ソラの、ことなんだけど」
「デスヨネェ」
「なにか?」
「いや」
思わず口をついてしまった言葉をごまかし、ジョイは先を促す。
ひょっとしたらだなんていう淡い期待を抱いていたりした。だなんて考えるのもむなしすぎる。
「あいつのことっていうのは?」
「実は、とある方がソラに興味を持ったみたいで、知りたいというのよ」
「うん? それなら探偵に頼めばいいんじゃ」
「彼を知る人物からの視点でも知りたいそうなんですって」
すでに一度どこかでなされたやり取りを行う二人。
どことなく、二人一緒に言葉がとまる。
「あー……それで俺、と」
「そう」
「ちなみにその“とある方”っていうのは?」
「それがお父様も『誰』とはいわないのよね」
「あー……」
やんごとなき方々の事情というヤツか。
なんとなくで察して余計な突込みをしないよう注意をするジョイ。
「とりあえず、無遠慮、無愛想、無表情というところか? あとはあまり自分からしゃべることが少ない」
「それぐらいなら私もわかるのだけど」
これもまたどこかで一度なされたようなやり取りだ。
「うーん……といっても俺が知ってることってあとは……」
なんだ?
「結構知らないところ多いんだよねぇ」
この間もなんとなく思いはしたが
「そうなの? 結構付き合い長いと思ったのだけど」
「俺としちゃあ三年だけどねぇ」
たった三年ともいえる。それも毎日あっていたというわけでもないのだ。いや最初のころこそは毎日のように会いにいったけれども。
「住んでる環境もどっちかっていうとアイツはスラムよりだけど、俺は下町だからねぇ。さすがにはじめてあったときと比べるとかなり変わってはいるけど」
「そう、なの?」
「まー、ほとんど動かない喋らないだったから……」
あの時は本当にコッチから何かしないと反応が無かった。いや、なにかしても反応すらしないこともあったし、事務所にいっても部屋からいなくなっててその日一日帰ってこなかった。ということもあった。
「警戒されていたのかもしれないし、信頼されていなかったのかもしれないねぇ? ホント人形のようというかなんというか……」
ただそれも
「出会って一年ぐらいだったかねぇ? ちょうど勘違いに気付いたあたりからやっと活動的になったというか」
「勘違い?」
「いやそこは聞かないでおねがいだから」
なにやらジョイの切実な言い方に気がとがめたのか、カルラはスルーしておくことにした。人間だれしもいいたくないこともあるだろう。
「……で、そんなころになにかあったわけね」
「まーオヤジさんたちがいなくなってから一年ともいえるし、何か吹っ切れたのかもしれないしねぇ」
ああ、あのときは……
港区でちょっとした騒ぎが起きていたのだった。
ソラが妙に落ち着きが無い様子であったのも、その騒ぎに首を突っ込んでいたためらしい。
騒ぎというのはマフィア達が管理している地域――といっても歓楽街の近く――で謎の盗難事件が頻発していたというもの。
連日連夜、倉庫にあった木箱が何者かに壊され、中にはいっていた主に食料が盗まれていたというもので最初はケモノかマモノがもぐりこんだのだとちょっとした騒ぎになっていただけだった。
いや、ひょっとしたらバケモノかもしれない。という噂が立ったのは事件からおよそ一週間ほどたってから。
そのころにはマフィアの連中も躍起になっていて警備の数を増やしていたんだが、そのせいなのか、はじめて人的被害が出た。
殺された人物は悲鳴を上げることなく無言で死んでたといい、その死に様は不気味で爪や牙による傷跡は一切ない。
剣や銃器で殺されたような後もなく、人の手によって殴り殺されたわけでもなく、『溶かされていた』という。
その溶かされていたという表現もあたりを検分した人物が苦し紛れに出した結果で、より正確に言うのなら『崩れていた』といったほうが正しいとか。
木箱や人が、いまもっているつながり方をそのまま断ち切られたといえばいいのか、分解それとも粉砕されたというのか。腐って崩れ落ちるのとはまた違った形で、ともかくぼろぼろに崩れていたという。
ついさっきまでなんとも無かった人間が、である。
なら『崩れていた』とはいうがその『崩した』ものはなんだ? というのが誰しもがおもうところで、捜査は難航する。
人や木箱を『溶かす』ならまだしも、『崩す』ような薬品はない。そのような機塊持ちの噂を聴いたこともない。
だったら。ということでバケモノの噂がたったわけだ。
バケモノが相手なら。ということで今度は周辺の便利屋や冒険者たちまで集められることになった。
彼らは常に二人以上で組んで毎日警戒にあたったという。
しかし犯人はその警戒を感じ取ったのか、ぱたりと姿を消した。最初にいた地域では。
別のマフィアグループが納める地域で同様の盗難事件が起きたのは、最初の地域で厳重警戒がなされたその翌日。
次のターゲットに選ばれた彼らも、最初のマフィア達と同じような苦労をすることになった。
そして警戒が強まればまた別の地域で……
最初は歓楽街の付近で起きていた事件も警戒に追われるようにして南へと下っていき、被害にあっていないファミリーはいないといえるほどになったあたりでソラにも依頼が来た。
もともとオヤジさんの知り合いだったそのマフィアの一人がその高名を頼りに来たものだったために、事務所のメンバーがソラ以外いないということを聞いて最初は落胆した。
だが、一人でも手がないよりはましだ。それにあのオヤジさんが雇い入れた人物だということで正式に依頼がなされる。このままではファミリーの面目も丸つぶれだということだったんだろう。
そのときの俺は学園の課題で忙しかったために手伝うことすらできなかったわけだが。
そしてソラが参加して数日後、ぱたりと事件は起きなくなった。
五日、十日、一ヶ月と時が過ぎていくうちに本当に犯人なんていたのだろうかと話をする者達が増え始め、ひょっとしたら、局所的な奇病かマフィアに恨みを持つものが行った呪術じゃないか。食料が盗まれたのはそれに便乗した関係ない人物が行っていたんじゃないか。という噂が流れ、事件は一応の収束を迎える。マフィアの連中はその犯人探しにまた躍起になったようだけど。
ソラになにがあったのか聞くものの、とくになにかをいうのでもなくいつものようにそこに居るかどこかにいっているかだった。
「まあそんな感じでそのころになって表情の変化みたいなものが感じられるようになったねぇ」
と、ジョイはいう。
表情の変化……あれであるのだろうか?
そこでひょっとしたらとおもい、つい口に疑問がでてしまう。
「そのオヤジさんって所長さんよね? なんで捕まったの?」
「あ? 捕まった?」
「え……あ、いやなんでいなくなったの?」
なんとかあわてて言いなおす。
捕まっているということを知らない。なぜ?
「さぁ……俺もよくわからないんだよねぇ。ただ、おれが事務所に顔を出し始めたあたりからみんな仕事だなんだいって出かけたっきり帰ってこなくなったねぇ」
「その、他の事務所の人たちは? 一切連絡もないの?」
いわれてはじめて思い出したように
「そういやないねぇ」
空をみあげてジョイはつぶやく。
どういうことなの?
話を聞いている限りだと、当時のソラは十二か十三かそんな年齢だったはず。
そんな年頃の子供を一人おいて、大人たちが一斉にいなくなるだなんて、連絡もないだなんて、普通ありえるだろうか?
なにかがある。でもそのなにかがわからない。
そしてそんな不可解な謎がある少年を知りたい人物。
所長さんが捕まっていることを知ってても知らなくても、事務所には今ソラしかいないということはたぶんすでに調査済みだろう。
だからこそ、最近かかわりをもった私に話をもってきた?
なぜ?
「いや俺としちゃオヤジさん以外の人ってあんまり知らないんだよねぇ? 俺が事務所に顔を出し始めた時点ですでに二、三人いなかったわけだし、通い始めて気がついたらもうみんないなくて、ソラに聞いても『まだ帰ってない』ってだけだったし」
まるでジョイがいるから自分達はいなくなるみたいな。
「うちにきてすごしたらどうだともいったんだけど、ソラのヤツ、まってるんだよねぇ。まるで犬みたいに」
「犬というよりは……」
猫? いや鳥といったほうがいいような気もする。
ただ、でも、
「本当の父親みたいに慕っていたからねぇ。二人がいるところそんなに見たわけでもないけど。ま、アイツのことなら事務所いって聞くなり、リッカちゃんにこっそり教えてもらうなりしたほうが早いとは思うけどねぇ。オヤジさんがいればオヤジさんでも分かったかもしれないけど」
いくかい?
とジョイはいう。
気付いていないのか。この違和感に、ソラも、ジョイも。
なにか得体の知れないものに足を踏み入れてしまったようで、この先に不安しか浮かばなかった。
事務所に行くのは次の休みの日ということにしてその場は別れる。
ジョイが広場から出て行くのと同時に、マリーとサナエが駆け寄ってくる。
結果はどうだったのか、やっぱりそうなのね。と口々にいってくるのだけど
やっぱりそういう対象としてはみてないんだよなあ。
顔はいい。性格も悪くない。若干へらへらしている面がないともいえないが愛嬌があるともいえる。
実はやせているような見た目によらず体は鍛えられていて、その胸板が結構固いということも知っている。あとさりげなくやさしい。
ああ、でもときどき語尾が気になるといえば気になるかもしれない。
「どうしたのよ、カルラ?」
「え? あ、ううんなんでもない」
マリーが声を掛けてきて、ふと我に返った。
何を考えていたんだろうか。なんか最近おかしいかもしれない。
学園(シュトラウト国立学園)
初等部から高等部まで、お金さえ払えれば貴族でもスラム出でもユーザーでも入学可能な国立機関。
人によってはただの勉学と訓練の場であるが、また、人によってはお見合いの場でもあり、将来自分が仕える相手を探す場でもある。




