2-6
災難日和
ハルフォード事務所ににぎやかという言葉が当てはまるようになったのはいったいいつ以来だろうか。
いままでソラ一人だったものが、リッカ、エリー、ユニにおまけでクロエと謎の少年。一気に人が増えたがために停滞していた空気が動き始めたともいえる。
主のいなかった部屋は片付けられあたらしい住人を迎え入れ、あたらしいハルフォード事務所というものが出来上がりつつあった。
ユニも、ソラの部屋に入り込んでさえいればひとまず一人にしても何とかなるようになってきている。
そんな変わりはじめた事務所の、みんなの憩いの場ともなりつつある応接室にて
「とぅぁああすぅけテええぇぇえぇぇぇ~~」
となにやらドップラー効果を伴いながら黒い髪の少年が一人走ってきて応接室のテーブルをぐるっと一周した後去っていった。
「むぅぁぁああああてえええぇぇぇぇぇい!」
わずかに遅れて今度は深紫の髪をもったくせっけの少女が少年を追いかけていく。その目はおもちゃで遊ぶ子猫のように輝いていた。
「平和だな」
「平和だねー」
「平和よね」
こくこく
騒ぎをまったく気にすることなく、テーブルについている四人が四人ともティーカップをとり、紅茶をすする。
なぜ応接室でというと、わざわざ三階のリビングにいるより、二階のここにいたほうが来客があったときのために対応しやすいからである。もっともまだ、いうほど来客が増えたというわけでもなく、ひたすら団欒しているだけに過ぎないが。
結局のところ、ソラたちにくっついてくる形で少年は事務所で預かることになった。
クロエともども孤児院においていきたかったところではあるが、クロエを確実に押さえ込めるユニがソラと行動を共にする以上クロエも引き取らざるをえない。
そして拾った張本人というかソラたちについてくる形で少年もきたのだ。
なんとか名前を聞き出し、教えあうまで一苦労。
このまま言葉が通じないというのもなにかと不便なので、言葉を教えることから一通り、少年の面倒は拾ってきた責任ということでクロエに押し付けた。
なお、彼が生活になじむまでの過程で、エリーが魔法使いだということを知った瞬間、土下座して拝み倒し魔法を教えてもらっていたという姿もあったのだが、彼は初歩の魔法すらつかえない魔力しかない。そもそも魔力を感知できているかどうかも怪しい。散々練習している姿は感心するものがないわけでもないが、無理だと気付くまでどれぐらいかかるのだろうか。
「だいじょうぶなの、あれ?」
一人、この場に珍しい人物、マリアがあっけにとられて半ば固まっている。
「問題ない。クロエは馬鹿だけど頭のいい馬鹿だから」
単純に本能で生きているだけともいえる。
ただ、妙に鋭いところがあったりとある前科があることから、見た目よりは頭がいい。はず。
現にクロエの教え方がよかったのか、少年にやる気か才能があったのか、はたまたその両方か。わずか一週間とかからず片言の会話程度ならできるようになったのは奇跡といってもいいかもしれない。
ただ同時に、一つのやり取りが追加されたというのが問題といえば問題といえるかもしれないが。
「ソラが問題ないっていうなら問題ないんだろうけど……」
その問題というのは、事あるごとにクロエが少年=アツヤをかまいだし、わずか一日でクロエの脅威を思い知ったアツヤが逃げ出し、鬼ごっこが始まるというものである。
ちなみに今回の鬼ごっこの原因は、何を思ったかクロエがアツヤを風呂にいれようとしたからである。自分も一緒に。
いや、そもそもはクロエそろそろちゃんと髪を洗いなさいという話になったあたりから怪しい空気が流れ始め、その空気をアツヤが感じ取って逃げ出したからであるが……
「いいかんじのおもちゃだよねー」
「弟というよりは、うん。おもちゃかペットみたいな扱いよね。アレ」
再びなにか分からない言葉を叫びながらリビングに入り一周してまた出て行く二人。
これで二階、三階、四階に事務所の外階段などをつかっていったい何週目なんだろうか……
とうとうアツヤがこけてクロエにつかまる。ご愁傷様である。
「まあ持久力でクロエに勝とうってなると機獣型ぐらいじゃないと……ねー」
純粋に地上のみでという条件であればソラだって勝てるかどうか危ないときがあるのだ。
「まあ、伊達に5000人近い相手にかくれんぼで勝ちきってないよなぁ」
引きずられていく少年をみて、ソラが何を思い出したのかどこか遠い目をして言う。
そして少年アツヤの言葉をなんとか聞き取り解釈したところ、本人は別の世界からやってきた学生であるということは判明した。
「ただ別世界だなんて、聞いたことないのよ。一応研究してる学者なんかもいるにはいたけど……」
便宜上の別世界というものであれば二つほど存在している。
空に浮かぶあの第三の月にして、“本物の”天使や悪魔、死神といった魔族たちがすんでいるとされる『第三世界』
そして、龍達に封印された土地『真裏世界』
「でもどっちもわからないことが多すぎてなんともいえないのよ」
という。第三世界はそもそも月まで昇る手段がない。そして真裏世界は“何もない土地しかなかった”という某冒険家の記録が残るばかりである。
「転移魔法も、召喚魔法も使い手自体がいなくてどういうものかすらわからないし」
ただ、人を呼び寄せられるようなものじゃなかったという、うっすらとした記憶があるだけ。
この場で一番物知りなエリーでもわからないということでお手上げであった。
結局魔女にコンタクトを取るまで保留ということである。
「で、マリアの話というのは?」
ソラが改めて仕切りなおす。
「え? ……ああ、うん」
マリアが居住まいをただして、改めて口を開いた。
「人をね、探してほしいの」
「うん?」
聞いて即座に疑問の声を上げたのはエリー。
なぜなら失せ物人探しにおいて飛行者に勝るものはいない。しかも目の前にいる人物、マリアはそんな飛行者達が集い情報交換を行う止まり木の常連客だという説明をソラから受けたばかりなのだ。
「どういうことよ、それ」
「結構止まり木にきていた男の子なんだけどね。一応ね、ちゃんと止まり木のみんなに捜索以来は出したんだけど、全然情報があつまらないのよ」
数日前に止まり木で会って以降、ぱたりとその足跡がたどれないのだという。
「飛ぶことがほんと楽しいってかんじで、喜んでたんだけどね」
「たまたま、家の事情でこれなくなったっていうのは?」
「ないわ。彼の家周辺にも聞き込みしたけど、帰ってないというの。何日か見張ってみたけど誰かを隠してるような様子も無かったし」
声に、迫力がない。
いつもの能天気さやここぞというときに頼りになる芯の強さが薄れている。
ここに来たときでさえ、日ごろどれだけ手入れが大変か自慢しているその羽がうっすらと汚れていたのだ。
いなくなった少年は別に彼女の恋人などというわけではない。むしろ彼女はいちど仲間と認めたものには同じような態度を取る。ときおりやりすぎだ、いきすぎだといわれからかわれることもあるが、それは同時に彼女の利点でもあり、人気の理由の一つでもあった。
「ねえ、ソラ。飛行者を無視して拉致だなんてできるの?」
声を上げたのはリッカ。
「ん? まあ一応は……」
指を一本立てる。
「一つは夜。街路灯の多い貴族街ならともかく下町なら暗がりも多い。気付かない間に高度をおとしていて家にぶつかるという事故もありえるから、夜に飛ぶということも少ない。つまり、一番の売りな『目』が減る」
二本目。
「もう一つは貴族街から帝城に向けての中心区域。この一帯は郵便配達員ですらそんなに向かわない。何らかの理由でここいらにいたとするとさすがの情報網もあまり役立たない」
そして三本目。
「最後の一つは……」
いちど言葉を切って、マリアを見た。
「地下都市。たまたま落ちた、誰かに連れて行かれた、どんな理由だろうと入れば最後。そこの住人でない限り迷って地上に出れなくなると聞く。彼らは貴族以上に排他的で、独自の価値観と情報網を持っているらしいけどわからないことも多い」
そしてマリア自身が最後の補足を行う。
「一応帝都の外という可能性がないわけでもないけど、それっぽいものが出たという情報はないのよね」
「ありえる話としては本人が何らかの理由で自分から姿を隠している場合もあるといえばあるけど……」
「少なくとも、最後にあったときにそんなそぶりは一切無かったわ」
そこで、くいくいとユニがソラの服を引っ張った。
みんなの目線を集めた彼女は、いちど自分の角を指した後、リッカの目を指差す。
解釈すると
「ユニの角で索敵してわたしの『眼』で当たりかどうかみるってこと?」
こっくり
「それは場所が分かってればともかく闇雲に探すとなるとかなり厳しいんじゃない?」
エリーの指摘にすこしだけしょんぼりするユニ。
「ただ、どうしようもなかったらそうするしかないかもねー」
ふと、ユニが顔をあげてエリーをじっと見つめる。
「え……なによ?」
「うんと、物探しの魔法とか?」
こくこく
「あ……えと……いや、アタシそういうの苦手なんだー……自分でマーキングしたものならいいんだけど他人とか他人のものになるとね、まったく……」
「………………まほうつかい」
「ちょっと! リッカ何よその言い方! ああ、ソラもなにその残念なオーラ……あれ? ゆに? マリアさんまで!?」
エリーがたまらず、席をたったとき
バタム
と応接室の階段側のドアが開く。
そこから一人、まだ髪が生乾きなアツヤがでてきて倒れこむ。なにやらたどたどしい言葉で
「しロ、ク萌えつ北ZE」
そしてその後ろからいい仕事をしたぜという満足な笑みと共に、額を腕でぬぐうポーズをしたクロエがやってきたのだった。
起き上がったアツヤが、何を血迷ったか依頼人のマリアに飛びつきかけ、ソラの「クロエ、GO」の言葉と同時に飛び掛ったクロエに押さえつけられるというハプニングを終え、ひとまずマリアの依頼を受けるということで一同の意見は一致した。捜索対象の少年の特徴を、ユニが書きとめていく。
なにやら『こんなの違う。こんなの俺の望んだ世界じゃない』という気配と共にがっくりとうなだれているアツヤを横目に、それでは。という形でマリアが席を立つ。
彼女自身も、今しばらく捜索を続けるつもりなのだろう。
マリアが来客用玄関に向かったときに、外からそのドアが開いた。
顔を出したのはジョイとカルラである。
「なに、ソラ、これ、ハーレム?」
「久しぶりにきて第一声がそれかなー? アルバイト君?」
リッカは嬉しそうな言い方をしているが、その右目が笑っていない。
「い、いやたしかに二、三週間ぐらいきてなかったけどさ……そりゃこようとはしたけどさ……」
「ま、いーけどねー?」
とりあえず口を出してみましたみたいな態度をとるリッカ。
そして入れ替わりにソラが口を開く。
「で、ジョイ?」
いつもとかわらない無表情がこわい。
「ジョイさんばかり責めるというのはどうかと思うけど? 学園での生活だってあるのだし。ソラだってパートナーなのにいっていないことや彼のことをいいように使うこともあるでしょう?」
「あ、いやでもやっぱりここは俺がさ……」
ジョイをかばうカルラと、それをとめるジョイ。
その雰囲気が一名ほどが気に入らないようで
「乳繰り合うんなら外でしてくれない?」
「「ちち……」」
エリーがばっさりと切り捨て絶句した二人。
「レ、おねーさんとおにーさんはなにしにきラの~?」
「えっといや、まあ……」
クロエに問われて、目線がソラと他の少女達の顔を行ったり来たりする。
「うん、なんていうかまずはすまない。ソラ、しばらくこれなくて」
「いやあまり気にしていないけど」
本当に気にしていなかったようだ。
「それでだ。えーっと……」
言い澱み、今度はカルラと目を合わせる。
正直にいっていい物なのか、どうなのか。
一応、本人に知られてはいけない。とはいわれていない。
かといって何のためにと聞かれたら理由を答えざるをえないだろう。
そうなると、素直に教えてくれそうにない。貴族のためだなんて。
ただ、リッカ以外に孤児院で見かけた面々がいたことは救いだった。彼女たちもそれなりにソラのことは知っているだろう。
となるとまた今度で直してきたほうがいいかねぇ? それともカルラに説明を任せたほうがいいのか……あ、ここは課題のためとか何とか適当なことをいえば……
そんな風に言葉に出すことをためらっているうちに、なにやら聞き覚えのある特徴的な音が外から響いてきた。
当然、クロエちゃんはアツヤに対する羞恥心なんてほとんど持ってません。
ソラの翼
形状としては某最終兵器なコミックの二巻表紙辺りが近いかもしれない。
いろとかぜんぜん違うけどね!




