↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/54

第8話 雷と氷

三年という月日は、十歳の少女を大きく変えるには十分だった。


『ミルロ、右から二人!』


「見えています」


 王城の演習場を、金色の雷が駆け抜ける。


 十三歳になったメイ様は、腰まで伸びた髪をなびかせながら、残る三人の騎士へ飛び込んだ。


 右手には、雷への耐性を持つ特注の片手剣。


 全身を包むのは、ライラとともに三年間磨き上げた《雷装》だ。


 雷装とは、雷の魔法を鎧のように物質化し、全身へまとう技術である。


 身にまとえば身体能力が大きく底上げされ、なかでも速さと防御力が飛躍的に向上する。


 通常の身体強化は、魔力を全身へ巡らせて筋力や耐久力を補う。それに対して雷装は、変換した雷そのものを身体へまとうため、能力の向上率が比べものにならない。


 その代わり、消費する魔力も桁違いに多い。


 一般的な術者なら、勝負を決めるときにだけ使う奥の手だ。


 膨大な魔力を持つメイ様なら、ほかの術者よりも長く維持できる。それでも、無制限に使い続けられるわけではなかった。


「一対一で当たるな! 三方向から囲い込め!」


 模擬戦の指揮を執る騎士が叫ぶ。


 その判断は正しい。


 メイ様を一対一で止められる者は、この場にはいない。


 実際、八人いた騎士のうち、五人はすでに戦闘不能となっている。


 演習場の各所では、武器を弾き飛ばされた者や、足元を氷で固められた者が、悔しそうに戦いを見守っていた。


 残る三人は正面と左右へ分かれ、メイ様を同時に攻撃しようとする。


 けれど、メイ様は一人ではない。


 わたしは演習場の後方、石造りの見張り台から氷弓を引き絞った。


 一射目。


 メイ様の背後へ回ろうとした騎士の足元に、氷の矢を突き立てる。地面を走った霜が両足へ絡みつき、その動きを止めた。


 二射目。


 正面の騎士が構えた大盾、その上端を射抜く。白い氷が一気に膨らみ、盾の持ち手から前方の視界を奪った。


 三射目。


 最後の騎士が振り上げた木剣だけを弾き飛ばす。


 三本の矢は、ほとんど同時に標的へ届いた。


「もらったわ!」


 メイ様が一歩踏み込む。


 大盾の騎士が、見えないまま身体を沈めた。


 その盾へ剣を叩きつける――と、誰もが思ったはずだ。


 しかし、メイ様は攻撃の直前で身体をひねり、盾の横をすり抜けた。


 狙いは騎士ではない。


 彼らが守っていた、青い旗だ。


 金色の軌跡が走り、旗を支える柱だけが斜めに切断される。


 倒れかけた旗を、メイ様が左手でつかみ取った。


「そこまで!」


 審判役を務めるお父様の声が、演習場へ響き渡る。


 わたしは手にしていた氷弓を下ろし、大きく息を吐いた。


 今回の勝利条件は、相手陣地に置かれた旗の奪取。


 メイ様とわたしの二人に対し、相手は第一部隊から選ばれた騎士が八人。しかも、こちらが攻撃側だった。


 結果は、開始から二分十八秒での勝利。


「また、わたしたちの勝ちね」


 メイ様が旗を肩に担ぎ、得意げにこちらを見上げた。


「はい。ですが、最後の突撃は少し速すぎます。あと半歩深く踏み込んでいれば、止まりきれず壁に激突していました」


「していないのだから、わたしの計算どおりよ」


「旗をつかんだあと、三歩ほど片足で跳ねていましたが」


「……あれも計算どおりよ」


 目をそらした。


 三年前と比べて、身体も魔法も見違えるほど成長した。それでも、負けず嫌いで、失敗を素直に認めたがらないところは変わっていない。


『僕は危ないと思ったよ』


 黄色い小鳥のライラが、メイ様の頭へ降り立つ。


「ライラは、どちらの味方なの?」


『メイの味方だから言ってるんだよ』


 わたしの肩に座っていたユキメも、ライラに同意する。


『うん。次は、もう少し遅くした方がいいと思うよ』


「ユキメまで……」


 メイ様が不満そうに頬を膨らませる。


 その姿を見た騎士たちから、小さな笑い声が漏れた。


 三年前なら、誰もメイ様の前で笑おうとはしなかった。


 完璧な兄と比べられ、魔法を失敗するたびに周囲を拒んでいた王女。


 ゲームの物語では、この先、魔法学園の課外授業で仲間を攻撃に巻き込み、班の成績を落としてしまう。


 やがてBクラスへ落ち、Aクラスだけが参加できるランク戦への出場資格まで失う。その挫折から学園へ通わなくなり、帝国の誘いに応じるはずだった少女。


 けれど今、騎士たちの笑いに悪意はない。


「殿下、次こそは我々が勝たせていただきます」


 足を凍らされていた騎士が、霜を払いながら笑った。


「何度挑んでも同じよ。ねえ、ミルロ?」


「次は十人でも問題ありません」


「ずいぶん言ってくれるな。次こそ、その余裕をなくしてやる」


 騎士たちから、再び笑い声が上がった。


 わたしもこの三年間、従騎士見習いとして鍛錬を重ねてきた。


 今も正式な騎士になったわけではない。それでも実力を認められ、メイ様付きの護衛役を任されている。


 わたしは手にしていた氷弓を消した。


 そのとき、演習場の入り口に一人の兵士が現れた。


 兵士の手には、同じ紋章が刻まれた二通の封書が握られている。


「団長。こちらをお預かりしています」


 お父様は、封書へ刻まれた紋章に目を向けた。


「魔法学園からか?」


「はい。メイ殿下とミルロ様への入学案内です」


 差し出された封書には、魔法学園の紋章が刻まれている。


 わたしとメイ様は、来月から魔法学園へ入学する。


 魔法学園が建てられたのは、今から二十年前。


 長く続いた戦争が終結したあと、ウィシュタリア王国、キルラルド帝国、ワイマール共和国の三国は、国境の間に設けられた中立地帯へ、この学園を共同で設立した。


 魔法の研鑽と、将来それぞれの国を担う者たちの交流。


 若者たちが国の違いを越えてともに学ぶことで、二度と同じ戦争を起こさない。それが、魔法学園の設立された目的だ。


 現在の魔法学園は、いずれの国にも属していない。周辺の土地を含めて独立した権限を与えられ、三国の身分や立場に左右されることなく運営されている。


 三国で精霊と契約した者は、十三歳になると必ず魔法学園へ通わなければならない。


 強大な魔法を正しく扱うための知識と技術を身につけることは、本人だけでなく、周囲の人々を守るためにも必要だからだ。


 そのため、入学者を選別する試験はない。


 代わりに入学前の《クラス分け試験》が行われ、その成績によってAクラスとBクラスへ振り分けられる。


 そして、ゲーム『マナアース』の物語が始まる舞台でもあった。


「クラス分け試験の日程も書かれている。入学式の三日前だそうだ」


「ちょうどいいわ」


 入学案内へ目を通したメイ様が、挑むような笑みをわたしへ向ける。


「そこで、どちらが本当の一位か決めましょう」


 わたしも思わず笑みを返した。


「いいでしょう。ですが、負けませんよ」


「望むところよ」


 二人の視線がぶつかる。


 お父様は、どこか満足そうにわたしたちを見ていた。


 入学式までは、あと一か月。


 制服や教材をそろえ、魔法学園領で始まる新しい生活の準備をする期間だ。


 メイ様は入学案内から顔を上げると、腰の特注剣を抜いた。


 三年間で何度も改良を重ねた刀身には、細かなひびが無数に走っている。先ほどの模擬戦だけで、新たな亀裂が二本増えていた。


「その前に、この剣を一度打ち直してもらいたいわ」


「今の剣も、随分傷んでいますね」


「雷への耐性はあるけれど、わたしの《雷装》へ完全に耐えられるわけではないもの。学園へ持っていくなら、今のうちに直しておきたいわ」


「でしたら、この剣を作った武具店へ手配しないといけませんね」


「打ち直しには、どれほどかかるかしら?」


「今から出せば、フェアリーデイズ・イブには仕上がるだろう」


 お父様が、傷んだ刀身を確かめながら答えた。


「そうだわ。せっかくだから、完成した剣はわたしが直接受け取りに行く。いつも任せきりだった武具店も、一度見てみたいもの」


「メイ様が武具店へ行かれるのですか?」


「何か問題でもあるの?」


「いえ。少し意外だっただけです」


「あなたも一緒に来るのよ。せっかくだから、新しい弓を選びなさい」


「わたしもですか?」


「入学前の準備なのでしょう? 長く使えるものを選べばいいわ」


 魔力で作る氷弓は、自分の身体に合わせて形や強さを変えられる。


 その一方で、弓を維持するだけでも魔力を使い続けるという欠点があった。


 長時間の戦いに備えるなら、普通の弓も用意しておいた方がいい。


「そうですね。わたしも新しい弓が欲しいです」


「決まりね」


「待て」


 お父様の低い声に、わたしたちはそろって振り返った。


「メイ殿下を連れて、二人だけで王都へ出るつもりか?」


「ミルロがいます」


「わたしが護衛いたします」


「そういう問題ではない」


 お父様は眉間へ深いしわを寄せた。


「お前たちの実力は認めている。だが、メイ殿下は王族だ。私の判断だけで護衛を減らすことはできん」


「ならば、私が許可しよう」


 演習場の観覧席から、低い声が響いた。


 振り返ると、国王陛下が数人の側近を伴ってこちらへ歩いてくる。


 今日の模擬戦を、途中からご覧になっていたらしい。


「お父様!」


「メイとミルロが、この三年間、どれほど鍛錬を重ねてきたかは私も知っている。二人がそろっていれば、王都の中で身を守ることくらいはできるだろう」


「ありがとうございます!」


 メイ様が嬉しそうに顔を輝かせる。


「それなら、剣を受け取ったあと、青龍の丘で流れ星を見たいと思います」


「青龍の丘か」


 陛下の表情が、わずかに厳しくなる。


 フェアリーデイズ・イブ。


 年に一度、精霊と契約できるフェアリーデイズ。その前日に当たる夜だ。


 翌日の契約に応じる精霊たちが、空から地上へ降り立つ日だと伝えられている。


 そのためか、フェアリーデイズ・イブの夜は必ず空が晴れ、数え切れないほどの流れ星が降る。


 前世の日本でいえば、クリスマス・イブに近い特別な夜だった。


 王都の近くにある青龍の丘なら、街の明かりに邪魔されることなく流星群を眺められる。


 ただし、魔物が生息しているため、一般人の立ち入りは禁止されていた。


 もっとも、現れるのは比較的弱い魔物ばかりだ。


 第一部隊の騎士八人を相手に勝利できるわたしたちなら、二人でも十分に対処できる。


「青龍の丘へ入るなら、正式な許可が必要だ」


「分かっています。日が暮れる前に王都を出て、流星群を見たらすぐに戻ります」


「わたしもミルロの指示に従います」


 メイ様も続ける。


 国王陛下は、わたしたちをしばらく見比べた。


「……よいだろう。追加の護衛はつけない。メイの護衛は、ミルロに任せる」


「陛下」


 お父様が何か言いかける。


「マルチーズ。いつまでも子供扱いしていては、二人とも成長できん。それに、あれだけの戦いを見せられたあとで信用しないというのも酷だろう」


「……承知いたしました」


 お父様は渋々ながら頷いた。


「ただし、夜更けまで丘へ残ってはならん。流星群を見たら、すぐに帰ってこい」


「はい!」


「分かりました」


 陛下から青龍の丘へ入るための許可をいただき、話は決まった。


 メイ様がライラと楽しそうに、打ち直す剣について話し始める。


 その隣で、お父様がわたしを手招きした。


「ミルロ」


「はい」


「メイ殿下の護衛は、お前に任せる」


「必ずお守りします」


「万が一のときは、命に代えても殿下を守れ。それがお前の役目だ」


「承知しています」


「だが、それは最悪の事態になった場合の話だ」


 お父様の大きな手が、わたしの頭へ置かれた。


「殿下を守り、お前も帰ってこい。二人そろって、元気にな」


「はい、お父様」


 力強く頷く。


 打ち直した剣を受け取り、わたしの新しい弓を選ぶ。


 そのあと、二人で流れ星を見る。


 そのときのわたしは、本当にそれだけの外出になると思っていた。


 フェアリーデイズ・イブの夜。


 わたしたちは二人だけで、王都と青龍の丘へ向かうことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。